26ー5 ドキっ! 男だらけの打ち上げパーティー
怒涛のような引っ越し作業も、夕方には片付いた。
引っ越し先のビル。フロアの中央、奥のほうにバキさんの新しいデスクが置かれていた。しっかりフロア全体を見渡せるようになっている。
「アオイ殿、お疲れ様でござる」
「お疲れ様です。そうだ……忘れないうちに渡しておきます」
カバンから桐箱を取り出して、バキさんに渡した。
「なんでござるか、これは?」
「縁起ものだよ。ウチの会社の雑貨店の店長が開運グッズマニアでね、運気が上がるって勧められたの。よく会社の応接とかに飾ってあったりするやつ」
バキさんが箱を開けると、中から天然水晶の置物が出てきた。
「何かの動物でござるか?」
「イノシシだよ。バキさん、亥年でしょ?」
「わざわざ拙者のために?」
「えへへ……、引っ越し祝いだよ」
私、けっこう心配しているのよ。だって、令和の私の記憶に「バキア」っていう会社はないんだもん。開運グッズに効果があるのか、わからないけれど、そこは「鰯の頭も信心から」。とにかく私はバキさんの仕事が、うまくいくことを祈っているんだから!
「アオイ殿、このあと簡単ではござるが、引っ越し祝いをするでござる」
「えぇーっ、けっこう人数いますよ?」
「打ち合わせスペースを使って、立食パーティをするでござる。会社が広くなりましたからな、こういうこともできるでござる」
フロアの入口側が、打ち合わせと休憩を兼ねたスペースになっている。丸と四角のテーブルが並んで、小洒落たカフェみたいだ。すでに各テーブルには缶ビールとコップ、宅配ピザと乾きモノが並んでいた。
「さて、準備ができたようでござる」
「はい」
バキさんは、集まった社員さんたちを見渡している。男、男、男……男ばっかり! 70人くらいいるかな? なんか、男子校の文化祭に、迷い込んじゃった感じだよ。バキさんは、楽しそうにニコニコ笑っている。会社でパーティ。バキさんも、こういうことが、したかったんだろうね。
「みんな、お疲れ様でござる。これまでは手狭なオフィスで、苦労をかけ申した。これからは広々とした新しいオフィスで、存分に働いてほしいでござる」
パチパチパチ………。
社員さんたちが拍手をする。
「……で、ござるが、ここが手狭になって、もっと広いオフィスが必要になるように、会社を成長させたいと思ってござる。共に、がんばりましょうぞ!」
おおおおおっーっ!!!!
気勢を上げる社員さんたち。盛り上がっている。バキさんカッコいいよ。
「では、乾杯でござるが……せっかくだから、アオイ殿、乾杯の音頭を頼みますぞ」
「……へっ?」
私に視線が集まっている。なんか私、成り行きで隣に立っているんだけど、冷静に考えて、誰だよ私? 知っている人は知っている。でも、知らない人にとっては、謎の女。ただの不審人物だよね……。
わーっ、アオイ……アオイ……!
社員さんたちから、アオイコールが起こってしまった。ちょっ、ちょっ、なんで、盛り上がっているのよ!? これは……やらないと、ダメ? 仕方ない、やれば、できる! 覚悟を決めて、一歩前に出た。
「ご指名をいただきました。アオイです。僭越ではございますが、乾杯の音頭を取らせていただきます。みなさま、引っ越しおめでとうございます。新しい職場、お仕事がんばってください」
ここで一呼吸。グラスを手に取って、ぐるりと見渡した。社員さんたちも、グラスを手にしている。
「みなさん、バキさんを……支えてあげてください。よろしくお願いします……カンパーイ!」
「乾杯」「カンパイ」「カンパーイ」
わ~っ、パチパチパチ……。
乾杯の声がフロアに響いた。人数が多いから、すごい声だね。
ふぅ〜。なんとか切り抜けたよ。なんか、私、偉そうなこと言ってなかったかな? まあ、いいや。問題があったら、いきなり私に振ったバキさんが悪い。そういうことにしておこう。
「アオイさん、ナイスな乾杯でした」
則本くんに、ほめられた。
「私が乾杯役でよかったのかなぁ……」
「いいんじゃないですか。堅苦しい行事じゃありませんし。それに、アオイさんの乾杯で飲んだほうが、ビールもうまいですよ」
「あらら、グラスが空になっているよ」
話の流れで、則本くんのグラスに、ビールを注いだ。まわりの社員さんたちが、物欲しそうに見ている。仕方ない、彼らにも注いであげよう……。
「お注ぎしますよ~」
「あ、すみません」
「いただきます、アオイさん」
則本くんの周りにいた男の子たちに、ビールを注いであげた。その様子を、ほかの社員さんもチラチラ見ている。仕方ないなあ……みんなに注いであげよう。
流れでフロアを回りながら、社員さんたちにお酌をしてまわった。なんか小一時間、お酌をしていた気がするよ。こんなことして私……選挙にでも出るのかね?
あれ……バキさんがいない?
「ねえ、則本くん、バキさんは?」
「社長なら、なんかの箱を持ってアッチに行きましたよ」
則本くんは、フロアの入口のほうを指さした。
ビールを注いで回るのが忙しくて、バキさんを放置しちゃってた。バキさんも、さびしんぼうだからね。スネちゃったのかな?
「もお~、バキさ~ん」
小走りで入口に向かう。バキさんは入口正面の受付にいた。
「バキさん、いたー」
「ああぁ、アオイ殿」
「何をしているんですか?」
「この置物を、受付カウンターに飾るでござる。内線電話の奥が、良いでござろうか……」
受付カウンターといっても無人だ。内線表と内線電話が置いてあるだけ。そこにバキさんは、水晶細工のイノシシを置こうとしている。
「受付が殺風景だったので、花でも置こうと思ってござったが、これはなかなか……。キラキラして見栄えも良いでござるな」
たしかに、キラキラしている。開運目的で買ってきたけれど、水晶ってキレイだなぁ。
「アオイ殿……」
「……はい」
「この会社、必ず大きくしてみせますぞ」
「うん」
少し照れくさそうに、バキさんは笑った。素敵な笑顔だな。私は、静かにうなずいた。たぶん、笑顔だったと思う。
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