18ー4 奨学金という名の借金。借金で合ってる?
閉店後の『マジカルシャドウ』。
私はモップで床を雑巾がけ。
「すみません、アオイさん。雑巾がけまで」
「いいの、いいの、手伝ったほうが早く終わるでしょ」
今日はボーイの島田くんが出勤している。でも、私は片付けのお手伝い。これは、もう私の性分。ブルジョワジーにはなれんのよ。輝け私のプロレタリアート魂~。
グルルン、グルルン。
足踏みバケツでモップを絞る。コレ、意外と楽しいのよね。
「アオイっち、ちょっといい?」
「うん?」
沙希っぽから声をかけてくるとは珍しい。掃除を手伝うなんて殊勝な心掛けは……あるわけないか。晩御飯の無心かな?
「ボーイの面接をするんよね?」
「うん、明日ね。でも、女の子だから、できればキャストを勧めたいのよ」
「じゃあ、まだ募集中って感じっすね?」
「そうなるかなぁ……」
だって、ほら、沙希っぽですら手伝う気ゼロじゃん。ヤリたがる女の子なんて、いないって……私を除いて。
「仕事を探している子がいるんすけど、連れて来ていいっすかね~」
「女の子?」
「男っす。年下っすよ~」
「う〜ん……明日、面接してあげるから、開店前に連れてきてよ」
「あざーす」
軽く頭を下げると、沙希っぽはダッシュで去っていった。
やっぱり掃除、手伝わないじゃん!
「あ、ちゃんと、履歴書持ってきてよね」
「うぃっす~」
◆◇◆
今日は開店前にボーイの面接があるけど、昼間の私は事務職員。会社のマイデスクでパソコン仕事を片づけている。
「アオイくん、ボーイの面接するんだって?」
「どこで、それを?」
「俺は社長だぞ。そのくらい報告は届くよ」
社長と席が近すぎるのも考え物だ。「社長室付き企画経営補佐」って面倒だね……。
「俺も行くから」
「やめてください。応募者が怯えます」
「何もしないよ、俺は」
「社長は存在するだけで圧迫面接です」
「社員契約するんだったら俺の出番だろう?」
「こっそりのぞくだけですよ……」
「わかった」
社長は、さびしんぼうだ。あまり強く断るとイジけちゃうので、連れて行くことにした。
で、まあ……。
「なんで、社長が来るんですかーっ?」
「いいじゃないか、俺が来ても……」
こうなるよね、当然。
『マジカルシャドウ』のバックヤード。社長がマジカル店長に怒られている。郷田一族の力関係って、どうなっているのよ。社長って権力ないの? 社長なのに??
「店長~、副店長~、面接の人が来ましたよ~」
ボーイの島田くんが呼びにきた。
「面接は私と絵里奈ちゃんでやります。アオイさんは社長を押さえておいてください」
「俺は危険人物か、おい!」
「はいはい、どうどうどう……」
しょうがないねぇ、社長は……。なだめるのに手間がかかった。
面接をのぞき見しよう。社長と二人、バックヤードの入り口から、こっそり顔を出す。
4人掛けのテーブルに、店長と絵里奈さん。向かい側に……おお、来てる、来てる。ハヅキやユリアと同じ声優学校の卒業生。私のスカウトを一人だけ断った茶髪の子だ。
「ほう……あの子も声優学校の卒業生か」
「そうです。私のスカウトを断ったのに、なんで今さら来たんでしょうかね?」
「そりゃ、仕事がないからだろ? 10月の求人倍率は0.56倍だって新聞に……あっ、専門学校って言ったか?」
「あ、はい」
「なるほど……だいたい事情はわかった。あの女を追い込めばいいんだな? 任せておけ」
「あっ、社長……」
止める間もなく出て行っちゃったよ。ヅカヅカとテーブルに向かっていく。いきなり反社が来たと思うじゃん! 社長が行ったら、まとまる話もまとまらないよ〜っ!
「失礼するよ」
「えっ……」
ドスンっと、社長は茶髪の隣に腰を下ろした。
「お前さん、いくら借金があるんだ?」
茶髪が固まった。
「返せないんだろ、奨学金? どうせ滞納して督促状が届いてるんだろう」
茶髪の目から涙があふれ出した。
「う、くっ……うぅ……ぅ……うぅぅ……」
泣くというより、嗚咽だった。
あぁ〜社長、泣かしちゃったよ。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと〜。女の子を泣かして、どういうつもりなのよ、社長!」
慌てて私も駆け寄る。
「この時期に金に困って駆け込んでくるんだ。だいたいは奨学金の返済だ」
「奨学金……?」
「おお、奨学金っていうのは卒業してから半年は返済猶予がある。返済が始まるのは10月末。しかも、延滞すると1割の利子が付くっていうタチの悪い借金だ。おそらくは、その金がねえんだろうな……」
奨学金? そういう仕組みなのか。そういえば、昔は奨学金破産が多かったって話を聞いた気もするなぁ。昔の奨学金ってヤバかったの??
「15年か? 20年か? 返し終わるころには40だ。それも、仕事があって返せればの話だ……。なあ、アオイくん、この子と同期の娘たちは、いくら稼いでいる」
「えっ、はい……月に70から80万円です」
「茶髪の姉ちゃんよ、半年……長くても1年だ。ウチで働いたら、身軽になれるぜ」
「うぅ……ぐっぐっぐっ……」
もう茶髪はボロボロに泣いている。容赦ないなぁ、社長……。
「景っ!」「景さん」「景ちゃん」「景さん……」
ユリア、ハヅキ、ルアカ、ナツコが出てきた。お前ら、どこにいたのよ?
社長を押しのけて、茶髪に駆け寄る。
こらっ、いちおう社長だぞ!
「働こう、一緒に、ね」
「男なんて楽勝だから」
「貯まるよ、お金」
「毎日、お寿司食べれるぞ」
もう一押しかな? 妥協案を出しておこう。
「とりあえず、体験入店する? 店長、いいですか?」
「あ、えっ、そうですね。日払い2万でどうでしょう」
「今日、持って帰れるから、これで今月の支払いはできるじゃない?」
「うぅぅ……うん、うん」
茶髪……えーと、景だっけ? うなずいた。これで交渉成立だ。
「じゃあ、あとは、絵里奈さん、お願いします」
「お、おおお……」
これにて一件落着かな?
茶髪も声優専門学校卒だ。定着してくれれば戦力アップは間違いない。『マジカルシャドウ』の未来は明るいね。
「あの……お取込み中のところ申し訳ないっす~。ボーイ希望の男の子を連れてきたんすが……」
あっ、忘れてた。ごめん、沙希っぽ。
「ほら、翔太、あいさつ」
「越野翔太です。よろしくお願いします」
うん……あれ? どっかで見たことある??
「あーっ、DQNの!?」
「ゼ・ク・ウ! 是空っす!」
とっくに解散したって聞いたけど、この子と沙希っぽは続いているんだ……。ひょっとして?
「二人、付き合ってる?」
「「……」」
顔を見合わせる二人。
「付き合ってないっすよ~」
その間は何よ、その間は!
まあ、いいや。そのへんは店長に任せよう。
「まあ、アオイくん、心配無用だ。わが社は社内恋愛OKだ」
「初めて聞きました」
「初めて言ったからな。だから、アオイくんも遠慮せずに社内恋愛をしてくれたまえ」
「はあ……縁はなさそうですけど」
あ……そうか、私と美由ちゃんも、ある意味、社内恋愛だったのかな? 社内恋愛に寛容な会社でよかったよ。まあ、その恋愛も、もうすぐ終わっちゃいそうだけどね。寂しいでござるよ〜。
奨学金破産。
今は制度が整ったので、あまり聞かなくなりましたね……。
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