22-2 美由ちゃんの卒業式
2026年10月1日から、ビール・発泡酒・新ジャンルの税率が一本化。
この物語の舞台となっている2003年も5月から発泡酒の税率が引き上げられました。増税ってイヤですねぇ……。
3月1日。美由ちゃん卒業の当日だ。
美由ちゃんは朝から気合が入っている。朝ごはんをモリモリ食べていた。
私は早番。『マジカルシャドウ』を開けないとならないのよ……。
『マジカルシャドウ』に出勤してカギを開ける。
ちょうど酒屋さんが配達に来たので、なんとなく世間話をした。意外と気さくなオッチャンだね。
「いやー、すごいね『ピンクシャドウ』。今さっき20樽入れてきたよ」
「うわぁ、うちの10倍ですね」
居酒屋でも20樽は出ないと思う。どれだけ飲むつもりなのよ、美由ちゃん……。
あ、そうだ、ちょっと聞いてみよう。
「靖国通りの向こう側のビルに新しい店ができるみたいですけど、そこも配達するんですか?」
「ああ、あそこの4階? 配達エリアだよ」
「もう配達しているんですかー?」
「いや、20日くらいからだったかな。ビールじゃなくて発泡酒の樽を入れろって指定だし、業務用の安いウイスキーがほしいって言われてなぁ……」
「わー、大変ですねー。お疲れ様ですぅ」
いい話を聞けたよ。スマイルをサービスしておこう。例の店は20日頃オープンで確定みたいだ。社長と店長に報告しておこう。
事務所のパソコンでメールを送信……っと。
「アオイ、来てる~?」
「あれ、どうしたんですか?」
絵里奈さんが来ていた。絵里奈さんは今『ピンクシャドウ』に出向している。だから私がカギを開けたり、お酒の配達を受け取ったりしているのね。
「今日は美由のラストだろ? アオイにも顔を出してほしくてね。頼みに寄ったのよ」
「それなら、こっちの営業が終わってから寄る予定です」
「それはよかった。じゃあ最後、ミユに花束を渡す役を頼むよ。最後が店長じゃ絵面が良くないだろ?」
「ああ……ですよねぇ」
強面の店長から花束を受け取る美由ちゃん。想像して笑っちゃったよ。
あ、そうだ、絵里奈さんに伝えておこう。
「あっちの店長にはメールをしたんですけど、例の引き抜きと店の件で……」
「おお、なんか新情報か?」
「さっき酒屋さんに聞いたら、例の店は20日頃から配達予定ですって」
「酒屋さんか。そいつは盲点だったけど、確かな線だね。ということは……」
絵里奈さんは壁のカレンダーを見た。
「21日の金曜日が祝日だから、20日オープンで確定だな。話を聞く限り工事も粗方終わっているみたいだし、あとは営業許可待ちってところじゃないか?」
「ウチもそんな感じでしたもんね……」
「まあ、そっちの件は、今夜のミユの卒業式が終わってから考えようや」
「そうですね」
そんな話をして、絵里奈さんは帰っていった。これから今夜の準備らしい。美由ちゃんのラスト。本当は私も手伝わなきゃいけないんだけど、お任せしちゃって申し訳ない。絵里奈さん、ありがとう。
◆◇◆
深夜12時を過ぎた。『マジカルシャドウ』の営業は終了。あとの片づけは店長に任せて、私は美由ちゃんのラスト営業を見届けに向かう。1時間くらい前は大雨だったけど、雨のピークは過ぎたみたい。たぶん今夜は美由ちゃんを担いで帰らないとならないから、できれば雨は止んでほしいね。
10階建ての大きなビル。エレベーターで3階へ。
エレベーターホールに花! 花! 花! パチンコ屋の開店か……ってくらい、スタンド花が並んでいる。
入り口のドアを開けた。ムワっとする。
人、人、人……人が多い!
立ち見客? セクシーパブで立ち見ってあるの?? 店内は席が足りずに立っているお客さんがいる……というか、立っているほうが多い。
「あ、アオイさん、こっちこっち……」
ボーイの神林くんが手招きしている。
「今、どんな感じなの?」
「衣装替えをして、最後のセレモニーです。アオイさんも花束贈呈がありますから準備をしてください」
準備を促されてバックヤードに向かう。控室で美由ちゃんがセーラー服を着ていた。胸に花を飾っているのは卒業式っぽいよね。
「あ、葵ちゃん、待ってたよ~」
「もう少しだね」
「うん……あと少しだからね」
軽くグータッチ。だいぶ飲んだみたいだけど、しっかりしていた。最後、カッコよくキメてくれ、美由ちゃん!
「お待たせしました。まもなくヒロインが最後の衣装で登場します。セーラー服を着るのも、そうね、今日が最後かしら? その姿……みなさまの目に、心に焼き付けてください。ミユ、入場!」
やっぱり司会は絵里奈さんだったか。それで昼間から準備してたのか。さすが昭和の名調子だよ。
パチパチパチパチ……。
超満員札止め完売の店内。拍手に迎えられ、ゆっくりゆっくり美由ちゃんが進んで行く。一人一人のお客さんの顔を確かめるように、一歩一歩足を踏み出す。
店内中央の臨時に設えられたステージに上がる。スポットライトが当たった。
ミユ! ミユ! ミユ!
沸き上がるミユコール。
ミユちゃんはコールに応えるように手を振った。
「卒業証書授与」
賞状を持ってピンク店長が入場してきた。あれ、緊張している?
「卒業証書、ミユ殿。あなたは当店を卒業したことを証明する。平成15年3月1日、ピンクシャドウ店長、郷田健次」
店長が証書を手渡す。少し照れくさそうに美由ちゃんは受け取った。
「当社、社長より記念品の贈呈です」
誰が出てくるかと思ったら社長だった。来てたの?
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
なんか大きな包みを渡された。中身はあとで聞こう。
「ミユさんの親友であります『マジカルシャドウ』のアオイ様から花束贈呈です」
さて、私の出番だ。きれいなガーベラの花束。ガーベラの花言葉は「希望」だったよね。花束を持って店内中央のステージに向かう。
「美由ちゃん、お疲れ様でした」
「お先に失礼します」
美由ちゃんが微笑んでいる。
卒業式だけど涙はない。涙はない、明日に微笑みあるだけ。夜の世界を卒業する。こんな前向きな卒業式もないもんね。
「最後にヒロインからのメッセージです」
絵里奈さんが美由ちゃんにマイクを手渡した。
「世間から見たら水商売、誇れるような仕事じゃないかもしれません。でも私は、最高の水商売人生を送ることができました。お客さんの応援があってこそです。私は……ミユは、みなさんのおかげで救われました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる美由ちゃん。一呼吸して頭を上げ、客席を見渡した。
「さようなら、みなさん。そして、最後に……愛してまーす!」
パチパチパチパチ……パチパチパチパチ。
ミユー! ミユー! 日本一~!
私の教えたセリフ、言ってくれたよ。ありがとう美由ちゃん。
割れんばかりの拍手。鳴りやまぬ歓声。
美由ちゃんは、たくさんの人に見送られて『ピンクシャドウ』と夜の街を卒業していった。
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