第6話 聖女とくだらない理由
「……中学の頃の話だ」
話そうと思ったのは、柚希の表情があまりにも辛そうだったから。
それに、俺も事情を聞きたかった。
こいつがどういうつもりなのかは知らないが、話す気があるのなら是非とも聞かせてもらいたい。
「中学の頃か。昔のことだから思い出すのが難しいかな」
「全然最近だろ」
二年とか三年前の話だ。
「それ以前の話からした方が良さそうだな。まずは小学生の頃だ。俺達は仲良しだった。さすがに覚えてるよな?」
「覚えてる……私と蒼空は仲良しだったよね!」
「教室でも普通に話していた。たまに通学路で会ったら一緒に登下校するし、何というか普通に友達だった」
友達という表現がぴったりだ。
マンガとかアニメに登場する幼馴染のように互いの家を行き来する関係ではなかったが、教室で楽しくお喋りするくらいには仲良しだった。
「私も覚えてるよ。一緒に鬼ごっこしたり、ドッジボールしたり、楽しいことばっかりだった。辛い時に何度か思い出してた。不思議だよね、半年前のことより十年以上も前のことの方が鮮明に思い出せるんだから」
それはあるかもしれないな。
……って、十年前?
さすがにそこまで前じゃないと思うが、まあいいだろう。
「中学生になってしばらくした頃から柚希の様子が変わった」
「変わった?」
「急に俺を敵視するようになった」
「えっ――」
何故おまえがビックリしている。
「いつ頃からだったのか正確には覚えちゃいないが、俺が声を掛けても無視するようになっただろ。睨まれるようにもなったし」
「……そう、だっけ?」
「忘れたのか?」
「最近忘れっぽくて」
小学生の頃の話は覚えてたのに都合のいい奴だ。
「話を聞くと、私が急に冷たくなったみたいな感じだね」
「そうだな」
「……私に何があったの?」
「聞きたいのはこっちだ!」
柚希は「えっ?」と困惑したような声を出す。
「おまえが急に俺を嫌ったんだろ。いきなり無視するようになったし、顔を合わせたら嫌そうな顔するようになった。高校に入ってからもそれが続いた。通学路で顔を合わせる度に嫌そうな顔してたし」
唐突な変化だった。
理由があればこっちも納得した。
例えば俺が急に殴ろうとしたとか、嫌がらせしたとか、柚希を馬鹿にするような発言をしたとか、そういうのをすれば嫌われて当然だから受け入れる。
残念ながら、心当たりが一切ないのだ。
友達だと思っていた相手が急に嫌ってきた。
意味がわからなかった。当時は柚希のことが好きだったからショックは尋常じゃなかった。
「ちょ、ちょっと待って。頑張って思い出すから!」
柚希は自分の頭に手を当てる。
「えっと、中学の頃はいつも里枝とか知里と一緒だったはず。それで、恋バナとかしてたんだよね。それはよく覚えてる。で、あの子達に彼氏が出来たところまでは良かったけど――」
しばらく柚希はぶつぶつ言っていた。
それから、視線を机の方に向けた。
机の上には写真立てがある。俺と一緒に映っているのは一番仲の良い友人だ。親友と言い換えてもいい。
「っ、あの顔っ! 思い出した!」
急に柚希が大声を出した。
「思い出した?」
「そうだ、そうだった。すっかり忘れてた!」
何を忘れていたのだろう。
尋ねようとしたが、柚希はイスから立ち上がった。そして、深々と俺に向かって頭を下げた。
「ゴメン!」
「えっ」
「ホントにゴメンっ。蒼空の言う通りだった。全部私の事情だった。あれが原因だったんだね。確かにあんなことされたら怒るに決まってるよね」
「……俺を嫌っていた事情を思い出したのか?」
柚希は小さく頷いた。
「理由を聞かせてくれ」
「くだらない話だけど、聞きたい?」
くだらない?
それでも聞きたい。あの一件は今でも深く俺の心に刺さっていた。
「多分、これを聞いたら蒼空は怒ると思う。呆れ果てるかもしれない。風邪でダウンしてる時に聞かされたら気分悪くなるかもしれないけど、ホントに聞く?」
「知りたい」
長年の謎だった。
深いところに刺さったそれは、今ではトラウマになっていた。ここで聞かない方がどうにかなりそうだ。
「先に言っとくけど、蒼空のことが嫌いだったとかじゃないんだ」
「違うのか?」
「結論から言うと、友達が原因なの」
友達?
柚希は昔から多くの友達に囲まれていた。
小学生時代は男女で集まることもあったが、中学からは男女がはっきりとわかれる。その中でも柚希は派手で可愛い子ばかりが集まるグループに属していた。
「私といつも一緒だった二人組わかる?」
「わかる……ってか、あいつ等も同じ高校だ」
「そうだったね。最近は連絡取ってないからわからないけど」
あまり良い思い出はない。
その二人も俺に対して敵意を剝き出しにしていた。よく睨まれていた記憶があるが、こちらも心当たりが全然なかった。
「じゃあ、あの子達が蒼空の友達と付き合ってたのは知ってる?」
「短い期間だったけどな」
偶然だが、その二人はどちらも俺の友人と交際していた。
「別れ方は聞いた?」
「いや」
「浮気したんだよ、あの男。五股だってさ」
「五股!?」
それは全然知らなかった。
俺が聞いたら普通に別れたと言っていたので、それ以上は何も聞かなかった。
「それを知ったあの子達は激怒したの」
「普通に怒るだろ」
「だから……あのね、蒼空はおまけだったの」
「へ?」
「蒼空は全然関係ないの。あいつと仲良しだったから、蒼空もついでに敵視することになったみたいな感じ。で、一緒のグループだった私もそれに倣った感じ」
えっ?
「まさか、それだけなのか?」
「それだけ」
何年も悩まされた真相がこれ?
嘘だと言いたいが、信じられる材料もある。
あいつは女をとっかえひっかえしていた。五股というのは驚いたが、別におかしくはない。それくらい顔は良かったから。
学生時代の恋愛など顔が大きなウエイトを占める。男女関係なく、顔が良ければ性格とか関係なくモテるものだ。
「くだらない理由でしょ?」
「……」
「当時の私は嫌われたくなかったから同じようにしてた。ホント、中学生って子供だよね。行動原理も馬鹿みたいだし」
高校生もさほど変わらないだろ。
てか、一学期まではおまえも同じように対応していただろ。勝手に昔話みたいな感じにするなよ。
「……」
真相が判明した。
判明したのだが、本当にくだらない理由で虚しかった。嫌われた理由は俺個人に何の関係もないとわかった。
「怒った?」
「怒ったというよりは、呆れたって感じだな」
「だよね」
「……」
「……」
嫌な沈黙が数秒流れた後。
「提案があるの」
柚希が口を開いた。
「私がこれを言うのは都合がいいと思うけど、これからは蒼空と仲良くしたい。昔みたいに。いえ、昔以上に仲良くなりたいの」
「突然すぎるだろ」
「すぐに信じてもらえるとは思ってないよ。でも、これだけは覚えておいて。今の私にとって一番大事なのは蒼空だから!」
柚希は真っすぐに俺の目を見る。
っ、何だよ……その顔は。
柚希の顔がこれまでよりずっと大人っぽく見えた。顔そのものは変わっていないのに、その表情は両親がたまに見せるような深い経験が垣間見えた。
「……お、俺が許さなかったどうするつもりだ。こっちはくだらない理由のせいで何年も苦しめられたんだぞ?」
「蒼空はしっかり謝った人間は絶対に許すよ。あっちでもそうだったし」
「あっち?」
「何でもない」
あの一件の真相を知った。
当時は突然嫌われて意味がわからなかった。とにかく理由が知りたかった。その謎が解けた今はどうだ。
「……まあ、すぐに元通りってのは無理だからな」
俺はそれだけ言うと布団を頭までかぶった。




