17ー1 たまに役立つ未来知識。チェキとポートレートを始めました
忘れている方もいるでしょうが、転生モノです。
『マジカルシャドウ』オープンから10日ほど。新人の女の子たちも、だいぶ仕事に慣れてきた。絵里奈さんが求める「なんか」は見つからないけれど、客足はボチボチで悪くないと思う。
「お疲れ様~」
「アオイっち~、メシおごって~」
営業が終わって帰ろうとしたら、沙希っぽが泣きついてきた。沙希っぽはバンス(前借り)で滞納していた家賃を払っている。つまり今は、借金持ち。仲間だね。
ウチの会社の給料は月末。まだまだ先は長い。借金仲間の誼だ、ご飯くらいはおごってあげよう。
「アオイさん、ご飯行くんですか? 私も行きます」
「あ、アオイ先輩、私もいいですか?」
聖羅とハヅキも便乗してきた。いやいや、私も借金返済中で余裕があるわけじゃないのよ。まあ、仕方ないから連れて行こう……。
ここはリーズナブルな店に限る。歌舞伎町のセントラル通り。深夜もやっている町中華の店に入った。
「ワンタンメンと半チャーハンのセット」
「私も、それを」
「大盛りチャーハンと春巻き」
「鶏ナス味噌炒め定食、ご飯大盛りっす」
みんな深夜なのにガッツリ系だ。私たちは肉労働者みたいなもんだから、食べないとね。そう自分に言い訳をしとくよ。
「アオイっち、春巻き一本ちょうだい」
「えーっ……」
返事をする前に沙希っぽに持っていかれた。図々しいな、コイツ。
「アオイさん、私も一本」
聖羅にも持っていかれた。
ハヅキは……さすがに言えないよね。
「はい、ハヅキにも一本あげるよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
4本あったのに1本になっちゃったよ……。先輩ってのも楽じゃない。
そう思うとキヨミヤってエラいよね? いつも後輩にメシを食わせてるもん。お金だってかかるのにさぁ……。リーダー気質あるなぁ。尊敬するわ、少しだけ。
「ハヅキは仕事になれた?」
「あ……はい、少し」
「困ったことや、わからないことがあったら、何でも聞いて」
「はい、ありがとうございます、先輩」
素直じゃん、ハヅキ。勧誘しに行った時は理屈っぽいメガネだと思ったけど、認識を改めておこう。
「おっと、気をつけなハヅキっち。アオイっちは女好きだから、食べられちゃうよ~」
「女好き……? それって同性愛的な?」
「こら、沙希っぽ、おごってあげないからっ!」
「ああぁ〜、ごめん。でも、女の子好きでしょ?」
「ま、まあ、そうだけどさぁ。聖羅だってアイドル好きだし、なんか、そういう感じよ、そういう感じ」
そういう感じって、どういう感じだよ? まあ、女の子が好きなのは事実だけどね。
よし、ここは話題を変えよう。話題を!
「ねえねえ、聖羅はなんで、アイドル好きなの?」
「私、アイドルになりたかったんですよ。高校生のころはオーディションに応募しちゃったりね……」
うん、そんな感じはしてた。
「あの……先輩はどうしてアイドルを断念したんですか?」
ハヅキが参戦してきた。声優も芸能人だからね。めざしていた身としては気になるんだろう。
「う〜ん、うまく言えないんだけど、本気でなれるって気もしなかったしね。それに今は別の憧れが見つかったから?」
「別の憧れ?」
「ハヅキちゃんも、そのうちわかるよ。そばに居れば……」
「そばに居るんですか?」
「それにさぁ、この仕事も人気商売だからアイドルみたいなものだよ。少なくとも売れないアイドルなんかよりは、ずっと稼げると思う」
「やっぱり、稼げますか!?」
「稼げるわよ……」
おお、なんか聖羅とハヅキが仲よくなっている。仲善き事は美しき哉 。
それにしても、私たちはアイドルみたいなものかぁ……。少し自意識過剰だとは思うけど、そういう面はあるよね。
会いに行けるアイドル。さわりに行けるアイドル。キスできるアイドル。
うん……? あ、それだ!
「ねえ、聖羅。アイドルのイベントって2ショットチェキとかやる?」
「え、なんですか、アオイさん急に?」
「アイドルがファンと一緒に写真を撮って、お金払うみたいな」
「それ……ああ、ツーショットポラですか? インディーズ系のアイドルだとやっているところもあると思います」
「ポートレートは? こういうA4くらいの大きさの写真にサインするの」
「え~、それは見たことないです」
なるほど……これはイケるんじゃないかな?
◆◇◆
『チェキ ワンショット・ツーショット 2000円』
模造紙に書いて、店の入り口に貼った。
「アオイ、なんだこれ?」
「絵里奈さんに言われて『なんか』を見つけてきたんですよ」
「お、おお……」
新宿西口駅の前……カメラを探して買ってきた〜。
あったよ、あった。インスタントカメラ、いわゆるチェキね。5月に発売された最新型。税込みで1万円くらいだったから、3台買ってきた。あ、1台は私の個人用ね。ちょっと別の使い方も思いついたから。
パシャ、ウィ~ン……。
絵里奈さんをパチリ。今撮った写真がカメラから出てくる。1分半くらいで顔が浮かび上がってきた。
「コスプレといえば撮影会です。チェキなら一点モノで、焼き増しもできません。いいと思います」
「写真を売るのか?」
「チェキで撮影する権利を売ります。撮るのはお客さん。ワンショット、もしくはツーショット。はい、ツーショット撮りますよ。島田く~ん!」
パシャ、ウィ~ン……。
私と絵里奈さんのツーショット。村人Aことボーイの島田くんに撮ってもらった。
あ、そろそろ書けますかね?
「撮れたてホヤホヤのチェキに、カラフルなマーカーでサインとメッセージを書きます。絵里奈さん、書いてください」
「私が……というか、サイン?」
「あ、サイン、考えておいてくださいね。サイン入りも付加価値ですから」
「わかった。みんなに言おう」
わかりやすい見本ができた。『ワンショット・ツーショット』の下に貼っておこう。
「それとですね……」
紙袋を取り出して広げる。A4サイズのポートレートだ。
「私の写真じゃないか」
「カメラマンの小山さんが撮った写真。データをもらったのでプリントしてきました。銀塩デジタルプリントといって、つるつるした本物の写真っぽい感じになるらしいですよ」
「これも売るのか?」
「売りますよ。こっちはプリントすると1枚800円くらいなんです。少し高めにしてください」
「店長と相談だな」
A4のポートレートは今(2002年)だと、まだアイドルイベントで使われていないと思う。これを最初に始めたのはプロレスだ。私は子供のころからパパと一緒にプロレスを見に行ってたからね。よく選手のポートレートにサインをもらったなぁ……。
めずらしく未来知識が仕事をしたでしょ?
「このポートレートを店の入り口の前に貼りましょう。全員の写真をプリントしてきたんで、並べて貼っておけば場内指名が入りやすくなると思います」
「そりゃ、いいな! よし、貼ろう」
私と絵里奈さんが、店先でペタペタやっていると女の子たちが出勤してきた。
「アオイちゃん、なにやってるの?」
「杏奈っち、いいとろこに来たね。自分のポートレートに書いてって。ほい、これマジック」
「書くって何を?」
「指名が獲れそうな宣伝」
杏奈っちは、1分くらい考えて『私を抱いて』と書いた。エロくて短いメッセージ。いいと思う。さすが、エロい人の弟子だ。
「これで効果があるといいな、アオイ」
「ですね……」
今では当たり前のようにサイン会で使われているA4のポートレートですが、プロレスから広まったもののようです。
もともとアメリカのエンターテインメント業界(映画スターやプロレスラー)では、「8×10(エイト・バイ・テン)インチ」(約20.3cm×25.4cm)と呼ばれる写真用紙サイズが標準的でした。ほぼA4サイズです。
2000年代前半にアメリカ帰りの日本人レスラーが、これを持ち込みます。そこからパソコン・カラープリンターの普及に伴い、女子プロレスやインディーの会場売店で「A4ポートレート」が主流商品として定着。2000年代後半にはアイドル界にも流入していきました。
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