第9話 影と魔法
風邪から復帰して数日が経過した。
教室の雰囲気にも慣れてきた。最初こそ戸惑ったが、次第にそれが当たり前になっていた。人間の適応能力は想像以上に高いらしい。
正直、居心地がよかった。
最初の数日こそクラスメイトが過干渉気味で引いたが、しっかり一線を引いているようでこっちが嫌だと思うようなことはしてこなかった。大人の対応って感じがした。同級生なのに年上と接してるような気分になる。
懸念していた特定の女子は俺が嫌っている雰囲気を察したのか、近づいて来なくなった。ありがたいが、少し不気味だ。
この急激な変化も失った記憶が関係しているのだろうか。
「……よし、帰って飯にするか」
今日は両親と妹が出掛けているのでコンビニで夕飯を購入した。
買い物を済ませ、店の外に出る。
時刻は午後六時を超えており、街は夜に向かう準備を開始している。ちらほらと街灯に明りが灯りだした。
「けど、やっぱ気になるよな」
歩きながら頭の中で考えた。
記憶喪失――
言葉にすると馬鹿々々しいが、実際のところ事実っぽい。教室で耳に入る内容が明らかに変というか、違和感があった。俺もたまに話を振られるが、その内容を覚えていなかったりする。
言った覚えのない秘密とかを全員知っていたりする。ちょっと怖い。
これだけ大きな変化だ。失った記憶は重要なことかもしれない。
……でも、たった数日のことだよな?
夏休み後半は暑さでぐったりしており、記憶が曖昧だったりする。恐らくその辺りが記憶を失った期間なのだろう。
「女神様が封印とか言ってたけど、さすがに柚希の嘘だよな?」
記憶喪失が本当だとしても、女神様云々の話はイマイチ信じられない。
小説とか漫画みたいに異世界転移とかして女神様に会ったとか?
悪いけど、異世界の存在を信じられるほど子供ではない。ただ、何かしらの特殊な力で記憶が封じられているのも間違いない。柚希から聞こうとした時に世界が歪んだ。あれを科学的に説明するのは難しい。
というか、記憶喪失が本当なら俺の家族は?
両親も妹も何も言ってこないのはおかしいだろ。俺が記憶を失うほどの何かがあったなら家族だって平常心ではいられないはずだが――
「考えてもわからん。さっさと帰ってゲームの続きでもするか」
思考を切った直後だった。
足元を影が横切った。
「……?」
これが単なる影なら何も感じなかっただろう。
しかし、その影はどこか不自然だった。小動物みたいな影だったのに、どこにも影の主がいなかった。
「前にも似たようなことがあったな」
立ち止まって考えていると、影が再び目の前を横切った。
今度は数が多い。ネズミサイズの影が集団で移動している。普通の影と違うのは明らかで、動いている途中で止まったりしてした。
影を見ていると何故か嫌な気持ちになる。見ているだけでイライラして、目の前の影を斬りたい衝動に駆られた。
「っ、思い出した。天城が追いかけていたアレか!」
大きさは違うが、あの日の影と同じだ。
「……天城の奴は俺の記憶を戻したい派で、これを見せようとしたんだよな。ってことは、この影は記憶の手がかりかもしれない」
そう思うと、勝手に足が動いていた。
影が向かった方向に行ってみる。一応、すぐに逃げられるよう気持ちの準備だけはしておく。
影は近くにある公園を目指していた。
追いかけて公園に足を踏み入れると、影は生き物のようにある場所を目指して進んでいた。明らかに意志を持って動いていた。
目的地はベンチだった。
俺は近くにある木の後ろから様子を見る。ベンチには四方から影が集まってきた。影がすべて集まると、その場で合体して巨大な影になった。影の形は熊のようだ。
その影が動き出した。
「っ!」
直後、死角から炎が飛来した。
炎は黒い影を燃やした
唐突な出来事に俺は目を瞬く。すぐに炎の出どころに視線を向ける。そこには誰かの人影が見えた気がした。
「気のせいか?」
ただ、次の瞬間には人影も見えなくなった。
状況がよくわからなかったのでしばしその場で待機したが、その後は何も動きがなかった。炎に攻撃された影は消えてしまったようで、公園は元の静寂を取り戻した。
……完全に影は消えちまった。このまま公園に居ても意味ないな。
記憶の手がかりを失ったことにショックを受けながら公園を出た。
「あら、そこにいるのは龍崎君ではありませんか」
「っ」
「奇遇ですね。お買い物ですか?」
背後から声を掛けられた。
「……仲町」
「偶然ですね」
仲町穂香だった。
彼女の手には俺と同じくコンビニの袋があった。どうやら買い物帰りらしい。
余談だが、数日前に席替えが行われた。俺はまたも仲町の隣になってしまった。我ながら運が悪い。気まずかったが、仲町も俺に嫌われているのがわかっているようで過度に話しかけてはこなかった。
こいつと喋る気はないが、 さっきの光景が気になった。
「一つ聞いていいか?」
「はい。何でも聞いてください」
「さっき、ここら辺を歩いてたら影みたいなのが見えたんだ。そいつを追いかけたらこの公園で影が集まって巨大な熊みたいになった。そしたら、どっかから飛んできた炎が影を焼いた。何というか、あれは攻撃してるみたいだった。よくゲームであるような炎魔法って感じで……いや、何でもない」
我ながら頭のおかしな発言した。
影が動いて、それに向かって炎魔法が放たれたとかゲームのやりすぎだ。そうとしか見えなかったが、改めて口にすると頭が悪い。
「……疲れているのではないですか?」
「かもしれない」
「この暑さですからね」
見間違いか。
そりゃそうだよな。あの炎は本当に魔法で攻撃していたみたいだった。現実的にありえない。
「ところで、龍崎君はお散歩ですか?」
「買い物の帰りだ」
袋を見せる。
「よろしければ、少し話していきませんか?」
「……帰る」
予期せぬ接触ではあったが、仲町と仲良くする気はない。
「ああ、思い出しましたわ」
「……?」
「そういえば、先ほどわたくしも見ましたわ。影が集まっているところを。そして、影に向かって炎が飛ぶところを。そうでした、思い出しました」
「ホントか!?」
「はい」
「影はどこから? それに、炎を放った奴は?」
見間違いじゃなかった。
「詳しく話すと、長くなるかもしれませんね」
「それは別に構わない」
「では、公園のベンチで話しましょう」
「……わかった」
記憶の手がかりだ。個人的な感情でこのチャンス見逃すわけにはいかない。




