14ー1 パパは会社員、ママは声優、ついでに私も会社員
タイトルからネタバレしていくスタイルです。
「唯依の声優プロダクション入所と、真治さんの入社を祝って、かんぱーい」
3月下旬。私とパパ&ママは歌舞伎町の、しゃぶしゃぶ店に集まった。いろいろと、お祝いだ。ちょっと高い店だから、私のおごり。そう、私のオ・ゴ・リ。私も出世したもんだね……。
「ケンスケプロダクションだっけ? 有名な声優さんからスカウトされるなんて、唯依はすごいなぁ」
「ありがとう、真治。でも、運がよかっただけよ。4月から立ち上げる新しい事務所だから所属声優が欲しかったんですって。そうじゃなかったら、アタシなんてスカウトしてもらえなかったと思うわ」
「まあ、まあ、まあ……運も実力のウチだよ」
どうやら、ママにはバレていないようだね。新しい事務所といっても、有名な声優さんが大手から独立して作るんだよ。普通に考えて、学校を出たばかりの子をスカウトするワケないじゃん。あの編集長が裏から手をまわしてくれたのよ。
でも、このことはヒミツ。墓場まで持って行こう。
それにしても、ケンスケプロダクションか……。なんだろう? 鬼嫁がいそう。
聞くところによると偽名でエロアニメやエロゲに所属声優をバンバン出していく方針らしいから、そっちのほうでがんばってくれ。ママなら、できる。間違いない、太鼓判!
「で、真治さんは、いつから出勤なんですか?」
「入社式は4月1日だよ。でも、その前に、オリエンテーションで出社するけどね」
「引っ越さないんですか?」
「会社も高田馬場だから、今のアパートでいいかな?」
たしかにバキさんの会社は高田馬場だ。なんなら大学よりも駅から近い? やったね、パパ。少しだけ朝寝坊できるよ。2〜3分だろうけど。
それよりも何より、バキさんは社員思いの社長さん。そこに入社できたパパは幸せだと思う。まあ、ウチに来ている野本くんを見ていると、仕事は大変そうだけどね。
「アタシ、どうしようかな。ケンスケプロダクションの事務所が渋谷なのよね……」
「唯依はボロアパートでいいじゃん。声優事務所に入ったって、当面はバイト暮らしだよ。いきなり新人に仕事がポンポン来るワケないでしょ?」
「そう、よね……」
「家賃安いんだから、声優として売れるまで我慢しなよ」
「うん……なんか葵って、しっかり者になったわね」
「一応、社会人としては先輩だからね。社会の荒波にもまれているのよ、私は」
もまれている。おもに物理的にモミモミされているんだけどね。
まあ、そんな感じで少し偉そうな私。
じつは私の立場も変わった。会社員になりましたー! イエーイ!!
というわけで、後輩社会人となる二人に腹いっぱい肉を食べさせたった。
いいかい、学生さん。しゃぶしゃぶをね、いつでも食べられるくらいになりなよ。それが人間、偉すぎもしない、貧乏過ぎもしない、ちょうどいいってところなんだよ……って、何か違う? あれ、すき焼きだっけ、ハンバーグだっけ? とにかく肉だよね、オッケー!
◆◇◆
「アオイくん、それは、あっちの棚だよ」
会社員になった……と言ったけど、お察しの通り、会社員といってもウチの会社。株式会社郷田商会だよ。最初の仕事が事務所の引っ越し。
セクシーパブ嬢が社員って、意外でしょう?
でも、社員契約しちゃったのよ!
聞いたら、キャバクラなんかでは時々あるんだって。有力キャストの引き抜き防止。囲い込み? つまり、それだけ私が重要人物だってことだね〜。エッヘン!
まあ、でもたぶん、私はついで。美由ちゃんを社員にしたオマケ。抱き合わせ販売? 普段から抱き合ってるからね、私たち。えっ、意味が違う? なんでもいいや。とりあえず確定申告が面倒くさかったから、助かるよ。
「ほかに人はいなんですか、社長!」
「みんな忙しいんだよ」
「それじゃ私がヒマみたいじゃないですか~」
「アオイくん、昼間はヒマだろ?」
引っ越しといっても、ビルの2階から3階へ移動するだけだ。
社長室という名の倉庫を完全に倉庫にして、新たに事務所を借りた。社長室じゃなくて事務所と言ったのは、これから人を増やしていく予定らしい。
だったらさ、ちゃんと人を増やしてから引っ越そう。
「葵ちゃん、ぶつくさ言ってないで運ぶ!」
段ボール2箱を抱えた美由ちゃんが、私の横を通り過ぎる。
さすが美由ちゃん、STR極振り。歩く怪力兵器だね。
「疲れた~」
荷物の移動が粗方終わった。人使いが荒いよ、ウチの会社。というか、ウチの社長。
3階の新事務所。私のデスクに突っ伏した。
そう……私のデスク! 驚くなかれ、私のデスクもあるのよ。いちおうパソコンも支給された。社長のお古だけどね。
「やあ、美由くん、力仕事お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」
端っこのソファに座っている美由ちゃんに、社長がお茶を出している。
なんか……扱いの格差を感じる。私の扱いが雑すぎないか、社長?
でも、仕方ない。美由ちゃんの売上は月1000万円超。私の倍以上稼いでいる。たぶん今、歌舞伎町のセクシーパブではナンバーワンだ。
そりゃ、社員にでもなんでもして、ガッツリ囲い込むよね。
「あ~葵ちゃん、私のブログ更新しといてー」
「なんで私がー」
「だって、みんなのブログも更新するでしょう? ついでに私のもやっといてよ~」
う〜ん、そうなのよ。店のホームページでブログを始めてはみたものの、みんな書かない。絵里奈さんや舞さんみたいな昭和アナログ脳はともかく、若い子たちも書かない。仕方ないから適当に私が書いているけど、それじゃダメだと思うのよ。
「美由ちゃん、そんな心がけじゃ借金返済が遅れて、いつまでたっても広石さんと結婚できないよ。少しでも売り上げが増えるように書こう」
「うん……わかった」
最近わかってきた、美由ちゃんの操縦法。広石さんの件を出すと素直に話を聞く。わかりやすいよ、美由ちゃん。
私と美由ちゃんのやり取りを見て、ニヤニヤしている社長をニラミつけてやった。まったく……。ときどき天狗の鼻を折ってあげるのは、トップの仕事よ。私にやらせることじゃないでしょ?
「あっ……そうだ、アオイくんの名刺が刷り上がったんだ。渡しておこう」
社長が茶色の包みを持ってきて、私のデスクに置いた。
印刷されたばかりの私の名刺だ。店で渡している「アオイ」の名刺じゃなくて株式会社郷田商会の名刺。「社長室付き企画経営補佐 佐藤 葵」。本名だよ、私。
なんか、ガチで会社員っぽいでしょう? でも、やっていることは「ただの雑用係」なのよ。なんたるこったー! 労働環境の改善を要求しよう。労働組合を結成するぞ、インタ~ナショナ~ル♪
来週からは新店の話になります。ep.46で社長が言ってた「キミにも手伝ってもらうかもしれない」は新店でした。
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