第10話 見ちゃったモノ
促されるまま公園に移動した。
影が集まっていたベンチに座るのは何となく嫌だったので、その対面にあるベンチに腰を下ろした。
「早速だが、聞かせてくれ」
「せっかちですね。少し世間話でも――」
「いらない」
冷たく言うと、仲町はため息を吐いて話を始めた。
「わたくしは向こうのコンビニで買い物した帰りに、変な影を見ました。動きが独特だったので、何事かと追いかけたら影が公園に入っていきました」
向こうのコンビニとは俺が利用したコンビニと反対方向にある。
あのベンチには四方から影が集まっていた。別の方角で影を見たという仲町の言葉はおかしくない。
「続けてくれ」
「その影は集まって、ライオンのような獣になりましたわ」
「ライオン?」
「はい。あちらのベンチ辺りで」
仲町が指したのは結構離れた位置にあるベンチだった。
俺が見たのとは違う奴らしい。
「眺めていると、ライオンの影に向かって炎が飛びました。炎はえっと……球体でしたわね。凄い勢いで飛来しました」
俺は形まで確認できなかったけど、言われてみれば球体だった気もする。
「影はどうなった?」
「消えてしまいました」
「……炎を出した奴は?」
「正体は不明です。ただ、すぐに炎が出た方角を見たら誰か動いていました。あれは間違いなく人間ですわ」
大きな情報だ。
俺も人影っぽいのは見たが、人間とは断言できなかった。二人で見たのなら確定してもいいだろう。倒し方からして同一人物だろう。
「俺が見たのはさっき話した通りだ」
「龍崎君が見たのは巨大な熊みたいな影だったそうですね。わたくしが見たのと違うようですが、どの辺りで見ました?」
「あのベンチ付近だ」
「……今は何もないですね」
「そうだな」
結局、手がかりはなしか。
記憶を取り戻す情報が手に入ると思ったが、そう簡単ではないらしい。
「ところで、一度誤魔化したのは何故だ?」
「……誤魔化すとは?」
「さっきの話だ。影と炎について『思い出した』とか言ってたろ。バケモノみたいな影と、その影を攻撃する炎を忘れるとか普通ありえないだろ」
「見事な洞察力ですわね」
誰でもわかると思うが。
「わたくしが嘘を吐いたのは自分でも半信半疑だったからです。頭がおかしい子と思われると嫌じゃないですか」
なるほど、筋は通っているな。
「じゃあ、どうして話す気になったんだ?」
「龍崎君とお喋りする口実に決まってるじゃないですか」
胡散臭い笑顔だな。
これ以上の情報がないなら仲町と話していても意味がない。家に帰って購入した夕飯でも食べるとしよう。
「話はこれで終わりだな。帰る」
「あっ、待ってくださ――」
その時だった。
「っ」
背中がゾクッとした。
影を見た時と同じような気持ちになった。いや、先ほどよりも嫌な気持ちが強い。不快というよりは怒りを覚えるレベルだった。
慌てて周囲を見回したが、特に何もなかった。
「急に焦った顔をしてどうしました?」
「変な感じがした。予感というか、嫌な気配だ」
「わたくしには何も――っ!」
仲町は何かに気付いたのか、表情がこわばった。
「残念ですが、今日はこの辺りでお別れですわね」
「えっ」
「龍崎君は真っすぐ家に帰ってください」
「……言われなくてもそうするつもりだ」
「悪い人に襲われないよう気を付けてくださいね。それから、寄り道しないで真っすぐ帰ってください。夜道は危険が多いので」
こいつも俺の母親かよ。
夜だから早く帰れってのは男の言うセリフじゃないのか?
ここに残っていてもやることはない。これ以上、仲町と話すこともない。俺はコンビニの袋を手に持つと公園を後にした。
◇
「……最後のアレが気になる」
どうしても最後に感じた嫌な気配が気になった。
夕飯を済ませてから再び公園に戻ってきた。
何故か知らないが、あの影のことが脳裏から離れなかった。影を見ていると何かを思い出しそうになる。嫌な感じがしたと同時に、変な衝動に駆られた。あいつを剣で斬りたいという衝動に。
――剣?
剣道など習った経験はない。なのに、どうして俺は剣で斬りたくなったんだ?
疑問を感じながら公園に戻ってきたが、残念ながら何もなかった。陽は完全に落ち、辺りは完全な闇に包まれている。
「空振りか。最後にあそこだけ見て何もなかったら帰ろう」
そう決めてトイレに近づく。
トイレに近づいた時、誰かの声が聞こえた。怖い輩かもしれないので咄嗟にトイレに入り、息を殺した。
「……またですわ」
この声は仲町か?
トイレから顔を出して声のする方向を見ると、タイミングよく街灯の下に仲町が姿を見せた。
「わたくしの日だけやけに多いですわね。まあ、おかげで蒼空君とお喋り出来て良かったですけどね。今日だけは特別に許してあげますわ」
そう言って仲町は手をかざす。
次の瞬間、伸ばした手から炎が出た。
単なる炎ではなく、意志があるかのように形を変える。炎はきれいな球体になると、仲町の手から放たれた。
「っ!」
声が出そうになるのを必死に我慢する。
炎の球は前方に飛び、蠢いていた巨大な影に命中した。影は最初から何もなかったように霧散した。
……何だよ、今のは。
信じられないものを見てしまった。
影を追いかけていた天城の運動神経にもビックリしたが、あれは見間違いの可能性もあった。
でも今回は違う。明らかに人知を超えた力――魔法だった。
何かのドッキリか?
俺の反応を見るためにわざとやっているとか?
そう思ってきょろきょろ辺りを見回すが、周囲には誰もいない。俺を騙すのが目的ならここら辺で誰かが登場するはずだが。
「大丈夫ですわ。雑魚でしたから。しかし、これだけ数が多いと面倒ですわね。女神様も無茶を言ってくれます」
女神様?
首を傾げていると、仲町はベンチに腰掛けた。
誰かと話していると思ったら、先ほど魔法を放った手とは反対側の手でスマホを持っていた。誰かと通話しているようだ。
「柚希さんは楽でいいですわね」
相手は柚希か?
「――ええ、相変わらず目的は不明ですわ。わたくし達に報復するのが目的か、それとも誰か特定の人物を探しているのか。ただ、個人的な予想では恐らく後者でしょう。戦闘系の魔物が少ないので」
魔物?
女神様に続いて今度は魔物とか言い出したぞ。
「えっ、時間なら大丈夫ですわ。うるさい姉は黙らせましたから。今のわたくしはもう自由です。このまま蒼空君のところに夜這いを仕掛けても――」
直後、仲町の体が震えた。
「冗談だから怒らないでください。そもそも、わたくしは何故か嫌われています。今より嫌われてしまったらワンチャンもない状態ですわ。蒼空君を苗字で呼ばなければならないし、ホントにストレスが溜まります。あれだけわたくしを頼ってくれたし、わたくしの胸をちらちら見てはだらしない表情をしていたのに!」
仲町も俺の知らない俺のことを知っていたようだ。
苗字ではなく名前で呼ぶくらい親密な関係だったらしい。仲町は基本的に男子は苗字で呼ぶから、かなり仲良しだったのではないだろうか。
「ええ、理由はさっぱりです。柚希さんは上手くやりましたね。せめて自分が嫌われている理由がわかればいいんですけど」
いよいよ封印された記憶が気になってきた。
本当ならここで記憶について問いただしいところだが、俺の記憶に関しては話せないらしい。その理由が本当に女神様だったりしたら――
これはひょっとして、本当にそういうことなのか?
「っ、龍崎君!?」
考えていると、いつの間にか仲町が目の前にいた。
「どうして龍崎君がここに?」
「えっと、少しトイレに寄りたくて」
我ながら苦しい言い訳だ。
仲町は全然信じていない顔をしていた。
見つかった以上は下手に誤魔化すよりも聞いたほうがいい。それに、こいつがどんな反応をするのか見てみたい。
「冗談だ。ちょっと気になることがあったから戻ってきたんだ」
「……気になること?」
「けど、今はそれ以上に気になることがある」
俺は仲町を見る。
「さっきのアレって魔法か?」




