18ー1 人生の選択と旅立ちの予感
寮のベッドの上。裸で寝ていると、さすがに少し寒い。
もう11月だもんね。
美由ちゃんは先に起きていた。キッチンからいい匂いがする。いつもの朝だった。
まあ、学校なら2時間目が始まっている時間なんだけどね。
「おはよう、美由ちゃん」
「あら、今日はちゃんと起きたわね」
のそのそと食卓に向かう。
鶏ガラと生姜が香る中華がゆ。油条風の揚げパン付きだ。
美由ちゃんの手料理を食べる生活も1年半。最近、頓に腕を上げている。うん、なにか美〇しんぼっぽい言い方になっちゃった。私は限界OL派なんだけどなぁ……。
お粥に入れると油条はおいしい。こんな食べ方を覚えたのも美由ちゃんのおかげだ。
「葵ちゃん、残り414万円なのよ」
3個目の油条に伸ばした手が止まった。
おもわず美由ちゃんの顔を見る。
「あと2回、来年の年明けの支払いで完済かしら」
「減ったね……借金」
1年くらい前は3000万円以上残っていたと思うのよ。
ちなみに私は660万5137円残っている。毎月100万円のハイペースで返しているんだけど、上には上、トンでもない上がいた。
「来年、結婚する」
「店……辞めるの?」
「うん」
「社長には話した?」
「まだ。一緒に行ってくれる?」
「しょうがないなぁ……」
覚悟はしていた。覚悟はしていたことだけどさぁ、こんなに早く来る?
私のほうが早いと思っていたんだけどね、借金完済。
◆◇◆
「おはようございまーす」
「失礼します」
遅めの朝食後、美由ちゃんを連れて会社の事務所に向かった。
寮から近いのよ、事務所。
「あれ、ミユくんも来るとは珍しいね」
3階の社長室。強面の社長がパソコンと書類と格闘していた。
「社長、ちょっと大事な話があるんですが……」
「なんだねアオイくん。労働組合でも作るのか?」
「いえ、そういう話じゃなくて、美由ちゃんのことです」
「ほう……」
社長は作業の手を止めて、美由ちゃんの顔を見た。
「あの……社長、私、結婚します」
「おおぉぉ、そりゃ、おめでとう」
「それで、店を辞めたいんですが……」
「……………………えーっ!?」
社長がイスから飛び上がった。いや、大げさじゃない。ホントに飛び上がるように立ち上がったのよ。それで、勢い余ってうしろにひっくり返った。
「痛ぁ……あてて……って、本気かねミユくん?」
「はい。もう借金返済もメドが立ちましたし、来年の6月に結婚式を考えています」
「考え直してはくれないか?」
「もう、決めました」
美由ちゃんは、決めたら一直線だからね。それに、そもそも美由ちゃんは借金を返すために夜の街で働き始めたのよ。借金返済が終わったら夜の街にいる理由もない。
「あぁ……アオイくん、ちょっと、なんとかならないか?」
「えっ、私ですか!?」
「アオイくんは、うちの経営状態も知っているだろう?」
「21歳の小娘の私が、身内の事情を知っていることのほうが問題だと思いますよ」
「アオイくんは身内みたいなものだろ?」
だ・か・ら! 兄弟杯を受けた覚えはないって……。
まあ、私も社員の端くれ。会社の一大事なら、対応策を考えるよ。
それに、何より、美由ちゃんには気持ちよく「寿退社」してほしいからね!
「ウチの会社、郷田商会は表向き輸入雑貨や衣料品の販売が本業ですし。しかし、実態は歌舞伎町のセクシーパブの運営が売り上げの9割を占めています」
「その通りだ。アオイくんとミユくんがウチに来たころ、本業の売上は400万から450万円、『ピンクシャドウ』が4000万円だったからな」
「私たちが入って『ピンクシャドウ』は月に5000万円を売る繁盛店になった」
「ああ、おかげで弟のヤツに頭が上がらなくなっちまったがな……」
それは察していたよ、社長。まあ、そういう兄弟の関係はわからないでもない。令和の私もボインボインの妹がいて肩身が狭かったからね……。
「10月の売上は『ピンクシャドウ』が4200万円、『マジカルシャドウ』が3500万円。合わせて7700万円。古着、雑貨など4店舗の売上が500万、ネット通販が1000万。会社全体で月に9200万円ほどになります」
あ、ウチの店『マジカルシャドウ』。『ピンクシャドウ』の半分の規模で8割の売り上げ。すごいでしょ? 「ぎゃふん」と言わせているよ、絵里奈さん!
「キミたちが来てから、会社全体の売上は倍になった。ミユくん、アオイくん、二人には感謝している。いや、感謝なんて言葉じゃ足りない。だからこそ、ミユくんの門出を気持ちよく送り出してあげたいんだがな……」
「美由ちゃんの売り上げは月に1000万円。ウチの会社全体の1割なの。辞められたら困っちゃうのよ」
「……そうなの?」
自覚なかったのかーい!
美由ちゃんは恋愛になると、急にポンコツになる。
「ねえ、美由ちゃん。借金を返済しても貯金はないでしょう? 辞めるのは少し稼いでからにしない?」
「あっ……そうね。少しくらい貯金がないと、健人お兄ちゃんに迷惑かけちゃうかしら?」
「そうそう! だから、年内で辞めるのは延期しようね」
「うん、そうする!」
社長の顔を見る。怖い顔をしているけど、少しだけ安堵しているようだった。
「あとはピンク店長と相談でしょうね」
「そうだよな……」
渦中の美由ちゃんは、きょとんとしている。ここまで深刻な話になると思っていなかったんだろうね。
ああ、また私の週休二日が遠のいた……どころか、大忙しになりそう。月月火水木金金だよ〜。
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