スピンオフ②:『ラヴァの社会適合(オーバーヒート)日記』
■ ビジュアルリンク一覧
【00】アムネシア外観
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【01】いおりとゆめ
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【02】いおりとゆめ(幼少期)
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【03】いおり
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【04】ゆめ
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【05】ユウリ
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【06】セシリア
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【07】ステラ
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【08】リナ
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【09】ラヴァ(ミナ)
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【10】すず
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【11】もか
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【12】オールキャスト
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第一章:ミッション「新しい日常」――履歴書に宿る熱
アムネシアの影が消え、世界に穏やかな光が戻り始めた頃。
廃墟だった周辺地域には、生存者たちが少しずつ集まり始め、シェルターを中心とした小さなコミュニティが芽吹きつつあった。完璧な平和とは程遠い。それでも、人の声がする場所に、人が戻ってきている。
シェルターの窓際で、ミナは所在なげに自分の指先を見つめていた。かつて数多の敵を焼き尽くしたその手は、今、何も掴むものがないまま、所在なげに空を掻いている。
「……ミナ。そんなに指先をいじめてると、せっかくの綺麗な爪が痛むわよ」
背後から、リナの穏やかな声が響いた。
リナは車椅子をゆっくりと進め、ミナの隣に並ぶ。その義体の腕は、冷たい金属のはずなのに、ミナには不思議と陽だまりのような温かさを感じさせた。
「リナ。……私は、自分の使い道が分からなくなってしまった。壊すこと、焼くこと……それ以外の『生きるための術』を、私は教わっていないんだ」
ミナの瞳には、かつての鋭い敵意ではなく、透明な不安が揺れている。
リナはそっと、ミナの強張った右手に、自分の銀色の指を重ねた。
「使い道なんて、これからいくらでも見つければいいの。……ほら、これ。いおりたちが教えてくれたんだけど」
リナがテーブルに置いたのは、一枚の真っ白な『履歴書』だった。
「『アルバイト』。外の世界の人たちと、一緒に何かを作るためのチケットみたいなものよ。ミナ、あなたも……この穏やかな世界に、触れてみたくはない?」
「……触れて、みたい。でも、私の熱は、触れるものをすべて灰にしてしまうかもしれない」
「大丈夫。あなたなら、その熱を『優しさ』に変えられる。まずは、自分に何ができるか、書いてみない?」
ミナは、リナの励ましに応えるように、ゆっくりとペンを握った。
リナは隣で、ミナが言葉を紡ぎ出すのを、急かすことなく静かに見守っている。ミナは何度も書き直し、迷いながらも、今の自分にできる精一杯の言葉を綴っていった。
【特技】
火力の調整(最近、お湯を沸かす程度の微調整を覚えました)
辛抱強く、一つの場所を守り続けること
リナの髪を梳かすこと(一番得意です)
【志望動機】
リナが「外の世界は温かい」と教えてくれました。
私の持っている熱を、誰かを傷つけるためではなく、誰かを温めるために使ってみたいと思ったからです。
「……ミナ。素敵じゃない」
リナがふわりと微笑み、ミナの肩に頭を預けた。ミナは少しだけ照れくさそうに、けれど誇らしげに、その小さな履歴書を胸に抱いた。
「でもね、ミナ。想いが強くても、最初はみんな不器用なものよ。特に挨拶……それは、一番難しいかもしれないわ」
「挨拶、か。……『おはよう』。これで、あっているだろうか?」
「ええ、言葉はあってる。でも……いおりたちのところへ行って、もう少し『ふんわり』とした魔法を教わってくるといいわ。ミナの笑顔は、もっと輝くはずだから」
リナの優しい後押しを受けて、ミナは決意した。
それは破壊の命令を受諾する時とは違う、胸の奥がじんわりと熱くなるような、新しい任務の始まりだった。
「了解した、リナ。……私、頑張ってみる。リナに誇ってもらえるような『一般人』になるために」
ミナは、リナの手をぎゅっと握り返した。
その手にはもう、制御不能な溶岩の熱ではなく、明日の光を求める、ささやかで確かな熱が宿っていた。
第二章:笑顔の戦術、あるいは「最大の弱点」
リナに背中を押され、ミナがやってきたのは、いおりとゆめが共同で管理している「復興支援センター」の明るい一室だった。
「いおり、ゆめ。……相談がある」
部屋に入るなり、ミナは深々と頭を下げた。その動きがあまりにも鋭く、軍人の敬礼のようだったため、窓際で書類を整理していたいおりは思わず肩を跳ねさせた。
「わあ、ミナちゃん! 急にどうしたの? そんなに畏まらなくていいんだよ」
「うふふ、ミナちゃん、今日は一段と気合が入ってるね」
ゆめが柔らかく微笑みながら、温かいお茶を差し出す。ミナはそのカップを受け取ると、熱を上げすぎないよう細心の注意を払いながら、壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。
「……リナに言われたんだ。私は、挨拶というプログラムに欠陥がある、と。一般社会に適合するため、君たちの『笑顔』という魔法を、私にインストールさせてほしい」
ミナの真剣すぎる眼差しに、いおりとゆめは顔を見合わせた。
「なるほど、笑顔の特訓だね! 任せてよ、アイドル……じゃないけど、笑顔なら私の得意分野だよ!」
いおりが胸を張る。
「まずは、心の中で一番幸せなことを思い浮かべてみて。美味しいものを食べた時とか、リナと一緒にいる時とか」
ミナは目を閉じ、懸命に思考を巡らせた。
(リナの髪の匂い。リナの義体の滑らかな手触り。リナが笑った時の、あの静かな空気……)
胸の奥が熱くなる。だが、その想いが強すぎた。
「……よし、ミナちゃん。そのまま、ゆっくり目を開けて笑ってみて!」
ゆめの合図で、ミナは口角を釣り上げた。
だが、そこに現れたのは「親しみやすい微笑み」ではなかった。
極限まで研ぎ澄まされた集中力と、リナを守るという執念に近い愛情が混ざり合い、その表情は**「獲物を慈しみながら仕留める直前の、絶対的な捕食者」**のそれへと変貌していた。
「ひっ……!」
いおりが思わず一歩後退り、手に持っていたペンを落とした。
「あ、あの、ミナちゃん……? 今、私の後ろに死神が見えた気がしたんだけど……」
「……失敗か。やはり、私の表情筋は戦闘用に固定されているらしい」
ミナがガクリと肩を落とす。周囲の気温が、彼女の落胆に比例して数度上昇した。
「だ、大丈夫だよ! 笑顔が難しいなら、まずは言葉から入ろう!」
いおりが慌ててフォローを入れる。
「ほら、接客の基本だよ。お店にお客さんが来たと思って、一番丁寧な挨拶をしてみて!」
ミナは一度深呼吸をし、履歴書を胸に抱き直した。いおりを「店主」、ゆめを「常連客」に見立て、彼女は一歩踏み出す。
いおりに教わった通り、精一杯の「親しみやすさ」を込めて、彼女は口を開いた。
「初めまして。……お前の弱点は、どこだ?」
「違う! それは尋問だよ!!」
いおりの絶叫が部屋に響き渡った。
「ミ、ミナちゃん……。普通はね、『いらっしゃいませ、何かお手伝いしましょうか?』って言うんだよ……?」
ゆめが頬を引きつらせながら補足する。
「……そうか。相手の防御の薄い箇所を聞き出すのは、接客におけるホスピタリティではないのだな。……メモしておこう」
ミナは真顔で、手帳に「弱点を聞く=マナー違反」と書き込んだ。
第一の特訓は、笑顔を覚えるどころか、いおりに生命の危機を感じさせるという、散々な結果に終わった。
「道は……険しいな」
夕暮れ時。ミナは重い足取りでセンターを後にした。
背後でいおりが「次はもう少し……平和な言葉を選ぼうね!」と力なく手を振る声を背に受けながら、ミナは自分の不器用さに、ほんの少しだけ熱い溜息を吐いた。
第三章:演算と爆発、あるいは「精密な破壊」
いおりとゆめによる「笑顔の尋問」という手痛い失敗を経て、ミナが次に向かったのは、すずともかが管理する資料保管庫だった。
「いらっしゃい、ミナちゃん! くんくん……あ、今日はちょっと『しょんぼり』した匂いがするね」
もかが、犬のように鼻先をひくつかせながらミナを出迎えた。その隣で、すずは無機質な端末を操作しながら、眼鏡の奥の瞳をミナに向ける。
「接客業のシミュレーションに失敗したようですね。いおりの心拍数が一時的に戦闘警戒レベルまで上昇したというログを共有されました。……合理的ではありません」
「すず……。私は、人間相手のコミュニケーションに重大なバグを抱えている。だから、感情の介在しない『データ入力』や『事務』という任務で、社会に貢献したい」
ミナは、リナに持たされた履歴書を差し出した。すずはそれを一瞥し、短く頷く。
「妥当な判断です。キーボードを叩くだけなら、笑顔も弱点の把握も不要ですから。もか、指導を」
「はーい! ミナちゃん、このキラキラした画面の四角いところに、数字をトントンって入れるだけだよ。簡単でしょ?」
もかが楽しそうに、デモンストレーションを見せる。ミナは意を決して、事務用デスクの前に座った。
(落ち着け。これは精密射撃と同じだ。指先の神経を一点に集中させ、正確に、静かに……)
だが、ミナには致命的な特性があった。彼女の体温は、緊張や集中が高まるほど、本人の意志とは無関係に上昇してしまうのだ。
「……入力、開始する」
ミナの細い指が、プラスチック製のキーボードに触れた。
トントン、と小気味よい音が響く。最初は順調だった。しかし、一分が経過した頃、デスクの周囲に陽炎が立ち始めた。
「ミナちゃん、ちょっと熱いかも……?」
もかが首を傾げた瞬間、ミナの指先から微細な熱放射が漏れ出した。
「待って、ミナ。内部温度が――」
すずが警告を発するよりも早く、過負荷に耐えかねたPCが、真っ赤な警告音を発して沈黙した。次の瞬間、「パンッ!」という乾いた音と共に、キーボードの『Enter』キーが熱で溶け、基盤から煙が噴き出す。
「……あ」
ミナが慌てて手を離したが、時すでに遅し。
最新鋭の端末は、ミナの「やる気」という名の高熱によって、再起不能な黒い塊へと姿を変えていた。
「……また、壊してしまった。私は、ただ数字を打ち込みたかっただけなのに」
「ミナ。あなたの指先は、精密機器にとっての『太陽』と同義です。あなたが真剣になればなるほど、文明の利器は蒸発します。……事務職への適性は、マイナス273度、絶対零度を下回る絶望的数値です」
すずの無慈悲な宣告が響く。もかが「あちゃー……」と頭を抱え、焦げた匂いのする部屋で、ミナは自分の両手を見つめて立ち尽くした。
「……私は、社会の役に立つどころか、資産を損壊させているだけではないか」
「そんなことないよ! ミナちゃんの手、すごく一生懸命だったもん! ……でも、紙とか機械とかじゃない、もっと『熱くても大丈夫なもの』を探さなきゃだね」
もかの優しい励ましも、今のミナには遠く聞こえた。
接客は尋問になり、事務は爆発に終わる。
ミナの心の中に、今まで感じたことのない「冷たい孤独」が広がっていくのを、彼女自身はどうすることもできなかった。
第四章:礼節の焦熱、あるいは「溶けるティータイム」
接客に失敗し、事務機器を沈黙させたミナが、最後の望みをかけて門を叩いたのは、ユウリとセシリアが滞在する旧貴族風の別邸だった。
「……失礼する。ユウリ、セシリア」
ミナは玄関で、今にも壊れそうなほど慎重に靴を揃えた。リナからは「マナーの真髄は、あのお二人に聞きなさい」と言い含められている。
「よく来たわね、ミナ。……あら、随分と肩に力が入っているけれど。まずは落ち着いて、お茶でもいかが?」
セシリアが、まるで春の陽だまりのような微笑みで出迎える。その隣で、ユウリは厳しい教師のような目つきでミナの立ち居振る舞いをチェックしていた。
「ミナ。社会に出るということは、単に技術を売ることではないわ。立ち居振る舞い、言葉遣い……つまり『品格』こそが、相手への最大の敬意になるの。いいわね?」
「……了解した、ユウリ。品格。……インストールを開始する」
ミナは、ユウリの指導のもと「優雅なティータイム」のシミュレーションに挑むことになった。セシリアがお手本として、白磁のカップに透き通った紅茶を注ぐ。その動作は一切の無駄がなく、流れる水のようだった。
「さあ、ミナ。次はあなたの番よ。心の温度をそのまま指先にのせて、優しく注いでみて」
セシリアの言葉に、ミナは極度の緊張に包まれた。
(心の温度……。リナが喜んでくれるような、みんなが安心できるような、温かな……)
ミナがポットの取っ手に触れた瞬間だった。
彼女の「真面目すぎる熱意」が、指先から奔流となって溢れ出す。ポットの中の紅茶は一瞬で沸点を超え、注ぎ口から出た瞬間に「ボコボコ」と激しく泡立った。
「あ……熱い。けれど、止めてはいけない……!」
ミナは必死に品格を保とうと、震える手で注ぎ続けた。だが、カップに注がれたのは紅茶ではなく、もはや**「液状の溶岩」**に近い超高温の液体だった。
「ミナ、危ないわ! 離して!」
ユウリの叫びと同時に、白磁のカップが自らの熱で「ぐにゃり」と歪み始めた。繊細な装飾が施された陶器が、ミナの熱によって飴細工のように溶け、テーブルに広がっていく。
「……まただ。私は、ただお茶を淹れたかっただけなのに」
「……あなた、ティータイムを戦場に変える才能があるわね。あるいは、磁器を再加熱して芸術品に変える錬金術師か何かかしら」
ユウリは頭を抱え、溶けて固まった陶器の残骸を見つめた。セシリアは「あらあら、とっても情熱的な紅茶ね」と天然なフォローを入れるが、ミナの心は完全に折れていた。
「……接客は尋問になり、事務は爆発し、マナーは溶解する。リナ。……私は、この世界に居場所がないのかもしれない」
ミナの体から、しおしおと熱気が引いていく。その代わりに、足元から冷たい影が忍び寄るような絶望感が彼女を支配した。
「くんくん……。あ、ミナちゃんの匂い……。すごく、すごく悲しくなってる」
いつの間にか様子を見に来ていたもかが、鼻先をひくつかせながら呟いた。
その言葉に、ユウリもセシリアも言葉を失う。
戦うために生まれ、焼くことしか知らなかった少女にとって、この「平和な失敗」の連続は、戦場での負傷よりも深く、その心を抉っていた。
ミナはふらふらと、逃げるように別邸を後にした。
夕闇が迫る帰り道、彼女の目からは、熱い蒸気のような涙が一筋だけ、頬を伝って地面に落ちた。
第五章:冷却の静寂、あるいは「不器用な肯定」
ボロボロになった履歴書を握りしめ、ミナは逃げるようにシェルターへと戻ってきた。
夕闇に包まれた室内で、彼女は玄関先に座り込み、膝に顔を埋めた。
「……ただいま、リナ」
その声は、かつての戦場を震わせていた「ラヴァ」のものとは思えないほど、か細く震えていた。
リナは車椅子の音を立てず、ゆっくりとミナの側に寄った。何も聞かなくても、ミナの体から立ち昇る「焦げた匂い」と、もかが言っていた「悲しい匂い」がすべてを物語っていた。
「おかえり、ミナ。……大変だったみたいね」
「……全部、壊してしまった。笑顔を作れば脅迫になり、機械に触れれば爆発し、お茶を淹れようとすれば陶器を溶かした。私には、破壊の才能しかないんだ」
ミナの肩が、微かに揺れる。
彼女の熱は、今はもう怒りでも戦意でもなく、自分自身を焼き焦がすような自己嫌悪として内側に籠もっていた。
「私は……この世界にいてはいけない存在なのかもしれない。リナの隣に立つ資格すら、私には……」
言いかけたミナの言葉を遮るように、リナがそっと、義体の腕をミナの首筋に回した。
ひんやりとした金属の冷たさが、オーバーヒート寸前だったミナの体温を、優しく、確実に吸い取っていく。
「こっちへおいで、ミナ」
リナはミナを自分の膝の方へと引き寄せた。
ミナはおそるおそる、リナの膝に頭を預ける。リナの義体は、熱を逃がすための高精度な冷却機能を備えている。それは今のミナにとって、この世界で唯一、自分を受け止めてくれる「安全な場所」だった。
「……リナ、熱くないか? 私は今、とても……」
「いいのよ。あなたの熱なら、私が全部預かってあげる。……不器用なのは、お前だけじゃないわ、ミナ」
リナの静かな声が、ミナの耳朶を打つ。
リナもまた、かつては戦うための道具として改造され、日常という言葉を知らずに生きてきた。今のミナの戸惑いは、リナがこれまでの旅路で何度も味わってきた、あのかさぶたのような痛みと同じものだった。
「私たちは、普通の人より少しだけ『出力』が大きすぎるだけ。……でもね、ミナ。あなたが今日、誰かのために何かをしようとして流したその熱は、決して間違いなんかじゃないわ」
リナの指先が、ミナの赤い髪を優しく梳かす。
その一定のリズムに身を任せているうちに、ミナの荒い呼吸は次第に穏やかになり、内側に渦巻いていた焦熱が、静かな温もりへと変わっていった。
「……リナ。お前の膝は、とても……心地いい」
「そう。なら、そのまま少し眠りなさい。明日になれば、また新しい『出力』の出し方を考えればいいんだから」
ミナは、リナの膝の上で、子供のように深い眠りに落ちた。
外の世界では「災害」と恐れられたその熱も、この静寂の中では、ただリナを温めるためだけの、穏やかなひだまりのようだった。
第六章:新境地、あるいは「黄金色の煙突」
翌朝、リナの膝の上でこれまでにないほど深く眠ったミナは、驚くほど晴れやかな顔で目を覚ました。
「リナ。私、分かったんだ。……私の熱は、精密機器や繊細な陶器には強すぎる。けれど、もっと『頑丈で、熱を喜ぶもの』なら、受け入れてくれるはずだ」
ミナは、シェルターの裏庭に転がっていた古びたドラム缶と、どこからか調達してきた大量の石、そして紙袋いっぱいのサツマイモを並べた。
「……ミナ。それ、まさか」
リナが車椅子を漕いで近づくと、ミナは真剣な眼差しで頷いた。
「『石焼き芋』。……昨日、もかが言っていたんだ。『熱くても大丈夫なもの』を探そうって。石なら、私の熱でも溶けない。そして、芋は熱ければ熱いほど、甘く、黄金色に輝く」
ミナはドラム缶の中に石を敷き詰め、その上にサツマイモを丁寧に並べた。
(落ち着け。一気に焼くのではない。遠赤外線……じわじわと、石に熱を預けるように……)
ミナがドラム缶にそっと手を添える。
今度は、昨日までの「焦り」や「緊張」はない。ただ、リナに美味しいものを食べてほしい、その一念だけが、彼女の熱を驚くほど精密に制御させていた。
「……ミナ、いい匂いがしてきたわ」
ドラム缶の中から、甘く、香ばしい、冬の街角を思わせる至福の香りが立ち上る。
ミナの手は、赤熱することなく、ただ一定の心地よい温度を保ち続けていた。かつて戦場を焼き尽くした「ラヴァ」の熱が、今は小さなドラム缶の中で、芋を甘く、柔らかく変えていく。
「……できた。リナ、食べてみてくれ」
ミナが火傷しないように布に包んで差し出したのは、皮がぱつんとはち切れ、黄金色の蜜が溢れ出した完璧な焼き芋だった。
リナがそれを半分に割ると、真っ白な湯気と共に、暴力的なまでに甘い香りが広がる。
「……美味しい。ミナ、これ……最高よ」
「……本当か? 本当に、壊れていないか?」
「ええ。壊れるどころか、こんなに優しい味、初めてだわ」
リナの言葉に、ミナの顔がパッと輝いた。それは、いおりに教わったどんな「笑顔の練習」よりも自然で、まばゆい、本当の微笑みだった。
その噂は、またたく間に広がった。
「アムネシアの跡地に、世界一美味しい焼き芋を焼く、赤い髪の女の子がいる」
数日後、ミナの「移動式焼き芋屋」の前には、驚くべき光景が広がっていた。
いおりとゆめが看板娘(自称)としてビラを配り、すずが最新の熱効率計算で薪の配置をアドバイスし(ミナの体熱だけで十分なのだが)、もかが「幸せの匂いがするー!」とはしゃぎ回っている。
「ミナちゃん、一個ちょうだい! お金なら、このどんぐりで……あ、嘘だよ、ちゃんとお小遣い持ってきたよ!」
「はい、ミナ。……お客様には、その、例の『挨拶』を」
リナに促され、ミナは行列の先頭に立つ子供に向かって、深々と頭を下げた。
かつての「破壊兵器」は、今、一欠片の「弱点」も探すことなく、ただ真っ直ぐに相手を見つめて、こう言った。
「いらっしゃいませ。……今、最高に熱いのが、焼き上がったところだ」
それは、不器用な少女がようやく見つけた、世界と繋がるための、黄金色の「魔法」だった。
第七章:ダイヤモンドの午後
ミナの「焼き芋屋」は、もはや復興のシンボルとなりつつあった。
ドラム缶を改造した特製釜を前に、ミナは今日も真剣な面持ちで熱を操っている。かつて戦場を焼き尽くした「ラヴァ」の出力は、今や「一ミリの誤差もない黄金色の焼き加減」へと全振りされていた。
「ミナちゃん、今日も大繁盛だね! ほら、ユウリさんとセシリアさんも来たよ!」
いおりが元気に手を振る先で、ユウリが眉間にシワを寄せ、セシリアが優雅に日傘を差して並んでいた。
「ミナ、あなたの焼き芋……いえ、この『熱エネルギーの結晶体』、なかなか評判がいいじゃない。私も一つ、正当に評価してあげるわ」
ユウリは相変わらず厳しい口調だが、その目は期待に満ちている。
「あらあら、いい匂い。ミナちゃん、今日は一段と『情熱』がこもっているみたいね」
セシリアの天然な称賛に、ミナは少しだけ鼻を高くした。
「了解した。……お二人には、今日一番の『最高出力』で焼き上げたものを提供しよう」
ミナは気合を入れた。
昨夜、リナに褒められたのが嬉しくて、彼女の自己肯定感は「オーバーヒート」寸前まで高まっていたのだ。
(もっと美味しく。もっと甘く。リナの誇りになれるような、究極の一本を……!)
ミナの指先が、ドラム缶の縁を強く握りしめる。
瞬間、彼女の体温が臨界点を突破した。ドラム缶の中の石が、見たこともない白銀色の光を放ち始め、周囲の空気がキーンと震える。
「……ミナ? ちょっと熱すぎない?」
リナが異変に気づいて声をかけたが、ミナの集中力はすでに「極点」に達していた。
ドォォォォン!!
爆発音ではない。空気が圧縮され、そして解放されたような、不思議な衝撃波が広場を駆け抜けた。
ドラム缶の中から立ち上ったのは、美味しそうな湯気ではなく、七色のオーロラのような光の柱だった。
「……できた」
ミナが、フラフラになりながらドラム缶の蓋を開ける。
そこにあったのは、焼き芋ではなかった。
真っ黒に炭化した……。
けれど、その中心部で、太陽の光を反射してギラギラと輝く、拳大の**「透明な塊」**だった。
「……あら。ミナちゃん、これ……ダイヤモンドかしら?」
セシリアが、その輝く石を覗き込んで、事も無げに言った。
「ええっ!? 炭素が……サツマイモの炭素が、ミナちゃんの超高圧・超高温で結晶化したの!?」
いおりが叫び、すずが素早く端末を取り出して計算を始める。
「……理論上は不可能です。が、ミナの現在の出力なら、サツマイモから人工ダイヤモンドを精製することは……理に適っています。いえ、全く合理的ではありませんが!」
広場にいた全員が、その「究極の失敗(あるいは大成功)」を前に絶句した。
ユウリは食べ損ねた焼き芋の代わりに、手の中のダイヤモンドを見つめて、深いため息をついた。
「ミナ。……あなた、焼き芋屋じゃなくて、宝石商にでも転職するつもり?」
「……違う。私は、ただ甘い芋を、お前たちに……」
ミナはガックリと膝をついた。最高のサービスを提供しようとした結果、またしても「食べられないもの」を作ってしまったのだ。
「……いいじゃない、ミナ」
リナが車椅子で近づき、落ち込むミナの頭を優しく撫でた。
「焼き芋はまた明日、普通に焼けばいいわ。……でも、このダイヤモンドは、あなたの『一生懸命』が形になったものよ。これはこれで、世界に一つしかない素敵なプレゼントじゃない」
リナの言葉に、ミナは顔を上げた。
周囲を見渡せば、いおりも、ゆめも、すずも、もかも、そしてユウリとセシリアも、呆れながらも全員が笑っていた。
「……そうか。ならば、次は……」
ミナは、リナの膝に手を置き、少しだけいたずらっぽく微笑んだ。
「ダイヤモンドより輝く、最高の一本を焼く。……それが、私の次の任務だ」
春の風が、黄金色の匂いを運んでいく。
かつての『ラヴァ』という名の孤独は、もうどこにもいない
そこには、少しだけ熱すぎる愛と、不器用な仲間たちに囲まれて、明日への「出力」を調整し続ける、一人の少女がいるだけだった。
スピンオフ②:『ラヴァの社会適合日記』――完。
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