旦那様の登場
勇作は少量の石鹼液を作り箱の中で白くなったフログの背中に1滴垂らした。すると石鹸液の付いた場所が緑色に変化した。その様子に勇作とキースは目を合わせお互い頷いた。そして水を流すとまた白に戻った。
次は酢を薄めたものを1滴垂らすとその場所が赤くなった。勇作とキースは満面の笑みで顔を見合わせて喜んだ。
まだ風呂に入っていないテイがポイ草の生えてる場所と、何も生えていない場所と、毒草の生えてる場所の土を持ってきた。
先ずはポイ草の生えている場所の土の上に、白くなったフログを載せた。するとみるみる白いフログは緑色に変化した。
「おおー」
次は何も生えていない場所の土の上に乗せると黄色に変化した。
テイ、勇作、キースは歓声を上げた。ダリは土とフログを覗き込んで喜んでいる男達に冷めた視線で眺めた後、スープを作り始めた。
「次、次はこっちの土に置いてみようよ」
キースがワクワクしながら勇作に言うと勇作も負けずに楽しそうにフログに手を伸ばした。だが伸ばしかけた手を止め、勇作はテイに言った。
「テイ、お風呂入っておいでよ。まだ入ってないのテイだけだよ」
「ええ、今?」
「お湯が冷めちゃうし、掃除するの俺だし」
「うーん、もうしょうがないなぁ」
とテイが立ち上がった時、家のドアをダンダンダンと叩く音が響いた。
3人は驚いてドアを見る。
「すまない、ダヒューズだ」
そんな声が聞こえ、テイは急いでドアを開けて外を見た。するとダヒューズの旦那様が立っていて、その向こうには馬が1頭いた。
「旦那様!」
テイがドアを全開に開けると旦那様が入ってきた。そして部屋の奥にいるキースを見つけツカツカと近寄る。それに気付いたキースは目を輝かせダヒューズに駆け寄った。
先に言葉を発したのはキースだった。
「父様!見て下さい。フログの色が変わるんです!」
キースの楽しげで、自慢げな顔を見て、ダヒューズは先ほどまで満ちていた勢いが一気に消えた。
部屋の奥ではダリが所在なさげに立ち、ドアの横にはテイが困ったような顔で立っている。
ダヒューズはキースの肩を抱き、「どれどれ」とキースに案内されフログを覗き込む。
キースは勇作と一緒にまた最初から石鹸液を垂らすところから説明した。
「ダリ、テイ、迷惑をかけてすまなかった」
ダヒューズは立ち上がり頭を下げた。
「旦那様、頭を上げて下さい。ちっとも迷惑なんかじゃないですから」
テイがオロオロと声をかける。部屋の奥ではダリが黙って何度も頷いていた。
「せっかく姉弟水入らずのところを邪魔をしてしまって...親後さん?ではない方がいるようだが」
ダヒューズはキースと一緒にフログを見ていた人物を見ていた。
「あの人は畑のことを教えてもらっていて...」
テイは勇作のことを紹介しようと思ったが、なんと説明したらいいのかわからず口ごもってしまった。
勇作は立ち上がり頭を下げた。
「はじめまして。佐々木勇作と申します。先月急に遠い場所からこの村にきて、帰れずに困っていたところを、テイ君に助けてもらい世話になっています。今日は坊ちゃまと楽しい時間を過ごさせていただきありがとうございます」
「いやいや、頭を上げて下さい。久しぶりにキースのあんな楽しそうな顔を見ました。仕事ばかりで子供のことを見ていなかったんです」
「仕方ないですよ。お医者様をされていると聞いています。大変なお仕事ですから」
「そうは言っても自分の子供のことですから...」
どうやら勇作とダヒューズは馬が合ったようで、話し始めてしまった。
ダリはそのままスープ作りを再開。テイはそっとドアを閉めて風呂に向かった。キースはダリのところに寄ってきてスープ作りを興味深げに覗き込んでいた。
テイが風呂から出ても勇作とダヒューズは話し込んでいた。
勇作は日本から来たことを話した。この世界の知識のある大人のダヒューズなら何かわかるかもしれないと思ったし、帰る方法の手がかりが欲しかった。
ダヒューズは申し訳なさそうな顔で言った。
「すまない、私にはユーサクの帰る方法のことはわからない」
勇作は肩を落とした。
「ただ異世界というところから昔来た人物がいる、ということは聞いたことがある」
勇作は希望の光が見えた気がした。
ダリの煮込んでいたスープが出来上がり、テーブルの上には切ったパンと小さな壺と空の皿が置かれている。
キースはダリが少なめによそったスープをゆっくりとテーブルに運んでいる。
「ほら、テイも自分の分を運んで」
「はい、はい」
「旦那様、お食事がまだならよかったらご一緒にいかがですか?パンとスープしかないですけど」
「いいのだろうか?」
「もちろんです」
ダリが笑って答えるとダヒューズがテーブルから皿を取り、勇作の後ろに並んだ。勇作は驚き言った。
「旦那様の分は私が運びますから、座っててください」
「息子が自分のスープを運んでいるんだ、私が座って待つなんて出来ないよ」
ダヒューズがそう言って笑いキースを見ると、運び終わって席に着いていたキースが嬉しそうにジッとスープを見ていた。
細かく刻んだ野菜とベーコンのスープ。パンもロールパンと切って軽く焼いたバケット。
「これ、何?」
キースが小さな壺を指差してテイに聞いた。
「これかい?」
テイはバケットを1枚取り、壺の中身を小さなスプーンですくいバケットにとろりとかけた。
「はい、どうぞ」
差し出されたバケットを一口食べたキースは目を見開いた。
「美味しい?」
とテイが聞くとキースは頷きながらあっという間に食べきった。
「もっと食べる!」
キースが身を乗り出すとダリがニッコリ笑って言った。
「坊ちゃま、これはデザートの代わりなので、スープを食べ終わってからですよ」
ダリのニッコリ笑顔は迫力がある。この笑顔は絶対に譲らない笑顔だとキースは知っている。キースは大人しく席に座り直した。
家では足を組み、大口を開けて笑うダリがキースに対してまともなことを言っていることにテイはニヤニヤが止まらない。
バケットに壺の中身をかけたものを1口食べてダヒューズは聞いた。
「これは何だい?」
ダヒューズが聞くと勇作が答える。
「ビームの蜜です」
「これが?甘味が濃いしうっすらと花の香がする。こんなに美味しいのは初めてだ」
ダヒューズがウットリと噛みしめていると、勇作は立ち上がりカップを持ってきた。
カップの中にはリモーネの輪切りが浮かんでいる。
「これは?」
「リモーネの蜜付けを湯で溶いたものです。さあ坊ちゃんも」
食後に5人で甘味と酸味が混じった暖かい飲み物を味わった。
夕食の片付けも終わると既に外は真っ暗だ。
「旦那様、夜道は危ないし、こんな家ですけどよかったら泊まっていきませんか?」
テイがそう言うと、キースが目を輝かせて父親を見ている。ダヒューズはそんな目をした息子に気付くと連れ帰ることに罪悪感をもってしまう。
「うん、申し訳ないがそうさせてもらおうか」
「それじゃ、私のベッドで坊ちゃんと休んでください」
勇作がそう言ってベッドを譲った。勇作は父親の部屋を使っていたが、元々は父と母の部屋だったのでテイやダリのベッドよりも大きい。
「サクはどうするの?」
テイが言うと勇作は
「俺は居候だからこの辺の床で寝るさ」
と笑った。
「じゃあ、坊ちゃんオレと一緒に寝ないかい?」
テイが提案してみたが、
「えー、寝る場所あるのぉ」
とキースが渋った。
「なら坊ちゃま、私と一緒ではどうですか?」
キースは喜んだがすかさずダヒューズが止めた。
「いくら子供だからって女性と一緒はダメだ。
ユーサクさん、ベッドも大きいみたいだし3人一緒なのはどうですか?私はまだお話がしたいし」
「いやぁ、親子水入らずのところ悪いじゃないですか」
「ユーサクさんを床で寝かせて、あなたのベッドで眠るのは私の気が引けます」
今家の中にいる最上位にそう言われて誰も逆らうことは出来なかった。




