第5話 聖女のお見舞い
「……夏休み明け直後にこれとはな」
二学期の始まりは金曜日だった。
その後、連休中に俺は風邪を引いてしまった。
月曜日になっても症状は酷いままで、そのまま学校を欠席することになった。今日から授業が始まるのに我ながら情けない。
原因は恐らく二学期初日だ。
九月になっても地獄のような酷暑が続いている。夏休みはエアコンの効いた部屋からあまり出なかったから、久しぶりに外に出て汗だくになった。あの日は学校から帰宅した後、エアコンをいつもより低い温度に設定した。
そのせいだろう。
もう一つ考えられるとしたら、環境の変化とストレスだろうか。
「……何度考えてもおかしかったからな」
冷静になって考えてもクラスメイトの様子はおかしかった。
いつの間にか仲良しになっているし、何故か俺に対して好意的だった。
あの変化に心当たりがあれば何とも思わないのだが、生憎と心当たりなどない。半月前の登校日から変わりすぎだろ。
それだけじゃない。
俺にトラウマを植え付けた女子共の様子はさらにおかしかった。腕に絡みついて一緒に下校するとか、あれじゃ好きな男子にする行動だ。
……気味が悪い。
あいつ等のことだから何か企みがあるはずだ。こっちを勘違いさせて気分を良くさせてから地獄に叩き落とすつもりだろうか。
「でも、嫌がらせっぽくはないんだよな」
クラスメイト全員で嫌がらせを行っているという可能性を真っ先に考えた。
しかし連中に悪意を感じなかった。
過去の出来事から悪意には敏感なつもりだ。だから細心の注意を払っていたのだが、誰からも悪意は感じなかった。まあ、悪意を完全に隠していたらわからないのだが。
どっちにしても警戒は必要だ。
ハズレクラスに入れられた以上は卒業まで警戒心をアップさせていくしかない。気を許してはダメだ――
などと考えながらベッドの上を転がっていたら、ノック音が響いた。
誰だ?
この時間にいるのは母だけだが、母はノックとかしない。扉越しに声を掛け、返事をしたら勝手に入って来る。
「……どうぞ」
返事をすると、扉が開いた。
「お邪魔します」
「……」
扉から入って来たのは制服姿の柚希だった。
「っ、どうしてここに?」
「お見舞いに決まってるでしょ」
「……お見舞い?」
俺の?
「あっ、蒼空のお母さんには許可を貰ってるから安心して。私を見てビックリしてたけど、事情を説明したら看病を任せるって。さっき買い物に行ったわ。ずっと行きたかったけど、蒼空のことが心配だったみたい」
「……」
「というわけで、出て行けとかいうのは無しだから」
柚希はこの家に来たことがない。
しかし、母親同士は仲良しでちょこちょこ会っている。小学校の頃に授業参観知り合い、友達になったとか聞いている。
「ちょっと待て、学校はどうした?」
現在の時刻は昼前だ。
「早退した」
「早退?」
「蒼空のお見舞いに来たかったから」
「……それだけの理由で?」
「重大な理由でしょ」
どこがだよ。
一学期も風邪で欠席したことあったけど誰も見舞いには来なかった。それが急に学校を早退までして来るのはおかしいだろ。
それに、柚希がやってきたのも驚く。
あの日、俺としては拒絶の言葉を放ったつもりだ。なのに、全然気にしている素振りがない。
「にしても、結構散らかってるわね」
「……」
「まっ、蒼空は掃除苦手だからしょうがないか。このままだと体に悪いだろうから簡単に掃除してあげる」
柚希はテキパキと掃除を始める。
慣れているのか、物がみるみる片付けられていく。こいつに掃除が得意なイメージはなかったので意外だった。
「……慣れてるな」
「どっかの誰かさんがすぐに汚すから」
どうして俺を見る。おまえに片付けてもらった記憶はないぞ。
あっという間に部屋が綺麗になった。
それから柚希は俺が愛用のしているイスを手に取ると、こちらに近づいてきた。ベッドの真横にイスを置いて座った。めちゃくちゃ近い。
「……」
「……」
何だよ、その嬉しそうな顔は。
「こうして見ると可愛い顔してるよね」
「っ、変なこと言うな!」
「変なことは言ってないでしょ。ただ、この眺めだけでも争奪戦に勝った甲斐があったなって」
争奪戦?
「何かあったのか?」
「だから、蒼空のお見舞い」
「うん?」
「風邪って聞いてクラスメイト全員が来たがったんだよ。でも、ジョブ的に私が行くのがベストだからって論破してきた。往生際の悪いどっかの誰かとはジャンケンで決着をつけてきたし」
おまえのジョブは女子高生だろ。
それに、ジャンケンというのも引っかかる。話し方からして俺の見舞いに来るためにジャンケンで勝負したのか。
「で、体は大丈夫なの?」
「……熱があって体が怠い。それから喉が痛い」
「夏風邪かな」
「多分な」
「ちょっと失礼」
柚希の顔が近づいてきた。
「っ――」
迷うことなく柚希は俺の額と自分の額をくっ付けた。
「な、何するんだ!」
慌てて顔を離す。
「ふふっ、これくらいで顔を赤くするなんて可愛い。初心な反応を楽しめるとか、やっぱり役得だったわね。ジャンケンで勝って良かった。勝利のチョキね」
勝利のチョキはどうでもいい。
こいつ、男と額をくっ付けるのに躊躇なしかよ。俺の知らない間にそういう関係の男でもいたのか?
……ホントに何でこいつが見舞いに来たんだよ。あれだけ俺を嫌っていたのにおかしいだろ。
あれこれ言いたい気持ちになるが、体が怠くてそれどころじゃない。
「良かった。調べたけど、単なる風邪っぽいわ」
調べたって、額を当てただけだろ。
「私が来たからには安心しなさい。後で回復してあげる」
「風邪薬を飲んでるから大丈夫だ」
「それより効く方法知ってるから」
「効く方法?」
「回復魔法」
何だそりゃ。魔法とか非現実的なことを。
「私ってば聖女だからね」
「……」
「その顔はなに?」
「聖女のイメージに合ってない」
聖女といえば長い黒髪で、スタイル抜群の美少女が務めるものだ。それに、純白の服とか着用しているイメージだ。
柚希は美少女ではあるが、髪の毛は茶色のセミロングだし、雰囲気も聖女って感じはしない。性格的に無理なのもよく知っている。
ジョブがあるとしたらシーフが一番しっくり来る。中学時代はテニス部だったし、活発な方がイメージ通りだ。
「聖女といえば長い黒髪で、純白の服とか着用しているイメージ。で、私にはシーフが似合うとか思ってるでしょ?」
「っ」
こいつエスパーかよ。
「それ、二度目だから」
「二度目?」
「……」
誰かに言われたのか?
「まあいっか。それより、大事な話があるの」
「俺は病人だ。長話は勘弁してくれ」
「後で回復してあげるって。先に回復させると寝ちゃうし」
どうして回復したら寝るのか。
「……何の話だ?」
「あの時のこと聞かせて」
「あの時?」
「ほら、始業式の日のこと。蒼空に怒られたでしょ。あれから一生懸命考えたけど、どうしても思い出せなかったの。だから、私が何をしたか教えてくれない?」
自分のトラウマを自分の口から本人に言えってか?
文句を述べてやろうと思ったが、柚希はどこか思いつめた表情をしていた。




