26-4 アオイ、バキさんの会社の引越しを手伝う
高田馬場に来た。
駅を出て、少し歩いて神田川を渡る。新目白通り沿いのオフィスビル。このビルの3階に、バキさんの会社、株式会社BAKIAが移転した。というか、ゴールデンウィークの連休を使って引っ越しの真っ最中だったりする。
というわけで、お手伝い……というか、遊びにきちゃった。
「こんにっちわ~、失礼しま~す」
うわぁ……広いなぁ。まるまる1フロアを借りたんだって。もう机は並んでいるけど、まだ物はまばらだ。それだけに広さが際立つ。バスケットボールのコートよりも広いんじゃないかな?
さてさて、バキさんは……いずこ? フロアでは若い社員さんたちが段ボールを運んでいるけど、バキさんの姿は見えない。
「あれ、アオイさんじゃないですか! どうしました?」
「あ、おじゃましています」
メガネの則本くんだった。
「社長なら、旧社屋で荷物の運び出しです。そのうち、こっちに来ると思いますよ」
「そうなんだぁ……。じゃあ、そっちに行ってみます。あっ、これ、差し入れなんで、みなさんで食べてください」
ドサっと袋を渡す。新宿駅地下のメトロ食堂街でシュークリームを買って来たのよ。奮発して100個も買ったんだから、みんなで食べてね。
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ、バキさんを見つけてきますね~」
旧社屋。元々のバキさんの会社は、明治通りと早稲田通りの交差点のほうだ。ここからなら、10分くらいかな? テクテク歩いて、再び神田川を渡った。早稲田通りまで出て、明治通り方面に歩いていく。
えーと……たしか、この辺だったはず。きょろきょろ見ていたら、表通りから脇に入る路地に若い男性たちを発見。このビルみたいだ。
「すいませ~ん」
作業をしていた男性たちが、顔を上げてこっちを見た。あっ、真治がいるじゃん。真治が、台車に段ボールを積み込んでいた。
「あれ、葵ちゃん、どうしたの?」
「引っ越しの陣中見舞いに来たんだけど、バキさんはこっちだって」
「社長なら、中で段ボールに荷物を詰めてるよ」
「ありがとうございます。あっ、真治さん、ちょうどよかった。これ、唯依に渡しといてください」
カバンから白木の化粧箱を取り出して、真治に渡した。
「これは……?」
「パワーストーンの数珠です。開運グッズで、ご利益がありますよ。2本あるので、真治さんと唯依、ペアで使ってください」
「ありがとう、葵ちゃん。芸能は運が大事だもんね。唯依も喜ぶと思うよ。渡しておくね」
「お願いします」
よし、こっちは渡せた。これで唯依も少しは信心が沸くだろう。私にとってのママは、毎朝お念仏だからね。いつも心に南無阿弥陀仏を忘れないでほしい。
「まだ、同棲していないんですか?」
「唯依は仕事も増えてきて、大事な時期だからね……」
たしかに唯依はラジオのレギュラーもやっている。2年目の声優にしては上出来だ。これからアイドル声優として売れるかも……って、アイドル声優って感じじゃないか。ほかの仕事はエロゲーしかないし……。
「そのパワーストーン数珠を渡すときに、話してみてください。唯依は一人暮らしが苦手です。一緒に住もうと言ったら、OKしますよ」
「そ、そうかなぁ?」
「そのかわり……家事は真治さんの担当になりますけどね」
私、一緒に住んでいる時に思い知ったのよ。唯依は家事能力が低い。掃除や片付けは絶望的だ。令和のママは、かなり無理してやっていたんだと思う。料理も下手だったしね。
「そのへんは大丈夫よ。俺は一人暮らしが長いからね。掃除も洗濯も、料理も任せてよ」
「じゃあ、なおさら唯依はOKしますよ!」
「よ〜し、明日にでも話してみるよ。ありがとう、葵ちゃん」
真治は、なんかヤル気になったみたい。元気よく台車を押して歩いていった。
さて、バキさんは中か……。建物を見上げる。路地裏の古い雑居ビルだ。今をときめくIT企業が入っているとは思えない。まあ、だからこそ引っ越すんだろうね。
エレベーターでは若い男性社員が段ボールを運んでいた。邪魔にならないように階段を上っていく。雑然としたフロアの奥。バキさんが荷物を整理していた。
「バ~キ~さ~ん」
「あっ……アオイ殿?」
「お手伝いに来ました~」
バキさんのデスク。社長だけあって、モノが多い。これは一人では片付かないと思う。
「とりあえず、指示してもらえれば、箱詰めしていきますよ」
「これは……かたじけない」
片っ端から、どんどん段ボールに詰めていく。こういうのは、やれば終わる。考えるより手を動かすのが大事なのよ。
「アオイ殿は、箱詰めがテキパキしておりますなぁ」
「昼間の仕事の半分は、箱詰めでしたから……」
お盆も正月もゴールデンウイークも、ずっと通販の発送作業をしていたからね。イヤでも早くなっちゃうよ。
「社長、段ボールを……あっ、アオイさん!?」
社員さんが台車を持って来てくれた。あっ……長谷部くんか。何度かバキさんが、ウチの店に連れて来てくれてるね。
「バキさん、運んでもらっていいですか?」
「よいでござる」
「じゃあ、長谷部くん、お願いね」
「はい」
長谷部くんは私が詰めた段ボールを、台車に積んで運んでいった。
さて、ほかの荷物も詰めちゃおうかねぇ……。
「バキさん、あとは何を……」
うん? バキさんがボーっとして、フロアを眺めている。
「どうしたんですか、バキさん?」
「いや、この場所を立ち去ると思うと、いささか寂しく思えてきましてなぁ……。最初に会社を立ち上げたのは、古いマンションの一室でござった。軌道に乗ってきて引っ越したのが、今この場所でござる。それから上のフロアを借り、下のフロアも借り……。かれこれ7年でござる」
まあ、7年も居たら思い出も、たくさんあるよね。自分が育った家を出ていくような感じかもしれない。さすがのバキさんも、センチメンタルになるんだね……。だけど、まだまだ、過去を振り返るような歳じゃないと思うのよ、バキさんは!
「じゃあ、今度のビルも、上のフロアを借りて、下のフロアも借りちゃうくらい、商売繁盛させましょう。バキさんは、もっともっと大きな人になります。私は……信じてるから!」
「……アオイ殿」
ガバっと抱きしめられちゃった。バキさん、これは抱きしめるっていうより、ベアハッグだよ〜。
「う~、ギブ、ギブ、ギブアップぅ~」
「ああ、申し訳ござらぬ。つい力が入ってしまったでござる」
「もお~」
バキさんは身体も大きいし、力も強いのよ。抱きしめた腕を、慌ててほどいたバキさん。申し訳なさそうに頭を下げた。
よし、スキあり!
ほっぺに、チュッと……。きょとんした顔になった。かわいいね、バキさん。
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