7-1 お店の寮に入ったよ! 二人で相部屋って、もう同棲だよね?
作中に登場する「エレベーターが途中階までしかないワンルームマンション」は実在しました。
不便ということで賃料が安く、キャバクラや風俗店が「寮」として借り上げているケースも少なくなかったんです。
体験入店の結果、私と美由ちゃんの『ピンクシャドウ』への入店が決まった。
私は即決。美由ちゃんは『イクっのほそみち』と悩んでいたけど、寮がバス・トイレ・エアコン付きなのが決め手になったみたい。
風呂なし物件だったもんね、美由ちゃん……。
そんなわけで私は今、引っ越し準備中だ。
中野のボロアパート。引っ越しといっても私の荷物は、ほとんど増えていない。相変わらずカバンひとつ。冬のコートが増えたくらいだ。
「いつまでもウチで居候ってわけにもいかないけど、ついこの間、住民票を移したばかりじゃない? 葵も慌ただしいわね」
「ごめんね唯依、急な話で……」
「まあ、いいわ。それより葵、これ持っていきなよ」
ヌラヌラした棒状の物体を渡された。ママ愛用の「オレンジ色の憎いやつ」だ。
「いいの? これ、唯依が好きな……」
「餞別がわりよ。独り寝じゃ寂しいでしょ? アタシだと思って使ってちょうだい」
「ありがとう、唯依」
私は中野のボロアパートをあとにした。
ごめん、ママ。寮は二人部屋で、私は美由ちゃんと同室なのよ……。
『ピンクシャドウ』の寮は西新宿。歌舞伎町から山手線の線路を越えた反対側にある。
駅周辺から少し路地に入った場所には築年数の古いマンションが多い。
古いといっても令和基準で見た話。バブル前後の建築なので、この時代だと築15年くらいかな? そこまで古い建物じゃないんだけどね。
『ピンクシャドウ』も、そんなワンルームマンションを何部屋か店で借り上げて寮として使っている。
寮が入っているビルの前に来たら、ちょうど美由ちゃんも引っ越しの荷物を運びこんでいる最中だった。
「あ~、葵ちゃん、いいところに!」
「あれ、美由ちゃん、どうしたの?」
「部屋が11階なんだけど、エレベーターが10階までしか行かないの!」
「はあぁっ!?」
これが孔明の罠か!?
エレベーターで10階。エレベーターホールに段ボールが置かれていた。
美由ちゃんってば、なんで荷運びにセルフのレンタルトラックを使うのよ! そういうところで料金をケチらないでよ……。
◆◇◆
「葵ちゃん、お疲れ様……」
「もう〜。階段を何往復したと思ってるのよ」
今回、荷物を運んでいて思った。私って力がない。
かよわい乙女だから仕方ないって? 令和の私・碧唯はもっとマッチョでパワーがあった。
段ボールに詰めた荷物くらい、軽く運べていたと思うのよ。
葵ちゃんボディは筋肉が足りない! 引っ越しもしたし、筋トレするよ、私!
「それにしても美由ちゃん、思ったよりも広めでよかったね、この部屋……」
「ああ……お風呂があるぅ、キッチンがあるぅぅ……ううううぅぅ」
美由ちゃんのテンションが変だ。
でも、気持ちはわかる。美由ちゃんが住んでいたアパートはオンボロ風呂なし。何系かわからない外国人だらけの住民。そこから脱出できたんだもん、テンションが壊れるのも仕方ないか。
テンションのおかしい美由ちゃんを放置して、私は自分の荷物を出していく。荷物といってもほとんど着替え。備え付けのクローゼットと、タンスに入れていく。
ママからもらった「オレンジ色の憎いやつ」は……とりあえず仕舞っておこう。
あらためて部屋を見渡す。洋室12.7帖。キッチン分離型。
この時代の家賃相場はわからないけど、普通に借りたら余裕で10万円以上するだろう。
これで寮費は実質無料。月15日以上出勤の日数縛りはあるんだけど、私たちはバリバリ出勤する予定だから問題なし。
「ねえ、美由ちゃん、落ち着いたら区役所に行こっ」
「そうね……ついでに、足りないものも買ってきましょう」
新宿区役所は歌舞伎町にある。
というか区役所がある「区役所通り」こそ、夜の店の激戦地だ。キャバクラやクラブ、セクシーパブなどカンパイ系の店がひしめいている。
私たちの新しい職場『ピンクシャドウ』も、そんな区役所通りにある店のひとつだ。
今は区役所の窓口が開いている真っ昼間で夜の店は閉まっているけど、区役所の前からも『ピンクシャドウ』の看板が見える。
ピンクで目立つんだ、これが。
というわけで区役所の用事が済んだらド〇キ。〇ンキはすべてを解決する!
じつは歌舞伎町店って、去年の暮れにオープンしたばかりなのよ。驚きでしょ?
令和の時代だとドン〇なんて、どこにでもある店だけど、この時代だと、まだまだ珍しい店なんだって。歌舞伎町店なんて、ちょっとした観光名所になってるのよ!
さ〜て、ド〇キに来たら、もちろんアダルトコーナーに行くよね!
美由ちゃんとの同棲生活をラブラブにするグッズを仕入れちゃうよ〜。
「葵ちゃん、ずいぶんたくさん買ったわね。何を買ったのかしら?」
「ん? あとで使ってあげるね、美由ちゃん」
「へっ? 使う……?」
「美由ちゃんは何を買ったの?」
「中華フライパンとか、まな板、包丁……お料理の道具。せっかくキッチンがあるんだし、お料理しようかと」
「美由ちゃん、お料理得意だって言ってたもんね」
「うん。これでも中華料理屋の娘だもん!」
「むふふっ……。楽しみぃ〜!」
本当に楽しみだね。想像しただけで、ハアハアしちゃうよ、私。
「葵ちゃん、食材を買おう。そこにスーパーがあるから寄って」
「ほ~い」
ドン〇の袋をブラブラさせて信号を渡った。靖国通り沿いに食品スーパーがあるのよ。令和の時代でも同じ場所にあるから知ってるよね?
そういえば、この時代に来て初めてスーパーに入った気がする。ママも料理してなかったし、この仕事を始めてから私も外食が多かったからなぁ……。
「えーと、ナス、きゅうり、ニンジン、チンゲン菜、キャベツ……ああ、肉、肉」
美由ちゃんは買い物カゴにポンポンと食材を入れていく。なんか、買い方が私の知っている美由ちゃんじゃない。しかも会計したあと、パッパッと袋に詰めていく。
なに、この手慣れた感じは? ベテラン主婦!?
「葵ちゃん、荷物持って」
「はぁ……」
ド〇キで買った荷物の3倍くらいを持たされたよ。
満杯のレジ袋を両手にぶら下げて大ガードを超える。信号を渡って西新宿の雑居ビル群に入った。
歌舞伎町の店からは歩いて10分くらいの距離かな? これなら夜中でも歩いて帰れるね。
「葵ちゃん、お疲れ。スーパーの袋はそのへんに置いといて」
「はぁーい」
なんか今日は美由ちゃんの荷物を運んでばかりだ。
「お昼には遅いけど、なんか作るね。ちょっと待っててね、葵ちゃん」
さっそく美由ちゃんは買ってきた料理道具を使いたいみたい。なんか、ウキウキだ。
どうしようかな……。待っているのもヒマだ。
う〜ん、私も買ってきた道具を使おうかな!?
ママのコレクションにもなかったL字型。店頭POPによると最新型らしい。
よし……動作確認だ。箱を開けて電池を入れよう。
ブイ〜ン、ブイ〜ン、ブイ〜ン……。
動く、動くよ、これ! 5倍以上のエネルギーゲインがある。
やってみるか……!?
ポチっとな。
「ん゛っ、あ゛……ッ、ひぐぅっ!!」
「ちょっと、葵ちゃん! ナニしてるの? 料理の邪魔をしないで!」
「ひょえええっ、ごめんなさ~い!」
慌てて電源を切る私。怒られた。怖い!
料理をしている美由ちゃんはマジ真剣モード。さわらぬ美由ちゃんにタタリなしだよ、気を付けよう。
なんか美由ちゃん、一緒に住んだら怖いタイプ?
まさか……鬼嫁? 鬼嫁なの?
正直、スマンカッタ 。
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