22-3 おひさしぶりね
ご都合主義です。
倉庫状態だなぁ……。
寮の部屋が段ボール箱で占領されている。
美由ちゃんの引っ越し荷物だ。思ったよりも多い。このワンルームのどこに、こんなに荷物があったのよ……。
当の美由ちゃんは、まだ眠っている。朝寝坊と言っていいのかね。もう、お昼近くだよ。
私と美由ちゃんが出会って2年半。その前にも半年くらいキャバクラに居たから、ほぼ3年。ずっと水商売で働いていたんだもん。のんびり眠る日があったってバチは当たらないと思う。
それに、サラリーマンと結婚したら、朝寝坊もできないだろうからね……。
さて、今日も仕事だ。私は社長室付き企画経営補佐。いまだに意味がわからない肩書きだけど、それなりに忙しいのよ。
(行ってきま~す)
美由ちゃんを起こさないように寮を出た。
寮から少しだけ歩いて会社へ。職住近接で間違いないけど、近すぎるのも考え物だね。
「おはようございま~す」
「おはよう、アオイくん。ちょうどよかった。今、プリントするから持ってきて」
社長がパソコンに向かって何かを入力していた。シャーっと、事務所の隅のコピー兼プリンターから紙が出てくる。社長のデスクに届けるついでに手に取って読む。
「なになに……新宿セクシー女学院。これって、例の店の情報ですか?」
「いろいろツテを頼って調べた話をまとめた。まあ……警察とは仲良くしておくもんだな」
警察と仲良くねぇ……。社長の人脈も謎だよ、まったく。
「店名から想像するに、衣装が制服なんですかね?」
「セーラー服らしいな」
「定番というか、ベタベタですね」
「ウチをかなり研究していたみたいだけどなぁ……」
ウチをねぇ……。そういえばキヨミヤがそんなこと言ってた気がする。たしかにウチの店はコスプレだけど、お客さんがそれで来ているワケでもないと思うのよ。そのあたりの感覚は、水商売の人たちに理解されていないんだろうね……。
「そこだけ聞くと『マジカルシャドウ』への影響はなさそうですね」
「そっちへの影響は……ほぼないだろうな。影響が大きいのは『ピンクシャドウ』だ」
新規出店がある場所は『ピンクシャドウ』から近い。歌舞伎町とは靖国通りを挟んだ反対側だけど、信号を渡ってスグなのよ。おそらく向こうも意識しているんだろうけどね。
「ここ一カ月で『ピンクシャドウ』を辞めたのは7人。報告では15日で2人辞めるという申し入れがあったそうだ」
「女の子のほうは、正直なんとかなると思うんです。それよりもスタッフの増強をしてください。副店長とママとチーママ的なポジションの人を、お願いします」
逆に今まで、あの少ないスタッフで回っていたのが不思議なくらいだよ。あっ……回らなかったから、こんなことになってしまったのか。
「それは、わかるが……絵里奈くんのように仕切れる人は、そうそういないぞ」
「私が副店長で入るっていう手もあると思うんです」
「それは困る! アオイくんには私の傍にいてもらわないと……」
ソッコーで店長に反対された。まあ、絵里奈さんにも『ピンクシャドウ』の規模は難しいって言われたしね……。
「そのへんは人材を探すか、アオイくんは、とりあえず今のままで頼むよ」
「はぁ……」
「それよりもリニューアルの方向とタイミングだ」
大量離脱問題で宙に浮いていたけど、まだ店の方針が決まっていなかったのよ。
「社長は穏健なサービスにしたいんですよね?」
「おお。これでも警察とは付き合いもあるからな。目を付けられないように健全なお色気くらいに留めておきたい」
「でも、店長はキャバクラに反対なんですよね?」
「そうだな。あいつはキャバクラじゃ厳しいと言っている」
また兄弟の対立。社長は賢兄愚弟だと思っているし、店長は愚兄賢弟だと思っているから質が悪い。二人とも似たもの同士の困ったちゃんだよ……。
「じゃあ、いちゃキャバにしましょう」
「いちゃキャバ……今の『マジカルシャドウ』みたいなスタイルか?」
「ウチの店は特殊ですけど、考え方は合っています。脱がずに服の上から触るくらいで、キスは応相談みたいな感じです」
「それは構わんが、新規出店に対抗するには押し出しが弱くないか?」
「だから正面からは戦いません。昼キャバにします」
「昼キャバ?」
うろ覚えだけど「昼キャバ」って聞いたことあるのよ。令和の私でさえ聞いたことがあるんだから、それなりに流行ったんだと思う。それに、うまくいきそうな根拠もある。
「今も『マジカルシャドウ』で土日の昼営業をしていますが売り上げ絶好調です。これを『ピンクシャドウ』では平日からやってもらいます」
「平日からか?」
「あの場所です。需要は絶対にあります。もちろん料金なんかは昼向きに調整しなきゃいけないでしょうが……」
新宿区役所の対面で靖国通りにも近いんだもん。昼間だって、お客さんは来ると思うんだけどなぁ……。
「わかった。店長や絵里奈くんとも相談してみる」
「前向きに検討してください」
◆◇◆
「アオイくん、昼メシに行こう」
「えっ、そんな時間ですか?」
「1時過ぎだよ、もう」
春の新作ポートレートをデザインをしていると、時間が経つのが早い。新規で採用した専門学校の子たちはデザインできるのかな? やってくれると助かるなぁ……。
「また、そこの喫茶店ですか?」
「空いてるから、いいだろ」
事務所を出て、すぐ近くの喫茶店に向かう。会社から近くて、いつでも席が空いている。そういう意味では、いい店だ。
店に入ると社長は、お気に入りの窓際の席に向かう。
「ピザトーストとミックスサンド。コーヒーはアメリカンで」
「ハムサンドとミルクティーのセットを。あと、プリンお願いします」
何度も来ているから店員さんも顔なじみ。注文も慣れたもんだよ。
社長は腕組み。考え事の続きらしい。私は窓から小滝橋通りを眺める。今日は車が多いね……。
『これからどうしたものかな……』
『あなた一人くらい私が……』
『お前だって若くはないんだ、無理は……』
柱の陰で見えないけれど、隣の席から会話が聞こえてくる。
『ハッスルガールがつぶれたのは、あなたのせいじゃ……』
「えっ……!?」
「な、なんだ?」
思わず立ち上がってしまった。社長がびっくりしている。
いや、それよりも気になるでしょ、隣の席! そのまま柱の反対側の席に行っちゃった。
「すみません……あっ!?」
このメガネのオッチャンは……見覚えがある。私が初めて働いた『ハッスルガール』の店長だ。
「あら? ひょっとして……アオイちゃんかしらぁ?」
「は、はい。えーと……」
こっちのオバチャンは……誰だっけ?
「チェリーよ」
「えーっ!」
たしかに言われてみればチェリーさんだ。わぁ、老けたね……。
2年、いや、もう2年半だもん。いろいろあったんだろうね。というか『ハッスルガール』がつぶれたとか、どういうこと?
「……で、ウチのアオイくんに何の話だね?」
「「ひぃ……」」
私のうしろから社長が顔を出す。ハッスル店長とチェリーさんが……固まってしまった。いきなり社長が出てきたらビビっちゃったかな? 私は慣れちゃったけど、圧倒的に顔が怖い。どう見ても、そのスジの人にしか見えないからね……。
「あ、あ、アオイちゃん、ヤ〇ザの女になっちゃったの!?」
「えっ?」
「ペアルックまでして! あんなに可愛くて一生懸命だったアオイちゃんが……」
うわあ、そういえば私と社長は、龍虎ペアのスカジャンだった。違うのよ、違うんだってばチェリーさ~ん!!
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