21ー2 ショッピングと就職氷河期の余波
1月も半ばを過ぎて、美由ちゃんの卒業・引退がホームページで発表された。
『ミユ ファイナルロード~縁~』
『ミユのゴールを決めました。疲れないし、諦めないし、落ち込まないけれど……3月1日まで、全力で飲みますんで、ピンクシャドウをよろしくお願いします』
卒業は3月1日。2月1日から1カ月かけての引退ロードだ。『ピンクシャドウ』は毎日がカウントダウンイベントとなる。おかげで私も、いろいろ忙しい。
「社長、新しいパソコンを買ってください」
「そのパソコン、まだ動くだろう?」
社員が少ない郷田商会。今日も私は事務所でパソコンと向き合っていた。
美由ちゃん引退ロードの来店者特典で配るポストカード。日替わりで1カ月ぶんデザインするとか、私に投げられても困るよ。デザインソフトは使えるけれど、別にデザインの勉強をしたワケじゃないんだから。
「美由ちゃん関連のデザインをしているんです。このパソコンじゃ性能が足りません。私のノートパソコンは社長のお古なんですから!」
「はあぁ、仕方ないな。買ってやるか……」
「はーい、ありがとうございます、社長」
さすがにセレロンじゃ厳しいと思うよ。最新機種を所望ぉ!
「ほれ、アオイくん、行くぞ」
「えっ、今からですか?」
なんか、もう社長はジャンパーを着ている。龍の刺しゅう入りスカジャンだ。
慌てて私もスカジャンを着る。私のほうは虎柄だ。私は埼玉県民だから、虎よりも地平を駆ける獅子のほうがいい。あっ、葵ちゃん的にはイヌワシかな? でも、まだ仙台に球団はできてないか。あれ? それを言うなら都民の社長はツバメでいいんじゃん。龍は名古屋だよ~。
「こっちだ」
ズカズカと歩いていく社長。社長が歩くと人が避けて道ができる。モーゼかな?
新宿西口駅の前、パソコン買うならマルチメディア館……じゃないの!? 社長がVAIO館に直行していく。ああ、ウチの会社のパソコン全部、社長の趣味だったのか……。
「いらっしゃいませ」
「おお、一番いいのをくれ」
「あのぉ……どのようなご用途で?」
店員さんが困っている。私が話そう。
「写真の編集やデザインに使います。1000万画素の写真データが扱えるスペックで」
「それでしたら、こちらのモデルですかね……」
大型のパソコンだ。17インチの液晶モニターがセットで25万円か。この時代のパソコンの相場だと、どうなんだろう?
「どう思います、社長?」
「だいぶ安いな、型落ちか? 性能はどうなんだ、充分なら買おう」
「Pentium4の2.53GHzでハードディスクは160GBです。メモリは512MB積んでます」
店員さんが説明してくれた。
「店員さん、メモリ増やせますか?」
「はい。1GBにならできます。本体と一緒に増設メモリを購入していただければ、取り付け作業はサービスでいたします」
「じゃあ、それで……いいですか、社長?」
あれ? 社長の姿が見えない……って、あっちでノートパソコンを見ている!
「社長ーっ!」
「アオイくん、俺も新しいの買ってもいいかな? これ、テレビのチューナーが付いてて、番組が録画できるんだよ!」
「……はぁ」
なんというか……こういうところ。やっぱり見た目は大人、中身は子供の逆・名探偵だよ。
◆◇◆
大型のデスクトップは事務所の空きデスクに置いた。画像処理やデザイン用として、通販部と共同使用する。普段の事務仕事ならノートパソコンで十分だからね。
「どう、中村くん?」
「早いですよ、先輩。画像サイズの変更もサクサクです」
「じゃあ、私のデザインもやってくれる?」
「それはパスです。僕は先輩みたいなデザインセンスありませんよ」
「私だって素人だよ……」
ピンポーン。
「おっと……来客予定があったんだ。じゃあ、もろもろ設定お願いね」
「了解です」
来客は声優雑誌の明智編集長。顔も声も渋い昭和ニヒルだ。同行が、もう一人。初めて見る男性だった。
「ご無沙汰しております、アオイさん」
「今日は社長に話ですもんね、少々お待ちください……」
会議室でいいかな? 案内して、社長を呼びに行く。強面vs昭和ニヒル。任侠映画かVシネマだよ。
「いやあ、これは明智さん。『マジカルシャドウ』開店パーティー以来ですな」
「仕事に困っていた声優学校の卒業生を使っていただいて感謝しています、郷田社長」
「こちらのほうこそ、お礼を言いたい。よく稼いでくれていますよ。ハッハッハ……」
明智さんが横の男性に目くばせした。
「さて……社長、本題に入る前に紹介させてください」
「私、メディア芸術総合学院の白石と申します」
「郷田です」
「佐藤です」
名刺交換をした。『広報部/キャリア支援担当』。広報はわかるけど、キャリア支援担当って何?
「キャリア支援担当……就職関係かい?」
「はい……」
私の疑問を聞いてくれた。ナイス社長。
「じつは……ゲーム開発会社から内定をもらっていたマルチメディア・クリエーター科の生徒が、急に内定をキャンセルされまして……」
「おいおい、もう1月も後半だぞ。このタイミングはねえなぁ。それでウチみたいな零細企業にも声をかけてるってワケか」
年が明けてからの内定取り消し。聞いたことがある。もちろん就職氷河期の伝説としてだけど……。
「で、何人なんだ?」
「10人です」
「多いなぁ……」
「何社も回って頭を下げてきましたが、どこも採用枠はいっぱいで、今から採用を増やしてくれる状況ではないんです」
あ、でも、女性ならウチの店で働いてもらえる。マルチメディア・クリエーター科ならゲームやアニメが好きな子だろうし……。
「あの……女性は何人ですか?」
「女性はいません。全員男性です」
「ああぁ……」
男性じゃなぁ……。今回は役立たずだ、私。社長も考え込んでしまった。腕組みをして斜め上を見上げている。
「おーい、中村」
「えっ……はい」
社長に呼び出されて、中村くんが「えっ、俺?」みたいな顔でやってきた。そういえば、そこでパソコン作業していたね。
「なんですか、社長?」
「おまえんとこ人が足りないよな。何人ほしい?」
「えっ、あぁ……あと1人か2人いると楽になります」
「そうか……」
社長が白石さんの顔を見た。目が怖いよ、社長。
「3人採ろう」
「……ありがとうございます」
白石さんが立ち上がって頭を下げた。
「学校のほうで候補を出してもらって……中村、おまえ面接しろ」
「えーっ、僕がですかー!?」
「当たり前だろ、おまえの部下にするんだ。自分で選べ」
わぁ……中村くんも責任重大だ。ここからは中村くんと白石さんで話を詰めてもらおう。いきなりで申し訳ないけど……がんばれ、中村主任!
というわけで私と編集長は、お役御免だ。
「ところで、アオイさん。彼女たちは元気でやっておりますか」
「ええ、元気ですよ~。『唯依より稼いでやる』って息巻いてましたけど、みんな余裕で唯依より稼いでます」
編集長がいう「彼女たち」とは、ユリアやハヅキたち声優専門学校卒業生のことだ。編集長は声優をめざして夢がかなわなかった子たちのことを、めちゃくちゃ気にしている。
彼女たちがライバル視していた唯依こと、私のママは貧乏してる。新人にしては仕事が多いと思うんだけど、新人声優はギャラが安いからね〜。
「声優という夢が叶うのは一握りです。毎年、毎年、多くの若者が夢破れます。私には夢破れた子たちを救ってあげることができません。でも、アオイさんは彼女たちを救ってくれた。アオイさんは菩薩のような女性です」
「はぁ……」
菩薩って仏様よ。あ、菩薩だから厳密には仏様になる修行中の身か。う~ん、どうせなら女神様とかエンジェルがいいなぁ……。
「今年もまた、卒業公演の時期になりました」
「ということは……またスカウトしろと?」
「ええ」
編集長がうなずいた。編集長は私を評価してくれているみたいだけど、あんまり褒められたことじゃないと思うのよ。夜の世界へのスカウトだもん。
「ちょうどいいんじゃないか、アオイくん? 『ピンクシャドウ』をキャバクラに戻すんだ、新しい女の子も必要になると思うぞ」
社長がこっちの会話に入ってきた。
「そうなんですけどね、社長。なんか、違う気がするんですよ。なんか……なんか……なんかって、何?」
「知らんがな!」
まあ、いいか。社長の突っ込みを引き出せたのでヨシとしよう。
なんか……って、なんだろう。あれ、前もこんなのあったよね?
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