第3話 トラウマを植え付けてきた女子達の様子がおかしい
霧島に話しかけられたせいで朝から調子が狂った。
あれから数分が経過し、俺は廊下をうろついていた。
というのも、霧島と会話を終えた後の雰囲気に耐えられなかったからだ。気のせいとかではなく、クラスメイト全員がこっちを見ていた。特に女子の視線は熱かった。あのまま教室の中にいたら事件が起こりそうな雰囲気だったから避難した。
「ねえ、放課後カラオケ行かない?」
「久しぶりだね。絶対行くっ」
「俺等も混ぜてくれよ」
「いいよ。皆で楽しもう!」
廊下をうろうろしながら教室を覗いていたが、やっぱり様子がおかしい。
クラスメイト達の仲がめちゃくちゃ良くなっていた。
一学期は仲良しクラスではなかった。固定の面々でグループを結成し、それ以外の連中とは会話もしない。衝突だってしていた。
「誘える子は全員誘おうよ」
「いいね。僕は男子に声を掛けてくるよ」
……マジで何があったんだ?
夏休みにあった登校日では仲良しという印象はなかった。相変わらず殺伐としていたはずだが。
あれから半月程度しか経過していないのにこの変化はどういうことだ。
「あれ、龍崎君は?」
「さっき出て行ったけど――」
まずい。
長く覗いていたら見つかりそうなので再び廊下をぶらぶらする。特にやることもないので校内を一周してきた。
一周しても何もなかったので、教室に戻ってきた。
クラスメイト達が楽しそうにお喋りしている中をこっそり入ると、自分の席に向かって歩を進めた。
「っ」
いつの間にか隣の席の女子が登校していた。
柚希と霧島、それからクラスメイトの件ですっかり忘れてた。
学校に来たくなかった一番の理由はこいつだ。こいつが隣の席になってから俺のテンションはガタ落ちだ。
「おはようございます」
「……」
席に座った直後、隣から声がした。
俺に挨拶するわけないので誰かが近づいてきたのだろう。一学期からよくあったので気にしない。
スマホを取り出し、ニュースの確認をする。
「おはようございます」
「……」
「龍崎蒼空君、おはようございます!」
「え、あぁ……おはよう」
まさか俺に挨拶するとは思っていなかった。
「今日はいい天気ですね」
「そ、そうだな」
また天気の話かよ。
だからそれは会話の内容がない場合に使うものだろ。会話のネタがないならわざわざ声を掛けるなよ。
「二学期の始まりが快晴だと非常に気分がよくなりますね」
こいつの名前は仲町穂香。
見た目は清楚なお嬢様だが、中身はクソそのものだ。
こいつとは中学の頃からの知り合いだ。
友達とかじゃない。単なる知り合いというか、知り合い以下だな。一度同じクラスになったが、その時にトラウマを植え付けられた。
中学時代、俺と同じ名前のイケメンがいた。
こいつは事あるごとに「じゃない方の蒼空君」と俺を馬鹿にしてきた。
確かにそのイケメンと比べたら月とスッポンみたいな感じではあるのだが、何度も何度もしつこく言われて嫌な思いをさせられた。
「初日が快晴だと素晴らしい二学期になる。そうは思いませんか?」
「……」
隣の席になってからも嫌な顔でこっちを見てきた。
その仲町がこの態度だ。当然警戒する。
「あの――」
「……」
無視するのが一番だ。
二学期が始まったとなれば席替えがすぐに行われるはずだ。この学校では各学期の序盤とテストの後に席替えが行われる。明日にでも離れられるだろう。
「そら……龍崎君は夏休みどうでした?」
一瞬名前を呼ばれた気もしたが、気のせいだろう。
「……」
「答えてくれないと涙を流して暴れます」
「っ……別に普通だ」
「では、何をしていたのか聞いてもいいですか?」
「何もしてない」
「どこか旅行に行きました?」
素っ気なくしているのにめげずに話しかけてきた。
俺はそこで初めて顔を上げた。
仲町は笑顔だった。しかし、そこにあったのは単なる笑顔じゃない。どこか苦しそうで、ぎこちない笑顔だった。
「……どこにも行ってない」
「家でまったりですか。出かけると暑いので賢い選択ですね。さすがは龍崎君です。素晴らしい判断ですね」
俺の耳はおかしくなったのだろうか?
一学期までと違いすぎるだろ。
『家に引きこもってばかりいるとは、本当にダメですね。だからあなたは何をしてもパッとしないんでしょう。まったく、これだからイケメンじゃない方は』
とか言い出すと思っていた。
馬鹿にするどころか引きこもっていたことを肯定してくる始末だ。賢い選択でもないだろ。一体どういうことだよ。
「そういえば、先ほど噂を聞きましたよ」
「……噂?」
「はい。何でも龍崎君は彼女を作ろうとしているとか」
あの時は登校していなかったはずだが、誰かに聞いたのだろうか。
「わたくし――」
「おはよ、龍崎!」
話していると、別方向から声が入って来た。
振り向くと、これまたクラスメイトの女子が笑顔で近づいてきた。
こいつも単なるクラスメイトではない。俺にトラウマを植え付けてくれやがったクソ女だ。
天城ハンナ。
昨年から同じクラス少女だが、俺はこいつに陥れられた。そのせいで去年は居心地が悪かった。
「ついでに穂香もおはよ」
「おはようございます。ハンナさんは相変わらず元気ですね」
「あたしの取り柄だからね」
「家族との時間はどうでした?」
「最高だったよ。ただ、こっちとの温度差が凄かったよ。泣きながら抱き着いたのに、向こうはキョトン顔だったからさ」
それを聞いた仲町が笑う。
「わかります。わたくしも家に戻ったら両親に怪訝な顔をされてしまいました。でも、困惑を無視してしばらく甘えてしまいました」
「あれだけ憎たらしい弟をしばらく抱きしめたもん」
「……わたくしは愚姉を成敗しましたけど」
「ああ、例のクソ女か」
何だこの会話は?
こいつ等はどこかに出かけていたのだろうか。
「あっ、龍崎」
不意に天城ハンナが俺に声を掛けてきた。
「……何だよ?」
「彼女が欲しいらしいね。噂になってるよ」
だから何故噂になる。俺みたいなモブを噂にしてもしょうがないだろ。大体、あれは霧島に対する嫌がらせみたいなものだし。
「奇遇だけどさ、あたしも彼氏が欲しいって思ってたんだよね」
「あっ、わたくしもですわ」
だからどうした。
チラチラとこっちを見ているが、まさか変なこと言い出さないよな。
「……」
「……」
身構えていたが、二人は次の言葉を言わなかった。仲町と天城はお互いを牽制するように視線をぶつけた。
……ってか、こいつ等って仲良しだったっけ?
記憶が確かならこの二人は犬猿の仲だったはずだが。
「今日のところは争いを避けるよ」
「そうですわね」
「というわけで、龍崎。一緒に帰ろ」
どうしてそうなる。
一緒に帰るとかありえないだろ。
「ちょっと、争いを避けると言っていたのにずるいですわよ。龍崎君と一緒に帰るのはわたくしです!」
「それこそずるいよ。穂香ってば隣の席なんだから譲って!」
「それとこれとは別です」
何だこれは?
事態が飲み込めないで困惑していると、更に別の声も入ってきた。
「二人共ダメだよ。蒼空と一緒に帰るのは私だから!」
柚希だった。
「あら、誰かと思えば一緒に登校してきた柚希さんじゃありませんか」
「ここで柚希も登場か」
三者の視線がぶつかる。
まずいな。
この三人は一学期から非常に仲が悪かった。全員がグループの代表みたいな存在で、バチバチやって――
「今日のところは皆で帰らない?」
「そうですわね。初日ですし、それがいいですわね」
「あたしも柚希の意見に賛成」
えっ?
天城ハンナは振り返ると。
「というわけで、今日はあたし達に譲ってもらっていいかな?」
「おう。初日くらいはヒロイン組に譲るさ」
霧島の声に反応したクラスメイト達が頷く。
このやり取りは何だ?
ヒロイン組って誰のことだ?
よくわからないが、まずい流れだ。何故かこいつ等と一緒に帰ることになる流れだ。断固として阻止しなければ。
「勝手に決めるな。俺は一人で帰――」
「一緒でいいよね、蒼空?」
否定しようとしたら、柚希が肩を掴む。
「っ」
「彼女が欲しいとか言い出した件についてしっかり聞かないといけないから。ホント、あれには驚いたんだからね」
体が全然動かない。ゴリラ並の握力かよ。
「そうですわよ。わたくし達というものがありながら」
「こっちの気も知らないでさ。いつもいつも突然すぎるんだよ」
だから何の話だよ。
しかし状況はまずい。クラスメイトもこいつ等の味方みたいだ。何故か追い詰められてしまった。
その時、救いのチャイムが鳴った。
「……帰っちゃダメだからね。今度こそ一緒に帰るから」
肩から手を離した柚希は辛そうな表情でそう言った。『今度こそ一緒に帰る』という言葉が不思議と胸の奥に残った。




