閑話 ヒロイン組の異世界回想②
家に帰った私はベッドにダイブした。
相変わらずのふかふか具合だが、気分のせいか今日はいつもより柔らかく感じる。愛用の抱き枕も昨日までと違う感触に思えるから不思議だ。
「単なる風邪で良かった」
蒼空が欠席したと聞いてすぐに駆けつけようとした。
しかし、クラスの全員がお見舞いに行きたがった。さすがに迷惑になると話し合いを行った。私は自分が聖女であることを理由に押し切った。最後までごねる穂香とハンナはジャンケンで倒した。
そのせいで昼近くなってしまった。
「風邪は魔法で治した。それに、蒼空に嫌われていた謎も無事に解けた。きっちり謝罪もした。悪印象はかなり拭えた、よね?」
蒼空に嫌われていると知った時は震えた。
風邪を引いて倒れた蒼空には申し訳なかったけど、二人きりで話せて良かった。今はこの偶然に感謝したい。
蒼空はきっと許してくれる。
性格については誰よりも付き合いの長い私がよく知っている。向こうでは魔族にも慈悲をかけ、そのせいでピンチになったこともあったくらいだから。
「……けど、我ながら子供だったな」
異世界に召喚される前の私は本当に子供だった。
あの子達を優先して蒼空を嫌う?
今の私にはありえない選択だ。あの二人とは今でも友達だし、浮気されたことには同情するし、蒼空の友達に対しては怒りの感情がある。
それでも、蒼空を嫌うとかありえない。
今後、もし蒼空と仲良くしていることについて何か言われたらその時はすっぱり縁を切ろう。
振り返れば馬鹿な行いだったけど、私は実際にそれをしていた。高校生になっても続けていた。当時の私にとってそれだけ友達が大切だったのだろう。
違う――
「多分、そこまで考えてなかったんだよね。高校生って思ったより幼いんだ」
改めて八年という月日の重さを知った。
こっちに戻ってきてから驚くことばかりった。久しぶりにスマホを弄ったけど、過去のやり取りを見ると自分がどれだけ子供だったかよくわかる。文章から思考というか、思慮の浅さが滲み出ていた。
当時はそれが正しいと思っていた。
「――ってことは、今の蒼空って結構子供だったりする?」
向こうでの印象が強すぎて忘れていたけど、今の蒼空は単なる高校生だ。死線を潜ったわけでもない。多くの人々を救った英雄でもない。あの強すぎる魔王と互角に戦った最強の勇者でもない。
蒼空は私に冷たくされただけでダメージを受けていた。想像していたよりも蒼空のメンタルは脆い。
「記憶……戻った方がいいのかも」
蒼空が魔王と相打ちになった後、私達は再び女神様と会った。そこで女神様から様々な話を聞かされた。
魔王が他の世界にも手を伸ばしていたこと。
地球に魔物が存在していること。
蒼空の記憶は封印状態で、ある条件を満たすと戻ること。
それはもう大量の情報だった。
魔物の討伐は手分けして行うことになった。今のところ順調で、魔物による被害は抑えられている。私達の団結力の賜物だ。
ただ、蒼空の記憶に関しては意見が割れた。
私は中立派だ。
記憶が戻ったら大好きな蒼空が戻って来る。これは私にとって非常に大きなメリットだ。だから、本当は記憶が戻ってほしい。
でも、記憶が戻ったら魔王と相打ちで命を落としたことを思い出してしまう。命を落とす場面を思い出したい人はいないと思う。
……それに、私には負い目がある。
聖女なのに最後の最後で間に合わなかった。私が間に合っていれば蒼空を回復して、みんなでこっちの世界に戻れたかもしれない。
魔族に足止めされ、蒼空の元に駆けつけられなかった。
結果、蒼空と魔王は相打ちで命を落とした。
きっと蒼空は最後まで私が来ると信じていたはず。それに応えられなかった。だから記憶が戻った時、失望されるのが怖かった。
「……」
また悪い方向に考えてしまった。
私は首を大きく振る。
「記憶に関しては何もしない方向で行こう。私は中立を貫く。記憶が戻ったら、その時に考えよう」
元々そのつもりだった。こればかりは成り行きに任せよう。
「私が考えるのは蒼空が過ごしやすい環境を整えながら、ガッツリ好感度を稼ぐこと。今はようやくマイナスから普通に戻りつつあるってところだから、ここから頑張らないと。蒼空に振り向いてもらうためにも昔のことを思い出すのは必要だよね。ヒントがどこかにあるかもしれない」
そう考えた私は目を閉じ、向こうでの生活を思い出す――
◇
異世界エスティルに召喚されてから訓練の毎日を送っていた。
ジョブが判明した後、私達は城で生活しながら腕を磨くことになった。
勇者や聖女というジョブを与えられたけど、元々は普通の高校生だ。ジョブを手に入れてすぐに魔法が使えるようになったけど、戦いに関しては素人でしかない。魔王軍と戦うには知識と経験が足りなすぎた。
だから、城の騎士達と戦って腕を磨いた。
全員同じくらいのスタートラインだったけど、例外が一人だけいた。
天城ハンナだ。
あの子は騎士達との手合わせで異次元の強さを発揮した。学ぶことは何もなく、私達より早い段階で実戦に投入された。
私はといえば――
『……』
『……』
勇者の蒼空と一緒に行動するよう指示されていた。
エスティルでは過去に何度も魔王が出現しては勇者が討伐している。
勇者は魔王を倒すためだけに異世界から召喚される。パーティーはその都度違うけど、勇者と聖女だけは毎回必ず同じだった。勇者と聖女が中心になって魔王を倒すのが基本だったから、私は蒼空と一緒に行動することになった。
でも、何を話していいのかわからなかった。
子供の頃はそれなりに仲良しだったけど、いつ頃からか関係は冷え切っていたから。
転機が訪れたのは魔王軍の襲撃だった。
ある日、私達はハンナ以外の全員で近くにあるダンジョンに行くことになった。出現する魔物は雑魚ばかりで、苦戦することはなかった。
『楽勝だったな』
『これなら魔王軍も雑魚だぜ』
『わたくしの魔法でイチコロでしたわ』
全員調子に乗っていた。
私も調子に乗っていた。魔物が思ったよりも弱くて、これから楽勝だと思った。
その帰り道だった。
突如、上空から魔族が襲ってきた。魔族は魔王軍に所属している特別な存在だ。人型で、魔物を操ることができる。
『あっ……あ、ああ』
私は何もできなかった。
『貴様が聖女だな!』
初めて命を狙われた。名指しで向けられる殺意がただただ怖くて、ずっと震えていた。我ながらみっともなかった。聖女という響きに浮かれていたのに、杖を捨てて逃げ出してしまった。
私だけじゃない。
『助けてくれ!』
『嫌っ、嫌だ!』
『許してくださいませ!』
酷い有様だった。さっきまで調子の乗っていたのに、私達はただ許しを請うて逃げ惑うだけだった。
私もずっと震えていた。近くにあった木の後ろに隠れ、目と耳を塞いだ。どこか遠くで戦いの音が聞こえた。誰かが戦っているのはわかった。でも、それが誰なのかもわからなかった。
『――大丈夫か?』
戦いの音が消えた後、手を伸ばしてきたのは蒼空だった。
襲撃してきた魔族は蒼空が一人で撃退した。
撃退はしたけど、全然無事じゃなかった。蒼空の左腕は落とされ、体には無数の傷があった。
それでも、笑って私に手を伸ばしてくれた。
あれが私の――私達にとっての始まりだった。
魔王軍の恐ろしさを感じた。そして同時に勇者蒼空の大きさと強さを知った。この襲撃をきっかけに私達は団結した。険悪だった雰囲気は消え去った。
私は覚えた回復魔法ですぐに蒼空を治療した。
『ありがとな』
『か、感謝するのはこっちだから!』
あの日、私は蒼空に対して特別な感情が芽生えた。
それから私と蒼空の距離は急接近した。毎日訓練が楽しみになった。
今にして思えば蒼空は私が嫌いだったと思う。私とペアだったけど、会話しなかった理由もきっと嫌いだったから。
でも、あの特殊な状況がそれを許さなかった。
『聖女といえば長い黒髪で、スタイル抜群の美少女が務めるものだ。それに、純白の服とか着用しているイメージだ』
『うわ、勝手なイメージだ』
会話も弾むようになった。
向こうに召喚されて三か月もすれば、私は蒼空にベタ惚れだった。私だけじゃない。多分、クラスメイトの半分くらいはそうだったと思う。
『……蒼空はよく頑張れるね』
『勇者になったからには全力で頑張らないと。この世界は魔王に支配されている。俺の助けを待ってくれている人達がいるなら、それに全力で応えたい!』
そう語る蒼空の横顔はどこか大人びていた。
青年が戦士に変化しようとしている姿は私には眩しくて、しばらく私の顔は真っ赤だったと思う。
『わ、私も付いてるから!』
『勇者と聖女がいれば助かるらしいからな』
『世界、救ってやりましょ!』
『そうだな。世界を救って、みんなで帰ろう』
ここから大魔導士である穂香が仲間に加わり、剣聖のハンナがいつの間にか加入して勇者パーティーは完成した――




