第1話 二学期初日の異変
学生生活において最も憂鬱な登校日。
人によってその日は異なるだろうが、俺――龍崎蒼空にとって夏休み明け初日がこれに該当する。全国の学生に聞けば結構な数の生徒がこの日を挙げるのではないだろうか。
至福の夏休みが終わり、苦痛でしかない学校生活が再開される。
クラスメイトと会うだけでも嫌なのに、通学路を歩いているだけで汗が滴る。酷暑の中を登校するだけでテンションは大きく下がる。
「……地獄だ」
テンションが低いのは例年通りだが、今年はその比ではなかった。
理由はクラスメイトにある。
高校二年生になってクラス替えが行われた。そして、俺は大ハズレのクラスに入れられることになった。
間違いなく人生で最悪のクラスだ。
男子は自己中でアホな奴が集まっている。何が楽しいのか毎日馬鹿みたいに騒いで、鬱陶しいくらい元気に笑っている。あいつ等と仲良くなれる奴はきっとアホ丸出しのどうしようもない野郎だけだろう。
しかし、男子はまだマシだ。
うるさいだけで他に害はないし、隅っこで大人しくしている俺のことは無視してくれる。たまに見下すような発言をされるが、それくらいは問題ない。
本当に最悪なのは女子だ。
いくつものグループに分かれ、毎日のように対立している。お陰でクラスの雰囲気は最悪だった。面倒なのは男子を自分のグループに引き込もうとするところで、地蔵のように動かない俺にまで絡んでくる始末だ。
それだけじゃない。
女子の中には俺にトラウマを植え付けた因縁の相手が数人いる。
幼い頃は「高校生」に憧れていた。
青春アニメを見て自分もそうなりたいと思っていたのに、蓋を開けてみればこれだ。現実ってのがつくづく嫌になる。
「……」
暗鬱な気分で歩いていると、背後から足音が聞こえた。
何事かと振り返ると、その目に見知った顔が映った。
……最悪だ。二学期初日からあいつの顔を見ることになるとはな。
トラウマを植え付けてきたクラスメイトの姿を見て、俺のテンションは大きく下がった。顔を伏せて端っこのほうを歩く。
「おはよ!」
えっ?
一瞬、自分が挨拶されていると勘違いして振り向きそうになった。しかしそれはありえない。
恐らく、気付かなかっただけで近くに誰かが居たのだろう。そいつに話しかけているに違いない。ここで下手に振り返ったりしたら「勝手に反応しないでよ、知り合いだと思われるでしょ!」とか理不尽に罵倒されるに決まってる。
声を無視して歩く。
「……」
どうやら勘は当たったらしい。
あいつの足音はぴたりと止まった。喋り声は聞こえないが、誰かと合流して楽しくお喋りしているのだろう。
新学期初日からあいつに何か言われたら気分が悪すぎて――
「ちょっと、無視しないでよ」
「うわっ!?」
突然、目の前に顔が現れた。
「っ、変な声出さないで!」
「急に出てきたらビックリするだろっ」
「さっき挨拶したでしょ。無視されたけど」
無視するに決まってるだろ。
「ねえ、無視したことについて何か言ってよ」
「……」
「まさかとは思うけど、可愛い幼馴染の顔を忘れたの?」
「いや、覚えてるけど」
というか、幼馴染だと?
御堂柚希は小学生からの知り合いだ。
世間ではその関係を幼馴染と言うのかもしれないが、残念ながら違う。小学生の時はそれなりに近しい存在だったが、中学で疎遠になった。
ただの疎遠じゃない。
俺はこいつに嫌われていた。理由はさっぱりわからないが、中学生になってしばらくすると急に敵視されるようになった。顔を合わせる度に嫌な顔をされた。
「――久しぶり、蒼空」
「お、おう。久しぶり」
「元気だった?」
何だこいつ?
急にどうしたんだ。夏休み前までは俺を見る度に嫌そうな顔してた癖に。当たり前のように横を歩き出したぞ。
「どうしたの?」
「えっ――」
「ほら、学校行くわよ」
「……」
「二学期初日から遅刻したくないでしょ?」
胸中は複雑だったが、こいつのせいで遅刻するのは嫌だった。
「ところで、夏休みはどうだった?」
「俺は別に普通だけど」
「どっかに出掛けたりした?」
「特に出掛けてない」
「何かやってたの?」
「……家でゲームしたり、宿題したりかな」
今年の夏休みは例年以上に虚無だった。
前半に宿題を終わらせると、それ以降はゴロゴロしていた。お盆明けに登校日があって死ぬほど嫌だったけど、それくらいだ。
家族以外で会ったのは祖父母だけ。
我ながら寂しい夏休みだったが、ハマっているゲームを思う存分プレイしているだけで結構楽しかった。新しい仲間との出会いもあったし。
思い出していると、肩をツンツンされた。
「どうした?」
「私にも聞いてよ」
「……何を?」
「夏休みの思い出」
柚希はニコニコしていた。こいつの笑顔など久しぶりに見た。
「じゃあ、夏休みはどうだったんだ?」
「めちゃくちゃ大変だったよ。ホントに目が回るっていうか、実際に何度か目を回したかな。力を使いすぎて何度も気を失ったし」
「えっと……何かしてたのか?」
「世界救ってた」
何だそれ。
聞けと言われたから聞いたのに、小学生みたいな回答しやがった。
世界に危機があったみたいな言い方だが、夏休みは平和そのものだった。大きな地震はなかったし、未曾有の大事件とかもなかった。
「そいつは大変だったな」
「……」
適当に答えると、柚希は少しだけ残念そうにしていた。
「大変だったよ、本当にね」
「よくわからんけど、無事で何よりだな」
「そうだね……ただ、世界を救った張本人が無事じゃなかったんだよ。そのせいで全然ハッピーエンド感はなかったけど」
世界を救ったのはおまえじゃないのか?
意味不明だ。一体こいつは何を言いたいのか。
「……最初からわかってたけど、実際に経験すると辛いね。覚悟決めるように言っておかないと」
ぶつぶつ何か言い出したぞ。
いろいろと気にはなったが、そこで会話は終わった。学校が見えてきたところで柚希は俺の隣から離れていった。
「用事思い出したから先行くね。また学校で」
「……」
「また学校で!」
「お、おう」
俺の返事を聞くと嬉しそうな顔になった。
本当に変な奴だ。
柚希は急いでいるらしく、学校に向かって駆けていった。何気なく後ろ姿を眺めていたが、あっという間に背中が見えなくなった。
「あいつ、走るの速くね?」
陸上選手もビックリな速度で走り、程なくして視界から消えてしまった。
しかし、どうして急に話しかけてきたのか。
可能性としては夏休み明けでテンションがおかしくなったことくらいか。あるいは
俺を自分のグループに入れようとしたとか。そういえば、柚希の奴は自分のグループを率いていたからな。
嫌っている俺すらも利用するつもりか?
「……」
あれこれ気になったが、俺はそこで思考を切った。
「まあいい。どうせ学校に到着したら誰とも話さないし、あいつの気まぐれだろ」
教室に到着したら隅っこで大人しくしているだけだ。俺みたいな生粋のモブが教室に入っても誰も注目などしない。
などと思いながら歩いていたら学校に到着した。
そして、教室の扉を開けた――
「待っていたぞ、親友!」
一度も話したことない男子が満面の笑みで俺を出迎えた。
……どゆこと?
本作は基本的に不定期更新です。
評価が高かったら更新頑張ります。




