閑話 ヒロイン組の異世界回想①
家に戻った私はベッドに体を預け、深く息を吐いた。
長年ベッドで眠ることが出来なかった。こっちに戻ってから半月くらい経つけど、未だに違和感があったりする。
「……蒼空が生きてた。本当に生き返ってた」
私、御堂柚希は最愛の人と再会した。
最後にちょっとしたアクシデントはあったけど、生きて動いている蒼空に触れることができた。
手に残っている温かさは本物だ。
朝、私は通学路で待ち構えた。ずっと待っていた。絶望的に暑かったけど、蒼空の姿を見たかったから朝から電柱の後ろで見張っていた。
心臓がずっとバクバクしていた。
動いている蒼空の姿を見た瞬間に泣きそうになった。というか、実際に泣いた。おかげで少し会うのが遅れた。
本当は夏休みに何度も会いに行こうとしたけど、必死で我慢した。実際には家の前まで何回か行ったけど勇気がなかった。もし生き返ってなかったらどうしようと体が言うことを聞いてくれなかった。
「嬉しいけど……本当に全部忘れてたな」
蒼空は向こうでの出来事をきれいさっぱり忘れていた。
嬉しいのに辛くて、辛いのに嬉しかった。
この複雑な気持ちを表現するにはどうしたらいいのだろう。女神様から注意されていたので記憶がないのはわかっていたけど、実際に記憶を失ったことを確認した時は愕然とした。
「それに、勇者の力も無くなってた」
あれだけ強かったのに、私の手を振り解けないほど非力になっていた。
まあ、あたふたする蒼空はレアだった。ちょっと可愛かったからあれはあれでアリではあったけど。
記憶がないのは悲しい。でも、それでも生きていてくれて嬉しいって気持ちが勝っていたと思う。
皆で一緒に帰ろうって誓ったのに、蒼空だけが一人で帰っちゃったから。魔王と相打ちになって、世界を救ったのに――
「……」
私はベッドから起き上がると、頭をリセットするように飲み物を口に入れる。
ここまではいい。
予想はしていた。
でも、別の問題が浮上した。
「蒼空って……もしかして、私のこと嫌ってたの?」
つい先ほどのことだ。
放課後、蒼空を誘って一緒に帰った。他の仲間達も蒼空と過ごしたかっただろうけど、勇者パーティーだった私達ヒロイン組に譲ってくれた。
魔物が出現したことでハンナが駆除に向かったのは幸運だった。これで蒼空といっぱいお喋りできる。
しかし、帰り道の蒼空の表情はずっと暗かった。態度も素っ気なかったし、機会があれば逃げようとしていた。極めつけにあの言葉だ。
『……大体、おまえ達と一緒だと俺が楽しくない。楽しいわけないだろ。俺に何をしたのか忘れたのか。楽しい生活とか全然想像できない。絶対無理だ!』
あれにはビックリした。
あの言葉を聞いて私達の計画は狂った。
正妻争いに決着をつける予定だった。まさか私達が嫌われているとは。しかも嫌われている理由がわからなかった。見当もつかない。
「八年前のことだから、私も穂香も忘れてる。多分、他のクラスメイトも覚えてないよね。そういえば、当時はクラスの雰囲気とか最悪だったっけ。向こうに行ったらすぐ仲良くなったから覚えてないや」
異世界に召喚され、八年間に渡って戦い続けた。
魔王を倒す道中では様々な出来事があった。命の危機は一度や二度じゃなかった。長くて濃密な時間を過ごしている内にこっちの世界の記憶は徐々に薄れていった。
仕方なかった。
あっちでの日々が濃すぎたから。必死じゃないと生きられなかった。余計なことを考えるヒマはなかった。
家族のことは覚えていたけど、八年前の感情や関係性までは覚えていない。
「そうだよね。蒼空からしたらそうなるよね。私達は八年間の記憶を持ってるけど、蒼空は忘れちゃってる。だから、私や他のクラスメイトの関係も知らない。いきなり仲良しになったからおかしいと思ってるんだ」
冷静になって考えてばわかる。
振り返ってみれば、異世界に転移する前は私達のクラスは荒れていた気がする。いつも険悪だったし、殺伐として空気が流れていた。しかもその中心に私や穂香、それからハンナがいたと思う。
どうして険悪だったのか今はもう思い出せない――
「っ、ダメ!」
ペチン、と頬を叩く。
「思い出せないで済ましていい話じゃない。このままだと蒼空のお嫁さんになる夢が遠のく。八年の旅の最後にようやく結婚してくれるって言ったのに。私達全員をお嫁さんにして、その上で正妻を選ぶって言ってくれたのに」
私は気合いを入れた。
「転移前のこと、絶対に思い出さないと!」
再びベッドに寝転ぶと、頑張って過去の記憶を思い出そうとした。
始まりはそう、忘れもしないあの日――
◇
高校二年生になった私は毎日を苦痛に感じていた。
その理由は大ハズレのクラスに入れられたから。
本当に嫌いな奴ばっかりだった。男子は基本的にうるさいだけのアホばっかりで、女子は何かと気に入らない奴ばっかり。
特に嫌いだった同じ中学出身の仲町穂香。
あいつは清楚なお嬢様みたいな雰囲気だけど、性格が終わっている。人を馬鹿にして見下す態度が昔から大嫌いだった。
それに、天城ハンナ。
高校に入学してから出会ったこいつも大嫌い。明るく元気で太陽みたいと評判だけど、その裏にある邪悪に気付いていたから。
この二人のグループと対立する形で生活していた。それはよく覚えている。
迎えたお盆明けの登校日。
嫌々だけど登校して、仲良しグループで時間を過ごしていた。別に普段と変わりはなかった。
変化があったのは放課後のこと。先生が教室の扉を開けて出て行った後、突如として教室全体が光に包まれた。まばゆい光で目を開けていることもできなかった。
次に目を覚ますと、真っ白な空間に立っていた。
私達はそこで女神様と出会った。神々しいその姿を見て、一目で人間じゃないことがわかった。
『初めまして、異世界の戦士達よ』
私達が女神様から告げられたのは世界の危機。
異世界に存在している魔王が異常なほどに力をつけ、放っておくと他の世界にまで手を伸ばすという話を聞かされた。私達の生活している世界も支配される可能性があるので、その討伐をしてほしいと依頼された。
最初は全員渋い顔をした。
私も嫌だった。
だって死にたくなかったから。私達は普通の高校生で、今まで戦いとかしたことない。だから誰も引き受けようとしなかった。
『安心してください。向こうの世界で命を落としても復活させて元の世界に戻します。ただし、復活の際には鍛えた体に能力、それから向こうの世界で生活した記憶は封印させていただきますが』
女神様の言葉に安堵した。
知識も経験もない高校生が異世界に飛ばされ、戦うことができたのは女神様の救済措置があったからだった。
こうして私達は異世界エスティルに飛ばされた。
とある国の王城に送られ、それぞれジョブを確認した。ジョブはその人の素質によって決まるという。
『こちらの方は聖女です!』
『おぉ、伝説のジョブだ!』
『勇者と共に世界を救う存在!』
私は聖女だった。
自分が物語のヒロインになれた気がして誇らしかった。立派な聖女として活躍しようと心に決めた。
そして――
『勇者様です!』
『こちらの方が勇者様でした!』
『神は我等を見放していなかった!』
誰よりも歓迎された男子生徒がいた。
『……俺が勇者?』
勇者の名前は龍崎蒼空。
私の幼馴染――本当はずっと仲良しってわけじゃなかったからその表現は適さないかもしれない。でも、あえて幼馴染って特別な関係を表す言葉を使う。自分の有利性を失いたくないから。
その時、私は蒼空を見て何か複雑な感情を抱いていた。
罪悪感と優越感が入り混じったような、複雑な感情だった。その正体が何なのか深く考えると、どうしても思い出せない。
ここから八年に渡る長い異世界生活が始まった――




