第7話 聖女とクラスメイトと記憶
「――私はそろそろ帰るけど、水分補給はしっかりすること。それから汗はしっかり拭くようにね。エアコンの温度は下げ過ぎちゃダメだから」
矢継ぎ早に言った柚希はてきぱきと動いた。
いつの間にか部屋に飲み物が運ばれ、タオルが用意してあった。ベッドから動く気力がなかったので助かる。
くだらない真相を知った後、俺の体調は悪化した。ずっと知りたかった謎の答えがお粗末だった。それが影響しているのかもしれない。
しかし同時に、どこか納得もしていた。歴史的な大事件の裏側も蓋を開けてみたら意外とくだらない理由とか動機なのかもしれない。
「ありがとな。助かった」
「本当ならずっと看病してあげたいけど、それをすると後で文句言われそうだから」
誰にだよ、とツッコミを入れたいが生憎とその元気もない。
長居していたら家族が帰宅する。親はともかく、妹は少しブラコン気味なので文句を言うかもしれない。
「部屋は清潔に保つこと。汚くしてるとそれだけで細菌やウイルスの温床になって、 感染症を引き起こす場合もあるんだからね。気を付けてよ」
「……母親みたいな言い方だな」
柚希はため息を吐いた。
「それも二度目だから」
「っ」
二度目?
一度目が全然記憶にない。
中学時代はロクに喋っていなかったので、あるとしたら小学生の頃しかない。だとしたら、こいつの記憶力は化け物だ。
……ちょっと待て。
そういえば、さっきも聖女云々の話で二度目と言っていたな。あれも考えてみればおかしい。
「――柚希、ちょっといいか?」
「どうしたの」
「聞きたいことがある」
「それって、今しなきゃダメな話?」
体調を気遣ってくれているのだろう。
「喉は痛いし、体も怠い。ベッドで寝ころんでるこの体勢から動く気力もない。それでも聞きたいことがある」
「仕方ないわね。何の話?」
「俺達のクラスについてだ」
「っ」
「俺達のクラスって仲悪かったよな。一学期は間違いなく最悪だった。夏休みの登校日も険悪なままだった。柚希だって一学期はあちこちで対立してただろ。でも、二学期初日は明らかに今までと違った」
これは間違いない。
俺達のクラスは確実にハズレクラスだった。それだけは断言できる。
「初日だけで判断するのは早すぎるけど、雰囲気が全然違った」
「……」
「それに、柚希の態度もおかしい。さっき話をして過去のあれこれについては理解した。しかし、それを抜きにしても急に迫ってきたよな。その理由をまだ聞いてない。ちょっと前までは考えられなかった。柚希だけじゃない。仲町も天城も変だ」
ついでに霧島も。
「…………」
「理由があるんだろ。この変化の理由が」
俺は鋭い人間ではないが、鈍い人間でもないつもりだ。
柚希に悪意がないのはさっき謝ったことでわかったけど、それだけでは説明できないことが多々ある。
「え、えっと――」
柚希は目を瞬かせた。
他にも気になったことを口にする。
「始業式の帰りに見たアレについても何か知ってるんじゃないか?」
「っ」
「あの日、帰り道で天城を目撃しただろ。あいつは黒い影を追いかけていた。あの影は生きてるみたいだった」
そこまで言うと、柚希は観念したようにため息を吐いた。
「さすがに気付くよね。ハンナのアレは意図的だったから。まさか中立派の私がこれを説明することになるとはね」
「……やっぱり何か理由があるのか?」
柚希は頷いた。
「説明してもいいけど、きっと蒼空は理解できないよ。信じないだろうし」
「聞かせてくれ」
「――――――――――――」
その瞬間、世界が色を失った。
目の前で柚希が喋っている。それはわかるのに、声が聞こえなかった。口の動きもわからない。
「っ、大丈夫!?」
気付くと、柚希が俺の体を揺らしていた。
「あ、ああ」
「良かった。急に意識を失ったみたいに動かなくなったから」
「今のは――」
体調不良で気を失ったのか?
……違う。
そういう感じではなかった。明らかに柚希が喋ろうとした瞬間におかしくなった。視界が灰色になり、世界から音が消えた。今は色も音も戻っている。
「わかってたことだけど、蒼空には話せないみたい」
「……話せない?」
「言えない約束っていうか、縛りみたいなもの。蒼空が自分で正解にたどりつかないとダメなの。そうしたら封印が解けて、記憶が戻るから」
はっ?
記憶が戻る?
「まるで……俺が記憶喪失みたいな言い方だな」
「正確には女神様に記憶を封印されてる、かな」
「っ」
「あっ、これは言えるんだ。女神様は適当だったから匙加減がわからないよ」
女神様?
「えっとね、私達の中でもこれに関しては意見が真っ二つだった。記憶が戻らない方が幸せっていう意見と、記憶を早く戻してあげたいって意見。どっちにもメリットがあるし、どっちにもデメリットがあるから」
おいおい、何だそれ。
真顔で言うと事実みたいに聞こえるから止めてくれ。記憶喪失とか、そんな非現実的なことあるはずないだろ。
「ちなみに私は中立派」
「……中立?」
「無理して記憶を戻すのは嫌だけど、ずっと封印されたままなのも嫌って感じ」
柚希は嘆息した。
「戸惑うのも無理ないよ。でも、蒼空は記憶を失ってる。とっても大事な記憶を。クラスメイト達の様子がおかしく感じるのもそれが原因だよ」
「……」
「ハンナが追いかけていたアレもそれに関係してる。あっ、今の蒼空があれに接触したら命はないから近づいちゃダメだよ!」
近づけないだろ。尋常じゃない速度だったし。
「あの日、ハンナは蒼空にわざと見せたの。後で聞いたらあっさり認めてた」
「……俺に見せる?」
「ハンナは記憶を戻したい派だから。少し強引な手段を使った。あれで少しでも蒼空が思い出してくれたらいいなって」
頭が痛くなる。
記憶喪失?
天城は記憶を戻したい派?
ただでさえ体調が悪いのにおかしなことを言うのは勘弁してくれ。
「ねっ、理解できなかったでしょ?」
「……」
「ちなみに、私が中立派なのは蒼空に学校生活を楽しんで欲しいからなんだ」
「学校生活を?」
「記憶を失う前に蒼空が言ってた。アニメみたいな青春に憧れてたって。高校生になったら青春してみたいって」
それは確かに思っていた。
高校に入学する前までの憧れだった。その夢もこのクラスに入ったことで潰えたけど。
この話は誰にもしていない。それを柚希が知っていたということは――
「これから二学期が始まるけど、記憶を戻したい派とそうじゃない派が争うと思う。私はどっちも気持ちがわかるから難しいかな。応援も邪魔もできないよ」
「……」
「でも、一つだけ確かなことがある。私達は全員蒼空が大好きってこと。そこだけは絶対に疑わないで。今は信じられないと思うけど、クラスメイトは蒼空の味方だから」
柚希の手が俺のおでこに乗る。
「喋りすぎたかな。そろそろ回復させて家に帰るね。さっきからスマホが震えっぱなしでうるさいからさ。穂香とハンナが暴れちゃう」
「っ」
つぶやいた直後だった。
全身が温かくなった。何かに包まれたかのような感覚になり、体中の悪い部分が一気に良くなったみたいな感覚だった。
癒された気持ちになったと同時に、強烈な眠気と疲労に襲われる。
「これで良し。明日には回復してるから」
「……」
眠気に襲われて上手く思考が練れない。
「ゴメンね……さっき謝ったけど、私が本当に謝らなくちゃいけないのは別のことだったよね。あの時、私がもう少し早く到着してれば回復してあげられたのに。勇者の相棒である聖女なのに、最後の最後で何もできなかった――――」
最後は聞き取れなかった。
俺が眠ってしまったからなのか、あるいは先ほどのように女神様とやらに聞き取れなくされてしまったからなのか。
……
…………
翌朝、目覚めた俺は全快していた。




