9-5 社長と美由ちゃんと高円寺。阿波踊りを添えて
酔っ払いと殴り合った美由ちゃんは顔が腫れて1週間ほど仕事を休んだ。お盆休みでヒマだから、休みを取るにはちょうどよかったんじゃないかな?
私も先月、過労で3日ほど休んだし、たまには休息も必要だよ。
美由ちゃんが休んでいる間、私は社長に呼び出された。
寮の近くの雑居ビル。小じゃれた雑貨ショップの2階。看板が出ている。「郷田商会」。ウチの店をやっている会社、郷田商会っていうのね。初めて知った。
「失礼しま~す」
中に入ると、うず高く積まれた段ボールとマネキンが数体。事務所というより倉庫っぽい。
「やあ、アオイくん。座ってくれたまえ」
段ボールに侵食されていないエリアにソファがあったので、座る。
郷田社長は少し強面だけど渋いイケオジだ。店長に似ていると思ったら、店長のお兄さんらしい。納得した。
「アオイくん、ありがとう。キミが機転を利かせてくれたおかげで、お客様の苦情も出なかった」
「いえ、それほどでも……」
私が締め落とした件は、お咎めなし。それどころか私、社長にほめられたよ。
「ほんとうに、よく踊ってくれた」
あっ、ダンスのほうだった。格闘センスのほうじゃないのね。まだまだ修行が足りないみたいだ。帰りにゲーセンで『鉄〇』プレイしていこう。
「ところで、あの酔っ払い、どう処理したんですか?」
「おおぅ、それなら、しっかり落とし前をつけといた」
社長の話を聞くに、社長と店長で勤務先に乗り込んでケジメをつけさせてきたらしい。なんか、弁償やら迷惑料でガッポリ儲けてきたんだって。なんか怖い世界だねぇ〜。
「それから、コレ。お祭りの特別観覧席。2枚あるからミユくんと行きなさい」
「あっ、はい。阿波踊り……高円寺のですか?」
「協賛金を払ったら桟敷席の券をもらってね。たしかミユくんは高円寺の子だったよな。彼女は今回の被害者だし、気晴らしに……なるかな?」
ほおぉ……。いい人じゃん、社長。顔は怖いけど。
「そうそう……アオイくん。今、考えていることがあってね、キミにも手伝ってもらうかもしれない。その時は頼むよ」
「はい。私なんぞでよろしければ、いつでも」
そのあと少し社長と話した。
ウチの会社、本業は輸入販売なんだそうな。さっき1階にあった雑貨店も、ウチの店だから社員割引してくれるって。というか、なんでセクシーパブやっているのよ。全然、業種が違うじゃん?
◆◇◆
そんなわけで、8月最後の日曜日。美由ちゃんを連れて高円寺へ。
夕方4時過ぎ。お天気は晴れ。踊りは夕方5時からだけど、すでに駅前は大混雑だった。
高円寺の阿波踊りは本家・徳島の阿波踊りに次ぐ規模で、100万人が集まるビッグイベント。東京の夏祭りとしては一番大きいんだって。
「暑いね、美由ちゃん」
「まだ葵ちゃんは涼しいわよ。私、長そでよ……」
二人ともジョギングのついでみたいな恰好だ。私はハーフパンツとタンクトップ。美由ちゃんはダボTとジャージにキャップ。
美由ちゃんにしては色気がないけれど、あまり肌を出したくないみたい。美由ちゃんの身体、まだアザが残っているから仕方ないね。
「あ、そうだ葵ちゃん、踊りが始まる前に行っておきたいところがあるの」
「うん? いいよー」
駅前の人波を抜けて5分ほど歩いた。商店街の一角が工事用のフェンスに囲まれている。
「ここ、店があった場所」
言われてみたけれど、建物はない。フェンスの向こうは更地になっていた。
「爸爸……」
美由ちゃんはフェンスの前で手を合わせる。
私も手を合わせた。
「付き合ってくれてありがとう、葵ちゃん」
「いいってことよん。私と美由ちゃんの仲じゃん」
「じゃあ、観覧席に行きましょう。私も観覧席で見るのは初めてなのよ」
「そうなの? 地元民じゃん?」
「お祭りで稼ぎ時なのに、呑気に見物しているワケないでしょう……」
「ですよねー」
たしかに、その通りだった。商店街の各店も店の前にワゴンを出したりして、お祭りの見物客に飲み物や食べ物を売っている。
「あれあれ、美心飯店の美由ちゃん」
「あっ、店長さん。ご無沙汰してます」
コンビニの前で飲み物を売っているオッチャンが声をかけてきた。
「美由ちゃん、ビール安くしとくよ」
「いちおう、まだ19歳なんで、お茶にしときます~」(コンプラ重視)
オッチャンは氷が詰まったストッカーから、お茶を2本出した。
「あいよ、これサービスね」
「いいんですか?」
「美由ちゃんは子供のころからのお得意様だからね。あっ、ウチのバイトの大学生目当てで通ってたのかな? いい男だったもんなぁ」
「やめてくださいよ、店長〜。小学生のころの話じゃないですかぁ~」
顔を赤くする美由ちゃん。
あら、やだわ。美由ちゃんがホレちゃう男なんて気になるじゃない?
駅前に戻ってきた。
特別観覧席は、思ったよりも立派な桟敷席だった。すでに何人か先客がいる。
というか、社長がいるんだけど……。
「よお~」
社長が右手を挙げて手招きしている。
派手なアロハシャツにサングラス。どうみてもカタギじゃない。
「社長も来ていたんですね」
「一応、スポンサーだからね。高円寺にもあるんだよ、ウチの店」
「セクパブですか?」
「古着屋だよ。ウチの会社、本業はカタギなのよ」
いや、全然カタギに見えないから!
そうこうしているうちに5時になった。
踊りが始まる。
まだ日は明るい。気温も高い。熱気? 熱気がすごいのよ。
♪やっとさーやっとやっとー
連の名前が入った大きな提灯。踊りの波がやってきた。桟敷の前が演舞場になっているから、よく見える。
阿波踊りっていうと「えらやっちゃえらやっちゃー」というイメージしかなかったけど、もう目からウロコ。衣装や踊り方、鳴り物の構成、連によって特色が違う。だから見ていて飽きない。とにかく楽しい!
♪やっとさーやっとやっとー
美由ちゃんが笑顔だ。お祭りを楽しんでいる。守りたい、この笑顔。
チケットをくれてありがとう、社長……って、私の横で飲んだくれているよ。
なんだかんだで夜8時。最後まで見てしまった。
踊りってすごいね〜。私もダンス、がんばろう。エロ方面だけど。
「葵ちゃん、ありがとう。私、元気が出たよ」
「お礼ならチケットをくれた社長に……って、あれ、社長!?」
社長が飲みつぶれて寝てる。ずっと飲んでたもんなぁ……。
え~と、この人、置いて帰っちゃダメですか〜。
次回はシリアスな話です。
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