第4話 帰り道
どうしてこうなった?
左右の腕に絡みつく少女を見て、俺は目を瞬く。
二学期初日の今日は授業がない。
帰り道はいつも一人だった。教室から寂しく出ると、とぼとぼ家に向かって歩く。それが今までの当たり前だ。そして、これからも当たり前になるはずだった。
「ほら、早く行きましょ!」
「止まっていたら迷惑になってしまいますわ」
しかし今日は違った。
朝の会話で一緒に帰る流れになっていたが、性悪女の戯言と聞き流していた。だからいつものように帰ろうとしたのだが、教室から出てすぐのところで柚希と仲町に捕まった。
逃げ出そうとしたが、俺より足が速くて逃げられなかった。力も強く、腕を掴まれると動けなくなった。
俺だって男子平均くらいの身長体重はあるはずなのに、全力で振りほどこうとしてもビクともしなかったのには驚いた。
華奢な肉体のどこにこれだけの力があるというのだろうか。
「逃げようとしても無駄だからね?」
「これでもわたくし達は鍛えていますので」
両腕を掴む二人が笑い合う。
一見すると両手に華という状況に通り過ぎる人々もこっちを見て「ケッ」と舌打ちするが、こっちからしたら恐怖でしかなかった。
こいつ等は俺を嫌っていた。それは確実だ。
その嫌っていた奴等が嬉しそうに腕に絡みついてくるのだ。冗談でないのなら罠の可能性を疑うに決まっている。
「でも、ハンナは残念だったわね」
「仕方ないですわ。アレが出現したのですから」
「私達からしたら幸運だったけど」
「ハンナさんには悪いですけど、駆除は順番と決まっていますので」
そういえば、天城ハンナも一緒という話だったのに姿が見えない。俺としてはありがたいけど。
「この並びで歩くのも久しぶりじゃない?」
「ええ、訓練以来ですわね」
「ハンナは途中から参加だったもんね」
「ハンナさんは最初から動きが俊敏で、特別扱いでしたものね」
訓練とか言っているから部活の話だろうか。だが、こいつ等は同じ部活動じゃなかったはずだが。
などと考えていたら――
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
柚希がこっちを見た。心なしか、腕を掴む手に力が入っている。
「な、何だよ」
「確認しないと。あれって本気なの?」
「あれ?」
「彼女を作るって話よ。霧島に言ってたじゃない」
流れでそうなっているが、別にその予定はない。
あのいけ好かないイケメンが無駄な働きをして苦労してくれればいい。
ただそれだけのつもりだった。そもそも彼女など欲していない。
「ま、まあな」
「どうして?」
「どうしてと言われても――」
「女に興味ないってずっと言ってたじゃん」
柚希と会話していたのは中学一年くらいまでだ。その頃と今じゃ事情が違うだろ。いつの時代の話をしているのか。
けど、確かに興味はない。
好きなゲームをしたり、好きな配信者を見たり、学校以外の暮らしは充実している。彼女を作ろうと考えたことはなかったりする。
「別にいいだろ」
「……夏休みに何かあった?」
「何もない」
「だったらおかしいじゃん。私達がいくらアプローチしても全然だったのに。何年も何年も費やしてようやく――」
「柚希さん!」
意味不明なことを言い出した柚希を強い口調で仲町が止める。
「それ以上はダメですわよ」
「っ」
何年も、だと?
まるで俺と何年も一緒だったみたいな言い方だな。ここ数年は会話すらロクにしていなかっただろ。ましてや恋愛に発展するような出来事など一つもなかったぞ。
「それよりも、今は楽しい話をしましょう!」
仲町が提案する。
「楽しい話?」
「はい。二学期以降の学校生活が楽しくなる方法ですわ。クラスの皆で力を合わせて盛り上げていきましょう。体育祭に文化祭、二学期はクラスで行う行事が多くて楽しみです」
クラスを盛り上げる?
行事が多くて楽しみ?
その発言も違和感しかない。あれだけ荒れたクラスだったのに、力を合わせて盛り上げるという発言。
しかも発言しているのは荒らしていた張本人だ。
「――何を考えてるんだ?」
気付くと、言葉が出ていた。
「蒼空?」
「急にどうしたんですか?」
急にどうしたはこっちの台詞だ。
「おかしいだろ!」
「おかしいって、何が?」
「俺達のクラスはもっとこう、荒れていたはずだだろ。大体、おまえ等の関係も悪かったはずだ。それが急にどうしたんだよ!」
二人はハッとした表情に変わる。
「……大体、おまえ達と一緒だと俺が楽しくない。楽しいわけないだろ。俺に何をしたのか忘れたのか。楽しい生活とか全然想像できない。絶対無理だ!」
吐き出すような言葉に二人は顔を見合わせた。
何だよ、その顔は。
まるで俺の方が意味不明な発言をしている奴みたいになっている。
……本当に忘れたのか?
御堂柚希は俺のことを急に嫌い出した。昔は仲良しだったのに、中学生になった頃くらいからいきなり俺を睨みつけたり、素っ気ない態度を取るようになった。
嫌われる覚えがなかった当時の俺はかなりショックを受けた。
初恋だった。
その柚希から急激に嫌われたことが大きなトラウマになった。自分が何か悪いことをしたのかと何度も振り返った。
「えっと、私って蒼空に何かしたっけ?」
「わたくしもさっぱり覚えが」
仲町穂香は毎日のように俺を馬鹿にしてきた。
おかげで中学時代は散々だった。毎日馬鹿にされ続けたことがストレスになって、眠れない日々を過ごすハメになった。
トラウマ意識というか、劣等感を植え付けられた。
それを忘れて楽しい二学期だと?
「いい、一人で帰る!」
腕を振りほどいた。
「ちょ、蒼空――」
「待ってくださいっ!」
逃げるように足を踏み出す。
その直後だった。
巨大な影が目の前を横切った。
単なる影じゃなかった。まるで巨大なケモノのような形をしていた。慌てて周囲を見るが、影の主らしき生物はどこにもいない。
「――えっ」
影はあっという間に視界から消えた。影は途中で一度振り返ってから速度を上げた。その様子は何かから逃げているようだった。
何事かと眺めていると、影を追いかけるように横切る少女の姿が見えた。手には剣らしき物を持っていた。
「っ、あの馬鹿!」
「丸見えですわ」
影を追いかけていた少女は、天城ハンナだった。




