21-3 遠く離れてしまうわけじゃないけれど
2月に入った。
売り上げを見る限り、美由ちゃんの引退ロードは大盛況だ。
でもね……美由ちゃんが毎晩べろんべろんで帰ってくるのよ。残り数週間とはいえ、さすがに美由ちゃんの身体が心配になるじゃん……。
「ねえ、美由ちゃん、大丈夫?」
今日も寮に帰ってきた美由ちゃんは酔っぱらっていた。着替えもせずにテーブルに突っ伏している。
「お水……お水ちょーだい」
「しょうがないなぁ……」
コップに水を注いで差し出した。美由ちゃんは、のっそり起きて飲む。
「ああぁ、沁みる……」
言動が酔っ払いオヤジだよ、美由ちゃん。
「マンションを……買おうと思うの」
「急に何よ、美由ちゃん?」
「高円寺で、中古マンションをね……あ、もう一杯お水」
コップに水を注いであげる。海洋深層水って書いてあるけど、普通に飲んで問題ないよね?
「うぅー……目が覚めてきた。ああ、えーと、4LDKで3000万円くらいなのよ……」
冷たい水を飲んで、頭の回転が戻ってきたのかな? 数字の話になった。
私は今(2003年)の不動産相場がよくわからない。私がわかるのは令和の時代の鳩ケ谷近辺、新聞折込のチラシで見た記憶くらいだ。たしか……新築で6000万とか6500万、中古で4000万から5000万くらいだった気がする。東京の、しかも高円寺の相場なんてチンプンカンプンよ……。
うん……マンション?
「ひょっとして、マンションを買うから無理して飲んでるんじゃない?」
「それは別の話よ。みんな最後だからって、私を飲み負かしたいのよ。まあ……私は無敗で引退するけどね」
「なんの戦いなのよ……」
飲めない私には理解できない世界だ。まあ、そこは酒飲み同士のプライドがあるんだろう。
「でも、さすがにマンションを買えるほど貯金はないでしょ?」
「お義祖父さまと、お義祖母さまが、半分出してくださるんですって」
「あぁ……だったら買えるか」
話を聞く限り、広石さんの実家ってお金持ちっぽいしね。それなら納得。
「それで、引っ越しなんだけど、私が寮を出たら葵ちゃんはどうするのかしら?」
「どうするって、私は結婚相手もいないし、予定もないよ」
「そういうことじゃなくて、ここ二人部屋よ」
「あっ……」
そうだった……ベッドが1台しかないから、忘れてたよ。どうなるんだろう?
「もし、寮に残るなら誰か別の人と相部屋になるのかしら?」
「うわぁ、今さら知らない子と相部屋はイヤだし、私も引っ越そうかなぁ……」
なんか、また問題だよ。この寮の部屋、気に入っているんだけど出ないとダメかな?
◆◇◆
美由ちゃんの新居探しに合わせて、私も引っ越さないといけない。でも、なんだかんだで忙しくて部屋探しができずにいた。
「あれ……キヨミヨじゃん、どうしたの?」
谷中衣装さんに衣装を返却に行った帰り、日暮里駅のホームでキヨミヤと鉢合わせた。
「おお、アオイか。実家で法事があってな、帰りだよ」
「法事?」
「祖父さんの7回忌法要だよ。さすがに孫が出ないワケにいかないからな」
法事か、なるほどね。いつもはチャラいホストスーツだけど、今日は普通の背広だもん。年相応のサラリーマン……には見えないか。
ホームに電車が入ってきた。午後の中途半端な時間だからか、意外と空いている。私とキヨミヤは、並んで吊革につかまった。
「久しぶりに親戚に会ったよ。結婚しろってうるさくてさぁ……」
「結婚するような歳でもないでしょ?」
「……オレ来年30だよ」
「えっ、30なの?」
しまった……年上だとは思っていたけど、けっこう上だったよ。タメ口だとマズいよね?
「え~と……ご親戚のみなさんとは、どんな話をなされたんですか?」
「急に口調を変えるなよ、気味が悪い。それにオレは、まだ20代だ。そんなオッサンじゃないぞ……」
「ごめん、ごめん」
片手拝みで頭を下げた。
「それでなあ、親戚の叔父さんがホテルでバーをやっているんだ。叔父さん子供いないからさ、オレに『やらないか』って言うんだ」
「ほぇ〜」
「スポーツバーに改装するのOKだし、なんなら半分お金出してもいいって」
なんか……この前も半分出すって話を聞いたよ。キヨミヤも実家は裕福っぽいね。
「いい話じゃん!」
「でもな……成田だからな」
そういえばキヨミヨは成田だったね。成田……節分に芸能人やお相撲さんが豆まきしているイメージしかないや。
「成田じゃダメなの?」
「オレは東京で店をやりたいんだよ……アオイと二人で」
「私みたいな借金持ちを抱えたら、とても商売にならないって~」
まあ、キヨミヤや子分たちとスポーツバーをやるのも楽しいだろうけどね……。
「あ、そうだ、キヨミヤってどこに住んでるの?」
「オレか? オレは新大久保だよ。歌舞伎町のホストは新大久保に住んでるのが多いんだ。オレんところの連中も、だいたい近所に住んでるかな……」
「家賃って安い?」
「ピンキリだな。いちおうオレは、そこそこの部屋に住んでるが……って、なんでそんな話を?」
「寮を出なきゃいけないかもしれなくてね~」
キヨミヤがニヤリと笑った。悪い顔だ。
「じゃあ、オレと同棲するか?」
「却下!」
「即答かよ、冷たいな。せめて考えるフリくらいしろよ……」
電車が新大久保に着いた。
「ホラホラ、新大久保だよ」
「はい、はい、はい……じゃあ、オレは行くぜ。またな、アオイ!」
「おっつー」
行きかけてキヨミヤが振り返った。
「あ、気をつけろよ。ねらわれているぞ、お前の店」
「えっ……?」
電車の扉が閉まった。
まったく、思わせぶりだね……。
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