10 歌舞伎町ビル火災と未来の記憶
シリアスな話です。
美由ちゃんは高円寺阿波踊りで元気をもらったみたい。休んだぶんを取り返すって、張り切ってバリバリ営業をかけているよ。
私も阿波踊りから情熱をもらった。ダンスは情熱、パッションだよ!
情、熱! 情、熱! 情熱、チャチャチャ! じょおおねつぅぅ~!
「おいおい、アオイ、暑苦しいなぁ」
「あ、すみません……」
絵里奈さんに怒られた。
ともかく、私は今、モーレツに情熱MAXなのだ。
雑誌で見たんだけど、10月からa〇〇xアーティストアカデミーができるのよ。ここって有名な人が出てるから、知っているよね? ダンス部門も募集しているから通おうかな。今なら一期生じゃん! チャンスあるよね??
じつは私、小学生のころ系列のキッズスクールに通ってたんだよね。あ、もちろん西暦2001年の今からみたら、ずっと未来の話だけどね。
それにしても私、未来に起きることを知っているっていっても、役に立つことは何も知らないよね? まあ、今は私が生まれる何年も前。何があったかなんて、わかんないもんね。
あ〜あ、過去に転生するってわかってたら、もっといろいろ勉強しておいたのに! 株とかで大儲けしたかったなぁ……。
◆◇◆
8月31日、金曜日。
週末ということで『ピンクシャドウ』は大忙しだった。
日付が変わって9月1日、午前1時。お客さんを送り出して本日の営業も無事終了だ。
「お疲れ様でした」
「お疲れっす~。今日は忙しかったね」
「葵ちゃん、ご飯食べて帰ろう」
「回転寿司でいい?」
「お前ら回転寿司かよ、稼いでるんだから、回らない寿司に行けよ」
「えっ、絵里奈さんがおごってくれるんですかー?」
「ゴチになりま~す」
「お前、私より稼いでるだろ!」
いつもの週末。いつもの閉店後の光景だった。
外に出るまでは。
ウゥゥゥーカンカンカンカン!
「おいおいおい、なんか近いぞ、消防車か?」
「葵ちゃん、絵里奈さん、あっちのほうみたいよ……」
「コマ劇のほうかな?」
(あっ……!)
私は知っている。
これ……アレだ。避難訓練の時に聞いたんだ。2001年、9月1日。深夜1時前に出火。
今だよ!
「行こう!」
私は走り出していた。
「ちょっと、葵ちゃん!」
「おい、アオイ~」
靖国通りに出る。もう異常事態なのがわかった。大ガードのほうから、ずっと赤色灯の点滅が見える。
近づくにつれて人が増えていく。週末の深夜1時。ただでさえ人でごった返している時間。人波をかき分けて走った。
靖国通りにパトカーが何台も止まっている。道路は通行止めになっているみたいだ。
歌舞伎町一番街を曲がった。さらに人が多い。通りの先に救急車とハシゴ車が見える。
人が多すぎて走れない。人波にもまれながら進んで行く。
赤い壁の細長いビルが見えてきた。焦げ臭い。
「あ、だめだめ、入らないで、危ないからっ!」
怒声が飛び交っている。警察官が何人もいた。規制線が張られていて、中に入ろうとする人と押し問答をしている。
「あのビルの中には、まだ、たくさんの人がいるんだよ! 私と同じセクシーパブの女の子と、お客さんがぁーっ!」
おもわず声が出た。
お巡りさんに言っても何にもならない。わかっている。でも、声が出てしまった。
そうなんだ、私は知っていたんだ。
詳しく知っていたワケではないけど、歴史として知っていた。「いつ」だったのかはわからなくても、いずれ火災が起こることは知っていたんだ。でも、何もできなかった。
「葵ちゃん!」
美由ちゃんが私を後ろから取り押さえた。葵ちゃんボディじゃ美由ちゃんの力にはかなわない。
「落ち着け、アオイ! お前が行っても消火や救助の邪魔だろ!?」
「ああぁぁっっ……」
なんて役立たずなんだ……。
こういうのって、未来知識で無双できるんじゃないのかよ!
くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……なんでだよ。こんな役立たずが過去に来たって意味なんかないじゃないか……。
(バカヤロー!)
私は美由ちゃんに抱えられて寮まで連行された。
美由ちゃんはデカくて力持ちだ。この仕事を辞めて女子プロレスに入門したほうがいい。あ、今の時代はス〇〇ダムなんてないのか。じゃあ無理だね。
絵里奈さんも付き添いで寮まで来た。私が興奮してヤバいからって、自分が処方されている睡眠導入剤を私に飲ませた。そんなに私、ヤバかったのかな?
おかげで気が付いたら、お昼だよ。
まだ薬が効いているのかな? 頭がボーっとしている。
「あら、起きたのかしら?」
「うん」
「テレビでやっているわよ、ニュース」
『きょう未明、東京新宿区歌舞伎町の雑居ビルで爆発火災がありました。東京消防庁によりますと44人が死亡しました』
お昼のニュースはトップでビル火災を伝えていた。テレビでは総理大臣が犠牲者への弔意を示した映像が流れていた。
せめて私も弔意を示そう。
結局、未来人としての私は無力ってことがわかった。逆立ちしたって人間は神様になれないんだよ。
「どうする、葵ちゃん。今日は休む?」
「うーん、出勤する」
この時代に来た意味はわからない。私は神様じゃないんだ。もちろん仏様でもない。だけど、自分なりに何かできることがあるハズなんだ……。
出勤途中、火災現場のビルの前を通った。規制線は張られていたけど、かなり近くまで寄ることができた。ビルの前に花が供えられている。
美由ちゃんと二人、静かに手を合わせた。
合掌。お念仏。
(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……)
こういう時は念仏でいいの? わからないけど、わが家は仏式なので念仏を唱えさせていただいた。
たくさんの人が亡くなった大きな出来事だったのに、令和の私は薄っすらしか知らなかった。私が未来に帰れたら、この出来事をきちんと伝えるよ。たぶん、それが私にできることだから。
忘れないよ、絶対。
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