キースの発見
「こんにちは。旦那様いらっしゃいますか?」
週末の昼頃、テイが屋敷にやってきた。
今回は野菜などが無く、例の草を乾燥させたものだけを持ってきていた。
執事が出てきて籠の中身を確認するとテイに代金を支払った。
「旦那様は今外出されていて来られないのでこちらの瓶に入れてもらえますか」
執事が瓶を出すと、テイは素手で瓶の中に入れた。執事はそれを見て目を丸くする。
「そんな持ち方をしてあなたは何ともないのですか?」
「ええ、はい」
テイは一瞬何を言われているのかわからなかったが、草を瓶に入れているところだったので、このことだろうと理解した。
テイは乾燥させた草を瓶に入れ蓋をして執事に渡す。
「あの、すみません。姉に会えますか?」
執事は瓶を受け取り、厨房に向かってダリを呼んだ。
ダリはメイド服のまま口をモゴモゴさせながら出てきた。
「テイ、行商に来たの?」
「うん、明日姉ちゃん休みだって聞いてたから、何か必要なものがあれば買っておこうと思って」
「そっか、でも特にないなぁ」
「じゃあ、適当に食品を買っておくよ」
「まだ、ウチの野菜は育たないの?」
「今サクと土を改良して、ポイ草の種が目を出したばっかりだよ。あっそうだコレ」
テイはポケットから貝殻を出した。ダリが受け取り貝殻を開くと白くツヤツヤしたものが入っていた。
「何コレ?」
「ハンドクリームだって。サクが作ったんだ。手に塗ると手荒れが防げるらしいよ。唇に塗ってもいいらしい」
へー、と言ってダリは指で中身を取ると口に持っていこうとした。
「食べ物じゃないよ」
テイにそう言われピタリと指を止めたダリはそっとテイから目を逸らした。
「わかってるよ」
そう言って両手に塗り込んだ。
「ふーん、ねえ、これまだある?」
「うん、あと2つ持ってる」
「じゃあ、頂戴」
手を出したダリに残りの2つを渡した。
「ちょっと待ってて」
ダリは先ずは厨房に行きハンナに1つ渡した。
「ハンドクリームっていうらしいです。手荒れを防いでくれるそうです。弟が持ってきてくれたんでどうぞ」
「いいのかい?」
「いつも美味しいごはんを食べさせてもらってるから」
ダリは笑顔で答えた。ハンナは嬉しそうに受け取って笑った。
「まっ作ってるのは旦那と息子だけどね」
ダリは使用人の階段を駆け足で上り、キースの部屋の前にいたメイド長を捕まえた。
「これハンドクリームっていうそうです。手荒れを防ぐらしいです。弟が持ってきてくれたんでよかったら使ってください」
ダリはもう1つをメイド長に渡した。
「あの、それで明日お休みだし、ちょうど弟が来てるのでお休みを頂けないでしょうか」
メイド長は少し考えて言った。
「ダリは坊ちゃま付きのメイドだから、坊ちゃまの了解がもらえればいいですよ」
ダリは坊ちゃまのお気に入りで急な休みをキースが許すことはないとメイド長は思っていた。それにダリがいないと坊ちゃまの世話はメイド長になる。
するとキースの部屋のドアが少しだけ開き、キースが顔を出した。
「いいぞ、行ってこい。世話係が1日2日いなくても別に困らないからな」
「ありがとうございます」
ダリは満面の笑顔で答えると使用人用の階段を駆け下りた。
「坊ちゃま、いいんですか?」
「いいぞ、あと学校も休みだし世話係もいらないから誰も入ってくるな」
キースはメイド長に言うと部屋のドアを閉めた。メイド長はまたいつものわがままが始まったとため息をついた。
ダリは裏口に行くとテイに言った。
「これから休みをもらえたから帰るよ」
「じゃあ町で少し買い物をしてくるから、終わったら門の外で待ってる。姉ちゃんが早かったらそこで待ってて」
「うん、じゃあ後で」
ダリは着替えるために小屋に戻った。この二人の会話を2階の廊下の窓からキースは聞いていた。
キースは部屋に戻り衣裳部屋から出来るだけ簡素な服を選び着替え、帽子も用意した。小箱を抱え、部屋のドアを少しだけ開けて廊下を見、誰もいないことを確認する。誰にも見られないよう周囲を確認しながら階段を降り、裏口に出た。
ちょうどダリの弟が裏門に来るのが見えた。ダリはもう門の外にいる。二人が並んで歩き始めたのを見て、キースは門を出る。少し離れてキースは二人の後を付いて行った。
「ダリの弟は大きいなぁ。おかげで離れてもすぐに見つけられる」
キースはうまく家を抜け出せたこと、しばらく後を付けても二人に気付かれていないことに嬉しくなった。
「「ただいまぁ」」
ダリとテイは家に着くとすぐに畑に行った。畑では勇作が土をおこしていた。
「おかえり」
ダリは畑を見回すと少しガッカリした。
「ほんとだ。まだ野菜がない。ポイ草もまだこんなにちっちゃい」
「ごめんな、時間がかかってて。でも絶対美味しい野菜作るから」
勇作がすまなそうな顔をして謝った。
ダリが好物のポイ草の芽を見ていると黄緑色のフログを1匹見つけた。
「ねえ、テイ。ウチの畑にいるフログって黄色だよね。なんかこのフログ黄色なのにちょっと緑色ぽくない?」
「ほんとだ。こんな色のもいるんだ」
「お屋敷にいたフログは緑色だったんだよ。坊ちゃまが見せてくれた」
「フログは食べるものや場所によって色を変えるんだぞ」
3人でフログを覗き込んでいると後ろから声がした。振り返るとそこには左腕に小箱を抱え、右手を腰に当て胸を張ったキースが立っていた。
「坊ちゃま!」
ダリが驚いた様子を見てキースは楽しくなった。
ダリの言葉にテイと勇作は驚いた
「坊ちゃま、どうしてここに?」
「赤いフログを見に来た」
キースは悪気もなくそう言うとダリの顔色が消えた。
「坊ちゃま、まさかお屋敷を黙って抜け出してきたわけじゃないですよね?」
「大丈夫だ。ちゃんと部屋に【ダリの家に行ってくる】って手紙を置いてきた」
(全然大丈夫じゃないだろ、このクソガキ)
内心悪態をつきながらダリは笑顔を作った。
「坊ちゃま、フログを見たら帰りますか?」
「いや、明日ダリと一緒に帰る」
ダリは握り拳を作り小刻みに震え出した。その様子に気付いたテイはダリの肩を押さえて言った。
「来ちゃったものはしょうがないし、とりあえず落ち着こう」
テイがとりなしているのに気づき、勇作も口添えをする。
「そうだな、今から帰っても暗くなるし、子供を一人で帰すわけにもいかないから」
テイと勇作がダリを落ち着かせようと必死になっているにもかかわらず、キースはフログを見つけて喜んでいる。
「わぁ、ほんとに黄色だ」
「坊ちゃんはフログが好きなのかい?」
勇作がキースに話しかける。
「うん。ダリの家には赤いフログがいるって聞いたんだ。でも家には緑色しかいないんだ。ほら」
キースは勇作に小箱の蓋を開けて見せた。小箱の中にはキースが庭で捕まえたフログが何匹も入っていた。
「おお、アマガエル。これ全部自分で捕まえたのかい?」
「うん。庭師のじいちゃんにいる場所を教えてもらったけど、自分で捕まえた」
キースは屋敷では見たことのない笑顔で勇作に答える。ダリはキースの笑顔を見てやっと落ち着いた。
「あれ?なんか白いのが混じってない?」
勇作が小箱の中のフログを見て1匹指を指した。
「捕まえたときは全部緑色だったのに、おかしいなぁ。なんだか他のも白っぽくなってる気がする」
「そうなのかい?じゃあもしかしたら箱の中に入ってたからかもしれないね」
「そうなのかな、じゃあこのフログもこの畑にいたら黄色や赤になるかもしれない?」
「どうだろう、やってみるかい?」
「うん!」
キースが満面の笑顔で返事をする。勇作がキースに言ってみた。
「じゃあ、おじさんからのお願いなんだけど、いいかな?」
「なに?」
「おじさん、白いフログを見たの初めてなんだ。だから1匹だけ箱の中に残してくれないかな?」
「いいよ、わかった」
キースは白いフログ以外を畑に放した。フログはピョンピョンと跳ね回り畑のあちこちに散らばった。
ポイ草の芽が生えだしたところに行ったフログは緑色に、何も生えていない部分に行ったフログは黄色になった。そして毒草が生えている畑の隅に行ったフログはみるみる赤くなった。
「うわぁ、赤いフログだ!」
キースが駆けだした。それをみたダリとテイは追いかけた。ただキースはフログを追いかけていたので生えている草には触ることはなかった。
キースは赤くなったフログを見つめている。ダリとテイはキースが草に触れないように見守っていた。そして赤くなったフログが草の上に跳びあがり草の上に乗った瞬間、破裂した。
キースはもちろん、ダリもテイも勇作もその光景を見て固まった。
「おーい、風呂沸いたぞ」
勇作が声をかける。風呂を沸かすのは意外に重労働だ。井戸から水を何度も汲み、薪で沸かす。畑仕事をして風呂に入らずに過ごすことは日本人の勇作には耐えがたかった。なので風呂を沸かすのはもっぱら勇作の仕事だ。特に今日はキースがいる。風呂を沸かさないという選択肢は勇作にはなかった。
ダリは夕食のスープを作っていた。テイはグズグズと泣くキースの横にいてただオロオロしていた。
「お風呂沸いたって、入っておいでよ」
キースは頷いた。そして勇作を見上げた。
「おじさん、一緒に入ろ」
キースが屋敷で風呂に入るときはダリが付き添う。一緒に入るわけではなく髪や体を洗うのが仕事だ。ただ今はダリの家にいて仕事は休みだからダリにやらせるわけにはいかない、とキースは考えた。
ダリの弟は体が大きい。きっと一緒に風呂場に行ったら窮屈に違いない。残る選択肢は一人か、おじさんと一緒しかなかった。初めて来た家で一人になるのはキースは避けたかった。そこでキースは勇作を指名した。
「えっおじさんでいいの?」
「うん、いいから行くよ」
「ああ、はいはい。テイ、坊ちゃんが出たら着るものなんか用意しといて」
そう言って勇作はキースと風呂に行った。
石鹸を泡立ててキースの全身を洗い湯で流すと、勇作は自分を洗った。
二人で小さな湯舟に浸かる。勇作がおーっ息をゆっくり吐くと、キースも疲れていたのだろうふーっと息を吐いた。
「坊ちゃんはすごいなぁ」
「何が?」
「赤いフログを見るためにわざわざ二人に付いてきたんだろ?なかなか出来ないよ」
「そうかな」
勇作に褒められてキースは胸の中が少しくすぐったくなった。
「でもなんで赤いフログは破裂しちゃったんだろう」
「坊ちゃん、あの草は毒がある草だそうなんだ。オレも前にうっかり触って寝込んだことがあるんだ」
キースが驚いた顔をして勇作を見た。
「アマガエル、いやフログは体が小さいからあっという間に毒が回っちゃたんだと思うな」
「ふーん」
風呂を出て髪が乾くと、キースが髪を触りながら言った。
「風呂は嫌いじゃないけど、髪がゴワゴワするのが嫌なんだよな」
勇作はそれを聞いて立ち上がった。キースは黙って勇作の後に付いて歩く。
「ちょっと待ってて」
勇作は桶に水を入れ、その中に酢と油を少量ずつ入れ混ぜた。
「それをどうするの?」
ニヤっと笑った勇作はそのお湯を手ですくった。
「こうするのさ」
笑いながら勇作はすくった湯をキースの髪に塗りたくる。
「何するんだ、せっかく乾いてきたのに」
キースがプリプリ怒るが、勇作はニコニコしている。
「髪、触ってごらん」
キースが髪を触ると、さっきまでのギシギシ感が無くなっていた。
「あれ?髪がゴワゴワしない」
「石鹸はアルカリ性だからお酢で中和して、油で艶を出したんだ」
「アルカリ性?」
キースが初めて聞く言葉に反応する。テイもなんだか面白そうだと寄ってきた。
「いろいろなものは酸性、中性、アルカリ性に分けることが出来るんだ。
酸っぱいものには酸性が多くて、苦いものにはアルカリ性が多い。
人間は弱い酸性だから、アルカリ性の石鹸で洗うと汚れがよく落ちる。でも髪のような細いものはアルカリ性に負けてゴワゴワしちゃったんだ。だから酸性の酢で味方をしてあげたんだ」
「ふーん」
キースは.勇作の話を聞き、酸性、アルカリ性と反芻している。
「ねえ、どんなものでも酸性と中性とアルカリ性に分かれるの?」
「うーん、オレもあんまり詳しくないからどんなものでもってのはわからないなぁ。でも飲み物や食べ物、畑の土だって分かれるよ」
「畑の土も?」
今度はテイが話に食いついてきた。
「植物によって好みの土があるけど、畑で作られる野菜は中性からアルカリ性が好きなんだ。だから鶏糞や牛糞、石灰じゃなくて貝殻の粉を土に混ぜるんだ」
「それどうやって見分けるの?」
テイが聞いたが、勇作はがっかりした顔で答える。
「生えてる雑草で見分けることが出来るんだけど、こっちの植物とは微妙に違うみたいだからわからないんだ。あっちにはリトマス紙ってのがあって調べることが出来たんだけど、こっちではないからなぁ。だから勘でやるしかないんだよな」
勇作とテイはガッカリした顔になった。その時、キースが思いついたように叫んだ。
「そうだ、フログだ!」
キースの言葉に勇作は気が付いた。
「そうか、フログか!」
テイは二人が何故フログで喜んでいるのかわからず呆気に取られている。
ちょうどそこにダリが風呂から出てきた。
キースはさっき勇作が作った酢の入った桶をデリの前に出した。
「これ、髪に付けてみろ」
ダリは桶を受け取り髪に付けた。




