閑話 ヒロイン組の異世界回想③
「過去のわたくしは大馬鹿ですわね」
自宅に戻ったわたくしは部屋の中でつぶやきました。
ようやく愛しい人に嫌われていた謎が解けました。
全然覚えていませんでした。まさか蒼空君に対してあのような行いをしていたとは。これは反省です。あれでは嫌われて当然です。あの辛辣な反応も当然と言えるでしょう。
「――それもこれも全部あの女のせいですわ」
愚かな姉でした。
あの女からどれだけ嫌がらせをされたか。思い出すだけでも腹が立ちます。当時は何の力もなかったとはいえ、あの程度の人間に命令されていた事実にも腹立ちます。
もっとも、愚かな姉はすでに粛清しましたが。
こちらの世界に戻ってから魔法を使って報復を行いました。
あれは最高の気分でしたね。長年の夢が叶った瞬間でした。あの女が震えながら許しを請う姿にどれだけ気分が高揚したか。
わたくしにトラウマを植え付けたあの女を力づくで排除した時の気分の良さは他で味わえないものです。命だけは残していますが、魔法で全身をズタズタにしました。喋れないように喉も潰してあります。あの傷では二度と表を歩けないでしょう。
取り巻きの柄の悪い方々も一緒に成敗しました。
魔法の便利なところは遠距離からの攻撃で、不慮の事故にみせかけることができることです。命を失わない程度に不幸をプレゼントしておきました。正直、物足りない気もしますがこちらの世界では仕方ないことです。
「やりすぎには注意ですわね。柚希さんも言っていましたが、あちらとこちらでは命の重さが違いますからね」
異世界エスティルでは魔王軍との戦いが日常茶飯事で、人の命は非常に軽いものでした。本当に軽くて、だからこそ長い年月で常識が塗り替わってしまいました。
魔族に操られた人々、魔物に食われた人々――
「……ダメですね。思い出したくもない記憶が蘇ってきますわ」
頭を振って切り替えます。
「そう、重要なのはこれからです」
蒼空君に嫌われていましたが、きっちりと和解しました。これで少しはまともになったはずです。
後は頑張って蒼空君を口説くだけですわ。
「ここから勝負ですわよ。蒼空君はいきなり仲良くは無理と言っていましたが、性格的に拒めないのは知っています。強引に押し切りましょう。そして、わたくしの存在で蒼空君の頭をいっぱいにしてあげます」
ここから先は頑張るだけです。
抜け駆けした柚希さんには後で文句を言うとして、クラスの仲間達には柚希さんが情報を漏らしたと説明しましょう。きっと怒りますわ。
正々堂々と正妻争いをしようと誓ったのに、これは許しがたい裏切りです。一人だけポイントを稼ぐなど卑怯すぎます。
とはいえ、逆の立場ならわたくしも同じことをしたでしょうね。
きっと蒼空君から頼まれたのでしょうね。
お願いされたら断ることなど不可能。わたくし達は彼という光にどこまでも惚れてしまっているのですから。
「蒼空君は記憶を戻したいんですね。ですが、何度も考えてもわたくしは反対です。あちらでの生活は楽しいこともありましたが、悲しみが多かったです。記憶が戻らない方が幸せだと思います」
わたくしは蒼空君が記憶を取り戻すことにずっと反対していました。
目を瞑ると嫌でも思い出すからです。あの地獄のような日々を――
◇
異世界エスティルに召喚されたわたくしは大魔導士のジョブを得ました。
体を動かすのは苦手だったので大魔導士というジョブが得られたのは本当に幸運でした。最初こそ戸惑った異世界でしたが、次第に順応していきました。わたくしはどちらかといえば順応が早かったほうです。
魔物を倒すことにも慣れ、魔物討伐が楽しくなっていました。
クラスの方々の半分以上が魔物の命を奪うことに抵抗があったみたいですが、わたくしにはそういったものがありませんでした。
魔物を姉だと考えたら、命を奪うことに一切の抵抗がありません。それに、魔物を倒すと多くの方が笑顔になってくれます。
だから暴れました。
物騒な二つ名を付けられましたが、構うことはありません。
多分、最も魔物の命を奪ったのはわたくしでしょう。それだけ楽しかったので仕方ありません。
しかしわたくしも華の女子高生です。楽しい魔物討伐と同じくらい夢中になったものがあります。それがクラスメイトの龍崎蒼空君でした。
ある時、魔族に襲撃されました。
彼は傷だらけになりながら単独で撃退してしまったのです。
あの時、わたくしは何もできなかった。他のクラスメイトの方々も悲鳴を上げて逃げるだけでした。しかし彼だけは勇敢に戦ったのです。ボロボロになりながらも立ち上がって敵を倒すその様はまさに勇者そのものでした。
――格好いい。
あれ以来、わたくしの中で彼の株が急上昇中でした。
異世界に召喚された数か月で顔つきも精悍になり、わたくしは男として彼を意識するようになっていました。
同じ中学だったことはかろうじて覚えていますが、それ以外の記憶がありませんでした。もっとも、中学時代は姉からの嫌がらせに必死に耐えているだけで他の方の記憶もあまりないのですが。
彼の傍には柚希さんがいました。
聖女である彼女は勇者である蒼空君と一緒に行動することが義務付けられたいました。羨ましい。柚希さんがライバルなのは明らかでした。だって蒼空君の隣にいるときは露骨にメスの顔をするのですから。
そもそも気に入らない方でした。同じクラスになってからは事あるごとに衝突していました。
異世界で恋に悩んでいたある日。
わたくしは遂にその力と活躍が認められ、勇者である蒼空君のパーティーに加入するよう言われました。
可能な限り可愛さをアピールしました。
『よろしくお願いしますわ!』
『よ、よろしく』
全力のスマイルでしたが、彼の反応は微妙でした。
今にして思えばあれは過去の出来事があったからですわね。理由を知るとその反応も当然だと納得できました。それを忘れて露骨にアピールしたわたくしを軽蔑していたのでしょうね。
しかし、毎日のように訓練していると少しずつ打ち解けていきました。
あの特殊な環境が多少の悪感情を打ち消してくれたのでしょう。わたくしの強さを認めてくれたのもあるでしょう。
あの頃はまだ楽しい思い出が勝っていました。あの当時は本当に、魔王軍の恐ろしさがわかっていなかったのです。
事件が起こったのは異世界に召喚されて一年が経とうとしていた頃。
『魔王軍の襲撃だ!』
王様からある街が襲われているから救助に向かって欲しいと要請を受けました。わたくし達はこれを受諾し、戦闘系のジョブを持つ生徒達で救援に向かうことになりました。
到着した時、すでに街は魔王軍の襲撃を受けていました。
そこには地獄が広がっていました。
『勇者様っ――』
『……』
到着するなり、目の前で女の子が魔物に食べられました。
それは、あまりにも一瞬の出来事でした。
わたくし達は比較的安全な王城で訓練していたのであの世界がどれだけ魔王軍に怯えていたのかを知らなかったのです。
それからも次々と魔王軍の襲撃で街の人々が犠牲になっていきました。
『勇者様!』
『助けてくださいっ!』
『ま、魔王軍だ!』
『嫌だっ、死にたくないっ!』
人の命があまりにも軽かった。
その時は蒼空君が怒りに任せて大暴れし、魔物を次々に屠っていきました。あの時の蒼空君は恐ろしい程に強くて、恐ろしい程に悲しそうな顔をしていました。
戦いはわたくし達が勝利しました。街は守られ、魔族と魔物は全滅しました。
『……蒼空君?』
ですが、優しい勇者様はその心に大きな傷を負いました。
わたくしに出来たのは涙を流す蒼空君を抱きしめることだけでした。
この残酷な記憶を消してあげたい。世の中には忘れた方がいいことも多々あります。少なくともわたくしはそう思います。わたくしにも忘れたい存在がいますから。
でも、わたくし達を待っていたのは更に辛い現実でした。
それから何年間も数多くの悲しみと直面しました。何度も何度もそれらに立ち向かう中で、優しい勇者の精神は削られていきました。
だからでしょう。
最後の最後、蒼空君が魔王と一対一で戦ったのは。数えきれない程の死と絶望に直面し、仲間の絶望した顔は見たくないと考えたのでしょうね。
だからこそ一対一で戦った。
……記憶を戻したい方々の気持ちは痛いほどわかります。
ですが、すべて思い出したら蒼空君はあの死と絶望の日々を思い出してしまう。わたくしは大好きな人が悲しそうにしている顔を見るのが嫌なのです。




