13ー5 ママの卒業公演の陰で暗躍する私
夜の街で働いて借金を返すことは大変ですが、声優をめざすのも修羅の道だと思うのです。
2月最後の金曜日。ママの卒業公演がやってきた。
西新宿の劇場。写真撮影スポットで有名な「LOVE」の近くだ。
私とパパはもちろんだけど、もうすぐパパの上司になるバキさんも一緒だ。声をかけたら来てくれた。まあ、パパは緊張しているけどね。
「あっ、編集長~っ!」
昭和ニヒルを発見。声をかけた。
「やあ、アオイさん。お友達の応援ですね」
「はい。唯依の人生がかかっていますもん!」
「舞台に立つ姿、しっかり見てあげてください」
編集長は舞台を指さした。
「声優専門学校を卒業してもプロとしてデビューできるのは、ほんの一握りです。人前で舞台に立つのは、これが最後になる子も少なくありません。人生最後の舞台かもしれない。できれば、お友達だけじゃなく、舞台に立つみんなのことも、見てあげてくださいね」
「はい……」
ああ、そうか……。卒業公演って、そういう意味もあるんだ。ママのことだけ考えていたけど、今日の公演に出る人は、みんなママと同じように人生がかかっているんだ。真剣に見なきゃ!
それにしても、この人は声優をめざす人への愛情が深いなぁ……。
「おやおや、アオイ殿、お知り合いでござるか?」
「あっ、バキさん、この方は声優雑誌の……」
「これは、ご挨拶が遅れました、明智と申します」
「こちらこそ失礼申した」
編集長とバキさんが名刺交換をしだした。なんか、急にビジネスモードに突入している。大人の世界だ。長くなりそうだね……。もう、二人は放っておこう。
「真治さん、唯依の舞台を見ましょう!」
「大丈夫かなぁ、唯依……」
卒業公演は各クラスごとに構成が違う。演劇性の高いストレートプレイもあれば、声優科ならではのマイクを前に置いた朗読劇スタイルや生アフレコを交えた劇などもある。
どんな発表になるんだろう、ママ?
ドキドキしながら待っていたら、ママの組の順番がやってきた。
劇場の照明が落ちる。
ナレーションが聞こえてきた。
「ブロードウェイの舞台では、一夜にしてスターの座を勝ち取るか、一夜にして振り出しに戻るか、そのいずれかである。明日のスターを夢見る若者たちの合言葉、それが……」
♪ジャン、ジャー……
BGMが鳴り出した。1980年代の洋楽だ。明るいバックライトがステージを照らす。逆光に浮かび上がる複数のシルエットが一斉に踊りだした。
20人くらい。クラスの全員だろうか? 女性のほうがちょっと多い。ママはどこだろう? ママがいない……どこ、どこ、どこ!?
「はい、はい、はい、はい!」
ステージ上手から女性が歩いてきた。ステージの照明が落ちて、スポットライトが女性を照らす。ひっ詰め髪のスーツ姿……ママ? ママだった!
「これからの舞台にはフレッシュなスターが必要なの。わかる? だから、このオーディションってワケ。夢を掴むか、夢に飲まれるか、見届け人は……あなたたちよ」
ママは客席を指さしたあと、スススッ……と下手にハケていった。
えっ……ママの役って、何? とりあえず、主役じゃないのはわかる。謎だ。
ママがハケるとステージの中央、やや上手寄りにスポットライトが当たった。レオタードの女性が立っている。
「ジェニーです。昼は溶接工をしています……」
オーディションで質疑応答をされている……という一人芝居だ。1分半か2分くらいかな? とくにオチもないまま、スポットライトが消えた。今度は下手側にスポットライトが当たる。今度はそこに男性がいた。
なるほど……こういう構成か。
卒業公演の目的はレコード会社や声優事務所の担当者への売り込み。これだったらクラス全員の顔見世ができる。衣装がレオタードなのも、たぶん体形を見せるためだ。よく考えているなぁ……と思う。
数えていたけど、16人。一人芝居が終わったところで、再び上手からママ登場。
「ブロードウェイの舞台では、一夜にしてスターの座を勝ち取るか、一夜にして振り出しに戻るか、そのいずれかである」
オープニングのナレーションと同じセリフだ。
パチン!
ママが指を鳴らす。まあ、実際にはママの指を鳴らす演技に合わせた効果音だけどね。
ステージ全体が明るく照らされた。一人芝居を終えた16人が並んでいる。
♪ジャッ、ジャァ……
1980年代風のダンスミュージックが流れ出した。ママを含め、全員が踊りだす。なんか、とりあえず踊ってしまうインド映画的なスタイル。私は嫌いじゃない。
ママ以外は、男も女もレオタード。一人だけスーツのママは逆に目立つ。ある意味で、ママが主役っぽい。セリフは少なかったけど目立っているよ!
◆◇◆
ママの卒業公演から、そのままバキさんと編集長をウチの店に連行してきた。
「どうでした、唯依は?」
「正直、なんとも言えませんね」
編集長が渋い顔をしている。ただでさえ渋い昭和ニヒルなのにね。
「やっぱりアッチを、お願いできますか?」
「そうですね、先方も興味を持ってくれていますし、手は打っておきましょう」
「おやおや、何か密約でござるかな?」
「えへぇ、じつはバキさん……」
バキさんにエロゲ声優の話をした。
「エロゲ市場は500億と言われてござる。良いではござらんか?」
「ただ、先は長くないんですよね。あと10年くらい?」
「ほぉ……」
あっ、しまった。余計なところで未来知識が……。
「アオイさんの言う通りです。私も成人向け専門の声優だと、先は長くないと考えています」
「編集長も、そう思うんですか!」
よかったぁ〜。専門家がそう言うんだから、セーフよセーフ!
「成人向けゲームから一般向けゲームや、アニメに展開する作品が増えてきました。ただのエロから物語重視の、商業エンターテインメントにシフトする傾向があります。となれば、一般作の声優が最初から全部をやるという方向に行くでしょう」
「一般声優がエロも兼ねるでござるか……」
たしかに、私が知っている作品も有名な声優さんが出ていたもんね。
「それとこれはモバイルゲームのメーカーさんを前に言いにくいのですが、PCゲームの市場がモバイルに食われて縮小していきます。アダルトゲーム市場もなくなってしまうかもしれません」
「これは耳が痛いでござるな」
「とはいっても、今すぐに成人向け声優が不要になるわけではありません。現状で成人向けゲームの声優需要が大きいのも事実です。とくに若い女性声優、新しい人材が求められています」
「でも、エロゲ声優の事務所だと唯依は……」
「一般向けも成人向けも両方やっている事務所もあります。とりあえず成人向け要員として押し込んで、あとは本人の努力で仕事の幅を広げていってもらう感じでしょうか?」
そんな方針になると思う。アダルト声優でも無職よりはマシだよ。まあ、こんな仕事をしている私が言うのもナンだろうけどね……。
「ねえ、バキさん、モバイルのアプリで声優を使う予定はないの?」
「その話ならば、編集長殿と話し申した。これからはアプリも音声付きの時代でござる」
「じゃあ、たまには唯依の声も使ってね。そしたらエロゲだけの声優じゃなくなるでしょ?」
「ほっほっほっ……これは一本取られましたな」
ありがとう、バキさん。パパを会社に雇ってくれたうえに、ママにも仕事をもらえそう。本当に足を向けて寝られないよ。感謝の踊り、暗黒太極拳でも捧げますか……。
「それにしても、アオイ殿は声優にも詳しいでござるなぁ~」
「じつは……仙台に居たころ、声優をめざしていたんです」
「やっぱり、声優になりたいんじゃないですか!? めざしましょう、声優! アオイさんなら、いい事務所を紹介できますよ」
ちょっと待ってよ、編集長。え〜いや、その熱意でママを紹介してよ、お願い。
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