25-3 体験入店が大盛況なのは、いいことだと限らない
土曜日。今日は早番だ。午前中から店に来ている。開店は午後1時からだけど、準備しなくちゃいけないもんね!
「アオイさん、すみませ〜ん! 店先に体験入店の方が来てます」
「は~い」
翔太くんが呼んでいる。このところ体験入店が多いのよ。専門学校界隈にチラシを撒いた効果かな? ダッシュで、店の入り口に向かおう。
「うわっ、多いなぁ!」
おもわず声が出てしまった。エレベーターホールに7〜8人いるかな? 私と同じか年下くらいの女の子たちで、狭い店先が渋滞しちゃっている。
「アオイさん、なんか今日は多いっす……」
「とりあえず、店内で待ってもらおうか」
「みなさーん、中に入ってくださーい」
女の子たちは翔太くんに引率されて、ぞろぞろと移動していく。どうするかは、店長が来てから考えよう。
チーン。
店内に戻ろうとしたら、エレベーターのドアが開いた。若い女性が降りてくる。
「あのー、体験入店に来たんですが~」
「……はい。あっ、中へ、どうぞ」
体験入店さらに一名、追加。どうしちゃったんだろう、今日は?
あとから来た子を店内に案内する。先に来た子たちは団体席に座っていた。
「体験入店の方は、この紙に名前と連絡先を書いてくださーい」
翔太くんが申し込み用紙と鉛筆を配っている。
「翔太くん、一名追加ね」
「あぁ……はい」
顔に出しちゃダメだよ、翔太くん、体験入店の子は手がかかるけど、大事にしなきゃ。将来の戦力になるかもしれないから。
1、2、3……全部で9人か。普段は多くても2、3人だから異常に多い。スカウト集団が送り込んできた可能性もあるかな? とりあえず、聞いてみよう。
「なんでウチに体験入店しようと思ったの?」
「昨日、シロリンのラジオで聴いたんです。それでホームページを見たら、この店のリンクがあって……」
「昨日、放送されたんだ!」
シロリンこと、作家の白山さとる先生がメインパーソナリティーのラジオ番組『チンホー・レディオナイト』。私たちは番組スポンサーのチンホーオンラインさんに呼ばれて、なんか成り行きで番組に出てしまった。先週が収録だったけど、放送は昨日だったんだね。
「私たちもラジオを聴いて来ました」
「私も聴きました、ラジオ!」
「私も!!」
先生のラジオの影響なんだ……。すごいなぁ。
あれ? ちょっと待てよ。ラジオって、「おっぱい、もーみ、も〜み、もーみ、も〜み」だったじゃん! あの内容で体験入店しようと思うって……この子たち、おっぱいモミモミされたいのかな? あぁ、なんか気になるぅ〜。
そうこうしているうちに店長が出勤してきた。体験入店の説明は店長に任せて、私はコスプレ衣装の準備をする。既製品のRPG風衣装だけど、谷中衣装の商品なのでデキがはいい。量販店に売っているような、安っぽい感じではないのよ。
「えーと、名前は何さんでしたっけ?」
「アオイさん、無理ですよー、覚えられません」
体験入店の説明をしていた店長と、ボーイの翔太くんが頭を抱えている。さすがに体験入店9人は、一度に覚えられないか……。
「名札をつけましょう!」
急きょ厚紙で名札を作った。あまり見栄えはよくないが、仕方ない。女の子たちに、衣装と名札を渡していく。
早番のキャストも出勤してきた。おかげで更衣室がカオスになっている。大丈夫かね……。この業界は「来るもの拒まず」的な空気が強いんだけど、キャパシティーは考えたほうがいいと思う。
というか、私も着替えて準備しなきゃ。平日は夕方からだけど、土日は午後1時から開店となる。とくに土曜日は忙しい。ひる1時の開店から深夜0時の閉店まで、女の子たちはフル回転だ。
そんな状況だから、体験入店の子たちにも普通に接客に出てもらう。簡単なシミュレーションを済ませた子から、続々と実戦に投入されていく。
「アオイさん指名です。体験入店のハセさんとナルさんを連れて11番ね」
「えーと、ハセちゃんとナルちゃんは、どの子~?」
「あ、はい」「はい」
二人を引き連れて指名のテーブルに向かった。
二人とも少しポチャ目だった。戦士の衣装がパツパツになっている。まあ、既製品だから仕方ない。ちなみに、私たちレギュラーの衣装は特注品。採寸して作ったから、太ったら着れなくなっちゃうの。気を付けないとね!
「ご指名ありがとうございます。アオイです」
3人組のお客様だった。黒縁メガネ、ひょろガリ、ぽっちゃり。20代中盤から後半くらいかな? 初めて見る顔ばかりだ。
「はじめまして、よろしくお願いします」
私を指名したのは、黒縁メガネの人らしい。笑顔であいさつをして名刺を渡した。ススっと隣に座る。体験入店の二人に目で合図。同じように名刺を渡して……って、通じていないじゃん。いかん、フォローしなくては!
「この二人、今日が初めてなんです。どうか、みなさん優しくしてあげてくださいねぇ」
「えっ、初めてなんだ!」
「初々しいね~」
お客さんのテンションが上がる。男の人は初物が好きだねぇ……。
「じゃあ、二人とも名刺を渡して、ごあいさつをして」
「はい」「はい」
二人とも名刺を渡す。体験入店用に、手書きで名前を入れる名刺があるのよ。さっきバックヤードで店長が書かせてたからね。
「ハセです、よろしくお願いします」
「ナルです、よろしくお願いします」
あとは、おしぼりを渡して……ドリンクは私が仕切ろう。
お客さんだけじゃなくて、体験入店の子たちにも気を使うから、いろいろ大変なのよ。体験入店が人気なのって、いいことだとは限らないね。
◆◇◆
深夜12時を過ぎた。本日の営業も終了。体験入店が多くてバタバタしたけど、なんとか乗り切れたよ。
「アオイ、お疲れ様。今日は大変だったらしいな、体験入店で……」
バックヤードで座り込んでいたら、絵里奈さんに心配されちゃったよ。
「ウチの店の規模で、体験入店9人は多すぎですよ……」
「それなんだけど、ウチに来た子も『ピンクシャドウ』に回そうと思うんだ。リニューアルして、ウチと同じソフト路線になるんだ、問題なかろう。それに、ウチよりもあっちのほうが人数は必要だろう?」
「たしかに、『戦いは数だよアニキ!』って言いますもんね」
「あっちの店長が言いそうなセリフだな」
う〜ん、絵里奈さんには通じなかったけど、会話として違和感ないからいいか。
「体験入店の件は、私から社長に言っておきます。あっちの店長には絵里奈さんから連絡しておいてください」
「わかった、連絡しておこう。アオイも早く帰って休むといい。売り上げデータは私が整理して送っておく」
「すみません。よろしくお願いします」
ここは絵里奈さんに任せて帰ろう。今日は通しで朝から働きづめだったからね。13時間労働だよ。本当は休憩しなきゃダメなんだよ! 守ろう、労働基準法。
着替えて店を出ようとしたら、店先から話し声が聞こえる。村人Aことボーイの島田くんと茶髪だった。
「あっ……アオイさん!」
「ああぇ……えーと、アオイさん!?」
ほぉぉ〜、この反応。アレだね、うん。善き哉、善き哉……。
「二人とも、ずいぶん仲がいいわねぇ~」
「あっ、あのぉ……アオイさん」
「す、すみません」
「全然大丈夫だよ。ウチは社内恋愛OKだから」
「「そ、そうなんですか!?」」
自白が早いね。やはり社内恋愛だったよ、正解!
「当たり前でしょ。社内恋愛禁止だったら店長と絵里奈さん、どうするのよ?」
「「ああぁ……」」
まあ、社長も社内恋愛OKだって言ってたしね。無問題、無問題〜。
「で、いつから付き合ってるのよ」
「2月のバレンタインで……な」
「……うん」
美由ちゃんの卒業や『ピンクシャドウ』の大量離脱で、私が忙しかった時期じゃん。そんな時に付き合い始めていたんだ……あれ? 茶髪が入ったのって11月の後半だったよね。付き合うの早すぎ。即オチ四コマかな?
「仕事に支障が出なければ、問題ないよ。とりあえず、とっとと掃除を終わらせて帰ろうね」
「は、はい。すみません!」
「じゃあ、私は帰るよ。二人とも、お疲れ様」
「「お疲れ様でした」」
エレベーターのドアが閉まるまで、二人からペコペコされちゃったよ。なんか私……意地悪な先輩? お局様って年齢じゃないんだけどなぁ〜。
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