14ー4 夜の世界というダンジョン
「お、お、おはようございます……」
西新宿の雑居ビル。ウチの会社がやっている雑貨屋の3階。
徹夜で企画案を書き上げた私は朝イチで出社した。
「おはよう、アオイくん。なんか疲れているねぇ……?」
「寝てません。もうダメです。寝たいです。ギブアップ……いや、でも、ギブアップして寝落ちする前に徹夜で昔話を……じゃなくて、徹夜でコンセプト案を考えてきたので、聞いてください」
社長が困った顔をしている。私にヤラせたのは社長じゃん。いいから、聞けーっ!
「創作セクシーパブ・『マジカルシャドウ』! コンセプトは体験・没入です。ファンタジーRPGの世界に、お客さんを誘います。単なるエロではなく、テーマパーク的な楽しさを付加価値にします」
「具体的には?」
「これです」
社長のデスクに手書きのイラスト図を出した。イメージボードまで描いちゃったよ。というか徹夜になったのは、このイラストのせいね。
「こいつは、わかりやすいな」
「社長もダンジョンくらいはわかりますよね? 地下迷宮です。下見にいった物件の間仕切りを、そのまま利用します。石壁っぽく塗ったりしたら、まるでダンジョンの中みたいでしょう? そこに座席を迷宮っぽく配置します」
「で、なんでRPGなんだ?」
「これからはMMORPGブームが来ます。ネットでつないで、みんなで協力したり闘ったりするRPGです。便乗しましょう!」
チンホーオンラインの広報さんからもらったチラシを見せる。
「来月からは、あの国民的RPGがMMORPGとして始まるんです。それに合わせて中小のメーカーもMMORPGの宣伝に余念がありません。場合によっては、コレも引っ張れるんじゃないですか?」
指で銭マークを作る私。ニヤリと笑う。今の私は悪徳商人。越後屋モードだ。
「で、この、衣装はどうするんだ? コスプレか?」
「はい、女の子の衣装はRPG風のコスプレです。もちろん全部エロくします。先日、いい工房を見つけました。そこから仕入れましょう」
先日もらった谷中衣装工房の名刺を出した。
「腕は確かなのか?」
「はい、コスプレイベントで使われていて、私の友人が着用しました」
デジカメの写真を見せる。ママの恥ずかしい写真だ。
「エロいなぁ……」
「エロいでしょう? こういうエロい感じで衣装を作ってもらいましょう」
「よし、決めた。アオイくんのプランで大筋でいいと思う。この方向で進めていこう」
「ありがとうございます」
徹夜で考えてきた甲斐があった。これで寝れる。
「しかし、皮肉なもんだな。夜の商売なんてのは、それ自体が迷宮みたいなもんだ。それを、わざわざ店にしようというんだ、アオイくんも意地が悪い」
「私も迷宮の住人ですから……」
う〜ん……自分で言ってて、少し悲しくなったよ。日の当たる場所を歩きたいね。
「ところで、いつオープン予定なんですか?」
「夏のボーナスに合わせて7月には開店させたいんだが、物件の明け渡しのほうが揉めてるみたいでね。工事に入れるのが早くても6月になりそうなんだよ」
「それ、7月オープン無理でしょう?」
「突貫工事で、なんとか」
突貫工事……。『ZUNDA』のことが思い出される。『ZUNDA』もこんな感じだったのかもね? もう、絶対にバタバタする未来しか見えないんだけど……。
◆◇◆
夕方、お店に出勤すると、見慣れない女の子たちが居た。体験入店らしい。だいたい私と同じくらいか、少し上かな? 業界慣れしている感じはしない。それにしても、1、2、3……何人いるのよ? ちょっと人数が多くない??
「ねえ、聖羅、なんでこんなに居るの?」
「なんか先週末の雑誌に、ミユさんの記事が出た影響みたいですよ」
「雑誌の記事なんて、珍しくないじゃん?」
美由ちゃん……というか「ミユ」はウチの広告塔だ。夜遊び情報誌やエロ雑誌、それ系のサイトから、夕刊紙のスケベ記事まで出まくっている。
「それがですね、大手のファッション雑誌なんですよ」
聖羅に雑誌を渡された。大手出版社の雑誌だ。ファッション雑誌なんか読まない私でも知っているよ。というか私、ファッション雑誌くらい読まないとダメじゃん。古着や小物を売る会社の社員だよ、一応。
まあ、いいや。え〜と、なになに……「夜の蝶大結集 就職氷河期に負けない高収入女子というイキカタ」。けっこうボリュームのある特集だね。
あっ、美由ちゃんの記事が出ている。
『月収400万円』
うん、謎はすべて解けた。
名前より何より大きな文字で「400万円」。そりゃ体験入店に人が集まるよね。
「葵ちゃ~ん、手伝ってよ~」
美由ちゃんに呼ばれた。シミュレーションをするのに人手が足りないみたいだ。あっ、シミュレーションっていうのは模擬接客ね。数えてみたら7人もいたよ、体験入店の子! さすがに美由ちゃんと店長だけじゃ教えられないね。
というわけで、聖羅を連れてシミュレーションに参戦。開店時間までに、なんとか全員、それなりに仕込めたと思う。しばらくは、こういう体験入店が増えるのかな? これはこれで大変かもしれない。
「う~ん……」
「考えこんじゃって、どうしたのかしら?」
「さっき教えていた子たちが、業界未経験なのよ。大丈夫かなぁ……」
社長が言ってたね。『夜の商売なんてのは、それ自体が迷宮みたいなもんだ』。その迷宮に、わざわざ足を踏み入れる彼女たち。それを教える私たちも業が深い。
「大丈夫よ、きっと。私たちだって最初から上手くできたワケじゃないんだから。もし、できなくて泣いている子がいたら、甘いお菓子で励ましてあげようかしら? やさしい先輩のように」
「美由ちゃん……」
たくましくなったよね、美由ちゃん。いや、たくましくなり過ぎだよ。初めての日は、何もできなくて泣いていたのに……。
「さあ、そろそろ開店時間よ、私たちも準備しましょう!」
「うん!」
まあ……私たち迷宮の住人も、がんばっているのよ。悩んだり落ち込んだりするけど、元気だよ。偉大な先人も言っていた。元気が一番、元気があれば、なんでもできる。
せっかくだし、いい子がいたら新店用にスカウトしたろ〜。
次回からはワールドカップとサッカーの話になります。
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