27ー1 久しぶりの美由ちゃん
新宿駅から電車で10分。高円寺にやって来た。
遊びに来たわけではない。もちろん仕事だ。ウチの会社がやっている古着屋『fool G』で、通販用の商品撮影。私に同行するのは中村係長と、新入社員の高梨くん、今林くんだ。
「高梨、今林、先輩に……女性に荷物を持たせちゃダメだろ!」
「あ、すみません! 佐藤さん、荷物は我々が持ちます」
「いいのよ、このくらい。自分で持つわよ」
先輩だろうが、後輩だろうが、女だろうが、男だろうが、みんなで荷物は持てばいい。労働者は労働者。男も女も関係ないのだよ、同志諸君!
♪きーけばんこくのーろうどうしゃ~
撮影用の機材を担いで、駅南口の商店街を歩く。平日の午前中だけど、それなりに人通りは多い。小洒落た店構えが見えてきた。店先に商品を並べている最中みたいだ。
おっ、美由ちゃんも働いているね。美由ちゃんは4月から『fool G』の店員さんだ。服が吊るされたハンガーラックを、持ち上げて運んでいる。相変わらず力持ちだね。
「美由ちゃん、おはよ~ん」
美由ちゃんは、作業の手を止めて振り返った。
「あれ~、葵ちゃんが来たんだぁ!」
「うん。撮影の手伝い」
「じゃあ、急いで準備しなきゃ……健子さぁ~ん! もう撮影が来ちゃいましたぁー!!」
美由ちゃんは、小走りで店の中に戻っていった。久しぶりに会ったけど、元気そうだね。
「おい、今の人、めっちゃ美人だな?」
「誰だ、あれ? 先輩の知り合い?」
高梨くんと今林くんが、そわそわしている。夜の歌舞伎町でトップを張った最強ヒロイン。普通に生きていたら、なかなか遭遇できないレベルの美人だからね。
「今日の撮影のモデル『広石』美由さんだ。普段は店員をしている。佐藤先輩の親友だから、失礼のないように」
「「はい」」
「あっ、それと、人妻だから変な気を起こすなよ」
「「あ……はい」」
中村くんがニヤニヤしながら、私を見た。その説明で間違ってはいないけど、なんか少しトゲがある気がする。
ほどなくして、店の奥から店長の健子さんがやってきた。『fool G』の店長は社長の妹……なんだけど、顔は怖くない。顔は怖くないのよ! よかったねぇ、似なくて。
「店長、おはようございます」
「おはよう、中村くん。あら……今日はアオイちゃんと一緒なの?」
「お手伝いに来ました。よろしくお願いします。ほら、みんなもあいさつ!」
「「よ、よろしくお願いします」」
高梨くんと今林くんが、慌てて頭を下げる。
「新人さんかい? しっかり教育しといてね。商品は2階にまとめてあるわ。サクッと撮っちゃって。午前中で終わるわよね?」
「はい……」
店長はチラっと新人二人を見たあと、視線を私と中村くんに移した。目が怖い。そこは郷田一族。顔は怖くなくても、基本的に中身は怖い人たちだ。気を付けよう……。
2階に上がると、美由ちゃんが待っていた。ハンガーラックには商品の服が大量に並んでいる。これを午前中で終わらせるって、無理じゃん……。
「じゃあ、僕らは準備をしますんで、先輩と広石さんは着替えてください」
「はーい」
「高梨、今林、ライトを組むぞー」
中村くんが仕切っている。係長らしくなってきたね。
「美由ちゃん、着替えよう」
「うん」
「どれから着ればいいかしら?」
「大きいサイズは美由ちゃんが着て、あとは、適当でいいと思うよ」
ハンガーの服を見ながら、大きめのサイズを抜き出していく。あとは、端から着ていくだけだ。私も美由ちゃんも、パッパと服を脱いで下着姿になる。
「あれ、美由ちゃん、ちょっと痩せた?」
「夜の仕事を辞めて、お薬を飲まなくなった影響かしらね?」
「そうなんだぁ……」
「でも、何よりも、お酒の量が全然減っちゃったからかな?」
「それだと思う」
美由ちゃんは飲みまくりの、ストロングスタイルだったからね。身体への負担は大きかったと思う。
「撮影の時は、結婚指輪を外したほうがいいかしら?」
「どうだろう? 聞いてみよう。中村く~ん!」
撮影セットを組んでいた男性陣が、一斉にこっちを見た。
「あ……」「えっ?」
高梨くんと今林くんが固まっている。まあ、私と美由ちゃん、下着姿だからね。中村くんは何度も撮影しているから、慣れたもんだ。普通にしている。
「なんですか、先輩?」
「美由ちゃんの指輪、外したほうがいい?」
「外してください」
「はーい」
即答だったよ、中村くん。美由ちゃんは左手薬指の指輪をはずして、大事に包んでテーブルに置いた。
「高梨、今林、いつまで見ているんだ。ほら、早く組んじゃうよ」
「「はい……」」
新人二人は、私と美由ちゃんの下着姿にドキドキしちゃっている。でも、ドキドキするのも今のうちだけよ。すぐ慣れちゃうのよ。仕事って、そんなもんだからね。
◆◇◆
カシャ、カシャ……。
「はーいOK! これで全部?」
「今のでラストだよ」
「じゃあ、これで終了。お疲れ様でした。先輩と広石さんは、着替えちゃってください。高梨、今林は撤収作業急げ!」
バタバタしたけど、撮影は終了。お昼を少し過ぎちゃった。何パターンも撮ったんだもん。さすがに午前中には終わらないよ。
「お疲れ、美由ちゃん」
「葵ちゃんも、お疲れ様」
私服に着替えた美由ちゃんは、大事に包んでおいた指輪を、しっかりと左手の薬指に付け直した。
「結婚式、来てよね」
「もちろん」
「まあ、本チャンの結婚式は旦那の実家で、こっちでやるのは略式なんだけどね……」
ああ……広石さんの呼び方が「お兄ちゃん」から「旦那」になっている。結婚するって、こういうことなんだなぁ。
「そうそう……変なFAXを送ってきたの、アオイちゃんかしら?」
「ああ、お友達紹介キャンペーンね」
「店長がコピーして、商店街の人に配っちゃったから大変だったわ」
「なるほど……それで紹介が多かったんだ」
徳井さんに聞いたのよ。高円寺からの紹介が断トツで多いって。おかげで『ピンクシャドウ』の人手不足問題は解決できた
「報奨金? お金を配って回ったのは私なのよ。変な仕事を増やさないでよ……」
「ごめん、ごめん。でも、ありがとう。お礼を言っといてって、徳井さんに頼まれたんだよ」
「えっ……徳井さん?」
「あっ、そっか、徳井さんて会ったことなかったね。美由ちゃんが辞めた後に入ったの。求人とか広告の担当だよ」
そっかぁ……美由ちゃんが夜職を卒業してから、いろいろあったもんね。人も増えたし、お店もリニューアルしちゃったし……。なんか、美由ちゃんが働いていたのが、遠い昔みたいだよ。
「先輩、帰りますよ~」
中村くんが呼んでいる。
「は〜い。じゃあ、美由ちゃん。またね」
「うん。お疲れさま。またね!」
手を振って見送る、美由ちゃん。左手の指輪が、キラキラ光って見えた。
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