お客さん、いかがですか? その1
こういうのはいかがでしょう?
僕は伊藤麻実也、22才。年間実働日数三○○日を越える会社員。会社員とはいうけれど、ネクタイ締めてスーツ着てというサラリーマンではない。サラリーマンで勤務日数が三○○日を越えていたら訴えられてしまうだろう。いわゆる交通誘導員という職種だ。
交通誘導員で勤務日数三○○日っていいんじゃないの?
とか言ってるキミ。それはちょっと認識が甘いね。片道二時間かかる現場へ朝七時三○分集合となれば、絶対に五時半前には家を出なければならない。まして自動車を運転して、相方やチームメイトを拾って回ったりするなら、さらに早めの出発を余儀なくされる。
それで給料は一緒。僕がハンドルを握っている間、同乗者たちは朝のお昼寝。それでも給料は一緒。多少の手当はつくけれど、僕だって寝ていたい。さらに言うなら、日勤をこなして夜勤にブチ込まれることもしばしば。だけど日数だけで勘定するならば、それも一日。昼出て夜出て、それで「おやすみー」ではない。日はまた昇り現場が僕を呼んでいるのだ。運転手だから。
足のある者が出勤日数を稼げる、というのはわかるし、それなりの給料はもらっている。
だけど僕は休みたいのだ。寝かせて欲しいのだ。
社畜の冠を頭に載せてもいいですか? まだダメですか? ではもう一丁。年間の稼働日数が三○○日を越えてるって言いましたよね?
日曜日も出撃してるんです、僕。
なんでも最近じゃあ街のイベント、お祭りや花火大会。マラソン大会。そうした催し物にもかりだされたりしているので、日曜日も休めないのが現状。
そうした現状のせいか、百人いた従業員は七○人になり、五○人を切り、現在に至っている。という次第。
それでも他に取り柄の無い僕は、鍋の底にこびりついたコゲのように、この過酷な業種にしがみつかないと生きていけないのです。
そんな僕の小さな楽しみ、小さな幸せ。それが屋内でモゾモゾとしているプラモデルの組み立て。
ネット通販で購入した、アルファという聞いたこともないメーカーの『次元潜水艦
乙姫』。塗装も済ませてあるので、本日はこちらを組み立てて、日頃のストレスを解消してみようかと。
……それにしてもこの模型、機関部やらなんやらとえらく細かく出来ていること。
1/350スケールのフルハルモデルだから歯ごたえのありそうなブツだとは思っていたけど。
なかなか、やるじゃない。
ぐへぇ、誰も見やしない面倒な内部構造をやっつけて、まずは昼飯。
いつもの炒飯で昼を済ませて、いよいよ外部構造。
……ちょ、待て! お前潜水艦だよな? なんで14センチ単装砲が七門もあるのよ?
いや、わかる。次元潜水艦とか言うんだからアニメかなにかのドリーム潜水艦なんだよな?
しかもこいつ、対空電探まで装備して……。ドリームにもほどがあるだろ!
……まあいい。ドリームなものはドリームなのだ。むしろこれを『恰好いいじゃねぇか』と受け入れてやるのが男子の度量というもの。
あれこれあれこれと理不尽に耐えて組み上げれば。
「完成しました! 次元潜水艦乙姫です!」
涙型ではない。かつてのUボートのような艦首。そして優雅なまでにスリムな船体。さらにはドリームな装備。案外美しい姿についつい見惚れてしまった。
すると頭の中でファンファーレが。
『パンパカパーン♪ 次元潜水艦乙姫、建造おめでとうございます♪ ありがとうございます♪ 貴方はこの潜水艦に艦長として乗り込むことができます♪
乗り込みますか? 乗り込みませんか?』
頭の中に女の子の声が響く。
疲れてるんだろうな……。幻聴だろう。今日はもう寝るか……。そう思ったけれど、いま組み上げた乙姫。指の中にあるはずの乙姫が消え去っている。
そのかわり目の前には、黒ソックスに包まれた小さな足が。
視線を上げると黒髪の真面目そうな女の子が。
「私は次元潜水艦乙姫。伊藤麻実也さまを本艦艦長としてお迎えにあがりました! どうぞ乗艦してください!」
見た目通りの真面目さで、四角四面のおじぎ。僕としては突然の出来事に、「は、はぁ……」としか言えない。
「あの、何故に僕が?」
当たり前の質問をしてみる。
「はい、貴方が私を建造してくださったからです!」
定規で計ったような気をつけの姿勢。
「そりゃそうだけど、なんで艦長がいないの? っていうか、僕は艦長なんてできないよ?」
「資質は十分です! 最新鋭次元潜水艦は、人の心……主に欲望を動力源としております!
故に地球人日本国男性はそのエネルギーがもっとも高く、建造していただいた麻実也さまはまさにうってつけの存在!」
「そうはいうけど、潜水艦ってことは戦争するんでしょ?」
「麻実也さまが乗艦していただければ、この乙姫、一隻であっても戦況を覆してみせます! 自分で言うのもなんですが、それだけ画期的な潜水艦なんです!」
「……とりあえず話を聞こうか」
僕は万年床の布団の上に乙姫さんを座らせた。
少々続けさせていただきます。




