第2話 クラスメイトの様子がおかしい件
何事だ?
一度も喋ったことがないクラスメイトが急に親友とか言い出したのだが。
誰かと人違いしているのではないかと見回したが、周囲には誰もいなかった。
突然の出来事に驚いたが、よく見ればおかしいのはそれだけじゃなかった。教室全体の様子がおかしかった。
いつものなら俺に注目など集まらないし、誰も挨拶とかしない。そもそも連中の視界に映るようなことはなかった。
「……」
「……」
それがどうだ。登校した俺をクラスメイト全員が見ている。誰かが見ているわけじゃない。全員がこっちに注目している。
しかも変な視線だった。
敵意があるとか見下すような感じではない。どちらかといえば好意的な視線ではあるのだが、それがまた少し変だった。どの辺りが変なのか言葉で説明するのは難しいけど、何かを確かめているような視線だった。
クラスメイトの中には俺の顔を見て泣きそうな奴もいた。
何故だ?
「もう一度言おう、おはよう親友!」
「……」
声を無視して再び思考を働かせる。
ある仮説を立てた。
クラスメイト達は俺がモブ過ぎて存在を忘れてしまったのではないだろうか。
夏休み明けに登校したら俺という見知らぬ人間が登校してきたので、誰だこいつという意味で注目してみた。
目の前のこいつは酷暑で頭がおかしくなって親友と間違えて挨拶した。泣きそうな顔のクラスメイトはたまたま欠伸でもして涙が出てしまった。
この二つが重なり合って今の状況が出来上がった。
強引だが、これなら辻褄が合う。
というか、クラスメイトとの関係がなさすぎて他に理由が思いつかない。
しかしこのまま突っ立っていても話は始まらない。俺は声も視線も全部無視してとことこ歩き、自分の席に着席した。
「――おいおい、無視は酷いだろ」
挨拶してきた男が正面に立った。
「……?」
「えっと、さっきのあれはさすがに無かったよな。自分でもテンションが抑えきれなかった。改めて、おはよう!」
挨拶された。
わざわざ机の前に立ってこっちを向いていることから、挨拶している相手は俺で間違いなさそうだ。
「おはよう」
「お、おう!」
「……」
「きょ、今日はいい天気だな!」
さっきからこいつは何だ。
天気の話とか会話に困った時の常套句だろ。わざわざ挨拶してきたのに、いきなり会話に困った時のリーサルウェポンを出すとかおかしいだろ。
「確かにいい天気だな」
「お、おうよ。いい天気すぎて暑いな」
「そうだな」
「……」
「……」
地獄みたいな沈黙が流れた。
気まずい。
仲良くもないクラスメイトに話しかけられた。しかもその様子を何故かクラスメイト達が注目している。
沈黙は数十秒ほど続いた。
「あの、変なことを聞くぞ。俺が誰かわかるか?」
急にどうした。
顔を上げると、不安そうな表情が視界に映った。冗談で聞いているわけじゃない。真剣な眼差しをしていた。
「まあ、わかるけど」
「マジか!?」
「……霧島だろ」
会話はしなくてもクラスメイトだ。名前くらいは知っている。
霧島怜央はクラスで目立つ男子だ。
このクラスの中心的な存在で、いつも周りには多くの男女が集まっている。馬鹿騒ぎの中心にいる奴だ。
こいつのことは以前から嫌いだった。
一度も会話したことはないし、別に何かされたわけでもない。ただ、チャラチャラしているところが好きじゃなかった。女友達が多いという点も嫌いなポイントである。おまけにイケメンだし、嫌いになる要素しかなかった。
「っ、そっか……そうだよな」
「……?」
名前を答えたのに、霧島はショックを受けていた。
いや、霧島だけじゃない。
教室を見回すと、クラスメイトも俺達の会話を聞いていたようだ。俺の答えを聞くなり、全員が悲しそうだったり、悔しそうな表情になっていた。その中には登校中に声を掛けてきた柚希の姿もある。
さっきから何だよ。
賭けでもしていたのか?
クラスメイト達が結束して何か仕掛けてきたのだろうか。例えば「あいつに声を掛けたらどんな反応するか賭けようぜ」みたいな感じで。
ありえない話じゃない。
自慢じゃないが、これでも嘘告のターゲットになったことは一度や二度じゃない。実際、嘘告して俺にトラウマを植え付けたクソ女もこのクラスにいる。クラス単位で仕掛けてきても不思議ではない。
「じゃあ、俺の印象はどうだ?」
「えっと――」
「言ってくれ、頼む!」
「単なるクラスメイトだな」
真正面から嫌いとか気に食わないとか言うのはさすがに憚られる。
無難な答えをしたつもりだったが、霧島の顔から色が消えていた。
「……そうだよな。急に変なこと聞いて悪かったよ」
霧島は項垂れた。
露骨に落ち込まれると俺が悪い奴みたいじゃないか。
「そら……いや、龍崎よ。良かったら、今後は仲良くしてくれないか。嫌って言われても勝手に話しかけるけど」
「別にいいけど」
嫌いではあるが、何かされたわけじゃない。
霧島が仲良くしてくれと言ってくるなら拒む理由はない。俺としてもぼっち生活が好きなわけじゃないし。
しかし、裏がないか常に警戒しておこう。気を許すとロクなことにならない。
「よろしくな!」
「おう」
「さて、早速だけど悩みはないか?」
えっ?
「恩返し……じゃない、仲良くなるための一歩だ。何か困ってることがあったら遠慮なく言ってくれよ。必ず力になるぜ」
本当に変な奴だ。俺に媚びを売ってもリターンなど期待できないだろうに。
「遠慮なく言ってくれ。何かないか?」
理由はわからないが、こいつは俺の力になりたいという。
――困らせてみるか。
今後仲良くできるかもしれないが、霧島のことは好きじゃなかった。これまでの清算ってわけじゃないが、困った顔でも見せてもらおう。
「実は相談があった」
「マジか。必ず力になるから言ってくれ!」
その言葉を聞いてから口を開く。
「彼女を作りたいと思っている」
発言の直後、教室の空気が変わった。
特に女子生徒からの視線がこれまでと別物になった。気のせいじゃなければ殺気のようなものが漂っているように感じた。
何事かと驚いて最も強く視線を感じるほうを見ると、柚希が亡霊みたいな顔でこっちを睨みつけていた。
異様な雰囲気を霧島も感じたのだろう、顔が強張っていた。
「かっ、彼女だと!?」
「驚きすぎだろ」
「急にどうしてだよ?」
こっちからしたら霧島が狼狽している理由を聞きたいよ。
「別に理由はないけど」
「……ないのか?」
「あえて言うのなら、妹に自慢したいからとか」
「っ、噂の妹ちゃんか!」
噂だと?
こいつに妹の話をした記憶はない。こいつと話すのはこれが初めてだから当然だ。
しかし、噂になっているかもしれない。俺の妹は可愛い。その可愛さは近所でちょっと評判だったりする。通っている中学ではアイドル的な人気らしい。
「な、なるほど。妹ちゃんが理由なら納得したぜ」
「そうか。なら、誰か良い人を知っていたら紹介してくれないか」
「俺が!?」
「力になってくれると言っただろ。霧島は女友達が多いみたいだしさ」
霧島はごくりと喉を鳴らして振り返った。
そこにいるのは柚希だったが、何故か柚希の姿を隠すかのように女子生徒が動く。
「お、おうよ。俺に任せておけ!」
「……よろしく」
霧島はぎこちない笑みを浮かべると去っていった。
初めて会話したけど、おかしな奴だ。俺と仲良くなりたいのか、あるいは新手の嫌がらせだったのか。
まっ、考えても仕方ない。
「授業の準備でもするか」
頭を空っぽにして、授業の準備を始めた。




