24ー1 スカウト活動と見つかった課題
3月も半ばに入った。渋谷というか恵比寿との中間くらい。メディア芸術総合学院に来た。先日は急に内定取り消しになったマルチメディア・クリエーター科の生徒を3人採用したけれど、今日は声優科の卒業生をスカウトするのが目的だったりする。
声優になるのは狭き門だ。声優専門学校を卒業しても、声優になれるのは一握りに過ぎない。というわけで、この時期の声優専門学校界隈では、大量の就職浪人が発生しているのよ。
「だから、なんで兄貴が来るんだよ」
「社長が立ち会って、何か問題でもあるのか?」
郷田兄弟がもめている。
今回は『ピンクシャドウ』のスタッフ採用。ピンク店長が来るのは仕方ない。でも、社長は社長でメディア芸術総合学院と関係がある。
「二人とも大人しくしていてくださいよ。とくに社長は、面接で茶髪を泣かせちゃった前科がありますからね……」
「あれで入店したんだから、結果オーライだろ」
「そんな結果オーライは続きませんから!」
もう、社長はコレだから困っちゃう……。
「これは社長、佐藤さん、お待ちしておりましたよ」
山手線の線路沿い。校舎の入り口にメディア芸術総合学院の白石さんが立っていた。キャリア支援担当だったかな? 就職関係を担当している人だ。
「わざわざすみません、白石さん」
「こちらこそ、ご足労いただいて、ありがたいことです。えーと、そちらの方は……」
「店長の郷田です」
「失礼しました、店長さんですね。よろしくお願いします」
白石さんに先導され、小ぶりな会議室に入った。すでにテーブルには、顔写真入りのエントリーシートが積まれている。準備がいいね。さっそく社長と店長が目を通し始めた。
「男ばっかりだな」
「当たり前だろ、今回はボーイの面接なんだから」
「女の子のほうは、別に体験入店の案内をしましょう」
「そうか、そっちは別口か……」
まあ、キャストのほうが稼げるからね。
「あの……面接を始めていただいても、いいですかね?」
「そうだな、順番に来てもらって話をするか、アオイくん」
「そうですね。お願いします、白石さん」
「はい」
白石さんが会議室を出ていくと、入れ替わるように生徒がやってきた。
「失礼します。メディア芸術総合学院、声優科の山崎佑人です」
さすが声優科だね。声が通る。イケメンという感じではないけれど、小ざっぱりとした男の子だ。けっこう顔はかわいいと思う。
「店長の郷田です。山崎さんは水商売の経験がありますか?」
「いいえ、ありません」
「キャバクラには行った経験は?」
「いいえ、ありません」
「そうですか……」
そりゃ、そうよ。20歳くらいの学生が、ほいほいとキャバクラ遊びはできないよ。まあ、私のお客さんには一人いたけどね。まっくんという奇人変人が。
「失礼する。社長の郷田だ。全く知らない水商売で働くことになるが、いいのかね?」
「もちろんです」
社長が切り込んだ。相変わらず社長の顔は怖いけれど、山崎くんは動じなかった。真剣な眼差しだ。いい根性をしている。
「楽な仕事じゃないぞ」
「仕事があることに感謝して、一生懸命がんばります」
今は就職氷河期の真っただ中だ。私は夜の世界に飛び込んじゃったので仕事にありつけたけど、男の子はそういうわけにもいかない。「仕事があることに感謝」か……胸が締め付けられてしまう。
「企画経営補佐の佐藤です。山崎さんは声優科ですよね? ウチの店は声優と関係ない仕事になりますが、迷いはありませんか?」
「……」
何秒かな? 少し沈黙があった。
「正直、迷いはありました。未練がないといえば嘘になります。でも、覚悟はしていたことです」
「覚悟?」
「高校球児が全員、甲子園に出られるわけじゃありません。そんなことはわかっているけど、みんな一生懸命やっています。僕らだって同じです。全員が声優になれるわけじゃないって、わかっています。でも、一生懸命やりました。結果が……届かなかっただけです」
なんだろう……話を聞いていて涙が出てきちゃった。採用面接なのにね。
声優雑誌の明智編集長が私に言った『声優という夢が破れた子たちを救ってほしい』って意味が、少しだけわかった気がする。でもね……何が救うことなのか、よくわからない。こうして、仕事で雇うことなのかな? たしかに、生活は成り立つようになるけど、それとは違う気もするのよ……。
「えーと山崎くん、声優の勉強が水商売で役に立つと思うかい?」
「発声と滑舌は接客で役に立つと思います。役者は体力ということで身体も鍛えました。あと、元気はあります」
「元気があるのは、いいことだな」
社長が頷いている。
なんか、社長は気に入ったみたいだね、この子。
◆◇◆
「疲れました……」
「アオイさん、お疲れ様」
そういう店長も、お疲れ気味だ。そりゃそうだろう。男の子ばかり6人の面接。2時間近くかかったもんね。
「おいおい、みんな、いい子じゃないか。声が大きい。あいさつができる。何よりもみんな、目が真剣だ」
「そうだな、兄貴。甲乙つけがたいな」
店長は社長相手だと、この口調になる。強面兄弟が会話している画は、どこの組かって感じだよ。
「で、お前の店で何人採れる?」
「3人。すでに2人増えているからな」
「あの二人は幹部だから、別枠だろ?」
「急に人が増えすぎたら、俺が面倒くさい」
面接した6人のエントリーシートを並べて眺めていると、白石さんが会議室に入ってきた。就職担当としては心配なんだろう。
「お疲れさまでした。どうでしょう……採用できそうな子はいましたか?」
「ちょっと聞きたいんだが、白石さん。この子たちを本当に、ウチの店でボーイにしちまっていいのかい? こんな言い方はアレだが、ウチにはもったい、まじめで、いい子たちばかりだ」
「それなんですが……ほかの生徒たちの就職先は居酒屋とパチンコ店、あとはコールセンターなんです」
「コールセンターってのは、よくわからんが、居酒屋とパチンコ屋だったら、ウチとそんなに変わらんか?」
「おいおい兄貴、居酒屋よりはウチの給料のほうが高いぞ」
ウチの店のボーイさんたちを思い浮かべてみた。ボーイさんは月給25万円スタートだけど、辞めずに勤めていれば昇給していくのよ。古株の中野くんや神林くんともなると、下手なキャストより高給取りだ。
「社長は自分で給料の振り込みをやってて気づいてなかったんですか?」
「給料の額は把握しているが、よその会社の給料とくらべて高いか安いかはわからんだろ」
「それでよく兄貴は社長ができるな……」
やはり見た目は大人、中身は子供の逆・名探偵だよ。愚兄賢弟説に一票入れておこう。
「社長、遠慮せずに雇いましょう。たぶん、ウチの会社のほうが好待遇です」
「そうか。アオイくんが言うなら、そうしよう」
白石さんがホッとした表情を浮かべた。
「だが兄貴、いい子ばかりで、誰を選ぶかは決めきれない。持ち帰って相談したい」
「そうだなぁ……。白石さん、誰を採用するかの連絡はいつまでに必要だ?」
「時期が時期ですので、できれば早めにお願いします」
「どうだ?」
「今日これから店で相談するから、明日か明後日には決められると思う」
「じゃあ、3日のうちに返答する。それでいいかな?」
「お願いします」
白石さんが、頭を下げる。就職担当って大変ね。ああ、そうだ。大変ついでに、お願いしておこう。こんなこともあろうかと、チラシを作っておいたのよ。
「白石さん、ついでで申し訳ないですが、これ体験入店のチラシです。目に留まるところに置いてもらえますか~」
「はあ……」
50枚くらいでいいかな? 持ってきていたチラシを渡す。
大きな専門学校だからね。週1日くらいのバイトでも、来てくれる子がいるといいなぁ……。
筆者からの、お願い
みなさんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどが力になります。
続きを書くためにも、どうか評価をよろしくお願いします。




