20-5 ヒロインの武勇伝と西新宿の謀議
1月5日、日曜日。普段は日曜休みの私だけど出勤。お正月営業だからね。
ただ、夜中までは勘弁してもらった。美由ちゃんが山口から帰ってきているのよ。
夜7時に切り上げて、ダッシュで帰る。
寮に戻ったら、美由ちゃんはテレビを見ながら晩酌中だった。
「おかえりなさい。あっ、あけましておめでとうかしら?」
「そうだね。あけましておめでとう。そして、おかえりなさい。長旅お疲れさまでした」
手洗い、うがいをして、私もテーブルに座った。
山口で買ってきたのか、珍しい名前の日本酒を飲んでいる。
「これ、フルーティーで美味しいのよ。葵ちゃんでも飲めるんじゃないかしら?」
「私はやめておくよ。お酒弱いからね」
無限力を秘める葵ちゃんボディーだけど、お酒とタバコは受け付けないのよ。まあ、弱点があってもいいよね、女の子なんだもん。
「カマボコ食べる? お刺身みたいにワサビしょうゆを付けて食べるの。名物なんだって」
一口大に切ったカマボコ。美由ちゃんは、これをツマミに飲んでいた。
「広石さんの実家、どうだった?」
「そうね……とりあえず全員、倒せたかしら?」
「穏やかじゃないね……」
私もカマボコをつまんだ。ぷりぷりしている。美由ちゃんの酒が進むワケだね。
「元日は親戚が集まって宴会よ。2日は近所の人も集まって、どんちゃん騒ぎね」
「どういう展開なのよ……」
「なんか親戚のオジサンたちが、やたらお酒を勧めてくるから、ちょっと本気になっちゃったかしら?」
ああ……映像が浮かぶよ。美由ちゃん、芸能人並の美女だもん。こんな美女が目の前にいたら、オッチャンたちもハッスルしちゃうよ。
「オジサンたち、みんな酔いつぶれちゃって」
「だろうねぇ……」
「そしたら、次の日は近所の人たちが勝負に来て……」
どんなバトル漫画だよ……。
「あ、もちろん圧勝したわよ」
「容赦ないね……」
「お盆に再戦することに決まったから」
やっぱりバトル漫画だ。歌舞伎町最強ヒロインが田舎で無双してるよ……。
「じゃあ、結婚は問題ないのね?」
「そうね……これで破談になったら、親戚のオジサマたちや近所の人たちが許してくれないわ」
「おめでとう」
「ありがとう……でも」
「でも?」
「ううん……なんでもない」
美由ちゃんは、コップの酒をグイっとあおった。
「葵ちゃん……葵、あなたも幸せになってね」
「えっ……うん」
幸せか……。幸せって、なんだろう。
◆◇◆
月曜日の朝。
まだ美由ちゃんはベッドで寝ている。
長旅と慣れない広石さんの実家で疲れていたんだろう。このまま寝かせておこう。
こっそりベッドを出て、出勤の準備をする。
(いってきまーす)
静かにドアを閉めた。
雑居ビルの3階。いつもの事務所。
普段は物置と化している会議スペース。今日はマジカル店長とピンク店長、絵里奈さんが座っている。強面のオッサンが3人そろうと威圧感が凄い。絵里奈さんも郷田一族の正月に呼ばれたんだろうか? 強面だらけの宴会とか、想像したくないなぁ……。
「アオイくん、これをコピーして配って」
「はい」
ウチの会社、大型のコピー機入れたのよ。それまで小型のFAX複合機だったんだけど、コンビニに置いてあるような大きなコピー機が鎮座している。儲かってるじゃん、郷田商会。儲かってるなら、人増やしてよ。少しは私、楽した〜い。
ピッピッピッ……とコピーして、会議スペースの長机に配る。店長たちが資料に目を通していく。ピンク店長の顔が険しくなった。
「兄貴よぉ、こんな話をいつ決めたんだ?」
ピンク店長が口火を切った。店だと口調が丁寧だけど、こっちの方が素なんだろうね。しゃべり方が社長に近い。まあ、兄弟だから当たり前か。
「お前が温泉に行っている間にだ」
「家族サービスだよ。独り者だけで決めてほしくないね」
「そっちの家族サービスもいいが、実家にも顔を出せよ。お袋が嘆いていたぞ、たまには孫の顔が見たいって」
「……」
う〜ん……郷田社長の家庭の事情。なんとなく事情は知っているんだけど、部外者の私はリアクションに困る。巻き込まれないうちにドロンしよう。
気配を消しつつ事務所を脱出。2階の倉庫に逃げ込んだ。
「あれ、会議中じゃなかったんですか、先輩?」
通販担当の中村くんに見つかった。
「偉い人たちの会議だから逃げてきたの」
「先輩だって偉い人でしょう?」
「中村くんのほうが主任だから偉いよ」
去年の4月に入社した中村くんも主任になっている。通販部門は急に人を増やしたので、いまや3人の部下持ちだ。そう考えるとバキさんの会社でパパが主任になっているのも、そんなに不思議じゃないのか。
「先輩、ちょっと相談なんですが、ミユさんが辞めるんですよね?」
「うん」
「モデルで残ってもらないですかね……」
「はい?」
「ミユさんが着た服は売れるんですよ」
ウチの通販は『ピンクシャドウ』の女性キャストをモデルに使って服や小物を見せている。売り上げデータは見ていたけれど、モデルごとの売り上げまでは把握していなかった。ちゃんと中村くんはチェックしている。さすが「主任」だ。
「同じ服や小物でも、ミユさんが付けると……5割以上増えますよ」
「そんなに違うんだ!」
ああ、これは美由ちゃんに聞いてみよう。美由ちゃんは大食らいで、大酒飲みだ。夜の仕事をやめても、食費くらいは稼がないとね。広石さんって普通のサラリーマンだし。
「わかった、私から美由ちゃんに話してみるね!」
「ありがとうございます、先輩」
私と中村くん、厳密には同期入社なのよね。まあ、私が先輩風を吹かせているのが悪いんだけど……。
「だいぶ撮影のやり方もわかってきました。カメラマンを頼まなくても僕らで撮れると思うんです」
「なるほど、いつでもモデルがいれば、すぐ撮影できるもんね」
「それと……『ピンクシャドウ』の女性たちは、どうもやりにくいんです」
「そうなの?」
「協力的じゃないんですよ。遅刻するし、バックレるし……」
私が立ち上げた通販部門のくせに、『マジカルシャドウ』に移ってからは撮影に参加していなかった。今の『ピンクシャドウ』は知らない子が増えたけど、そんな感じなんだ……。
「申し訳もござらん」
あ、バキさん口調が出てしまった。
「いや、先輩が謝ることじゃないですよ」
「それも含めて、いろいろ考えるよ……」
面倒ごとから逃げてきたつもりが、こっちでも面倒なことにぶち当たってしまった。
ほんと、私の週休二日はいつになるやら……。
女の子の入れ替わりが早い夜の店。よくなる時も早いですが、悪くなる時も早いのです。
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