イトさんが残した物
「ほおぉ、こりゃいいな」
親方が一輪車にメリルを載せて走りまわっている。メリルは両手で荷台にしっかり掴まって、気のせいか顔が引きつっているようだ。台車のほうは荷台に奥方が座って、テイがゴロゴロと押している。のんびりした速度にこちらの奥方は不満げだ。
「ドイル、ワシにもこれを作ってくれ」
ひとしきり試運転した親方は満足そうに戻ってきた。
「それなら試作品の方が頑丈に出来てますから、それを使って下さい」
ニコニコとメリル父、いやドイルと親方が話している。
「これはもっと高さがあれば赤ん坊も載せれそうだね」
奥方が言うとドイルが目を輝かせて勇作を見た。メリルがすかさず木炭と木板を持って来た。勇作は若干困った顔をして受け取り、ベビーカーの絵を描いた。ドイルとメリルはそれを覗き込んでいる。
「ここは布を張れば柔らかくて赤ん坊には乗り心地が良くなるけど、かなり丈夫な布でないと。破けたら赤ん坊が落ちる。この金属部分は丈夫だけど軽量の方がいい。スプリングを付けると衝撃を緩和してくれる。」
「スプリング?」
勇作は周りを見渡して針金の切れ端と木の棒を見つけると、木に針金を巻き付けてから木の棒を外した。
「こういうの」
螺旋状になった針金を見せると、ドイルとメリルは二人で何やら相談をし始めた。
「あの、すみませんが資料を見せてもらえませんか?」
勇作が申し訳なさそうにドイルに言うと、やっと思い出したのかドイルが奥に行き木箱を抱えてきた。
中を開けると薄い木板がギッシリと入っていた。適当に1枚取り出してみる。何かの設計図で後ろには日本語が書いてあった。
設計通りに作ったが上手く発動しない
何かが間違っている
日本語を忘れそうだ
伊藤高文
他の木板を出してみると配線図が書いてある。裏にはやはり日本語で文字が書いてあった。
勇作は自分と同じように日本から迷い込んでしまった人物がいたことに少し喜んだ。その人物の苦労を思うと尊敬さえする。
「あの、これお借りしてもいいでしょうか?必ず返しますから」
ドイルは少し考えて頷いた。
「私には設計図や配線図は読めても、後ろのイトさんの言葉は読めません。だからサクさん、読み終えたら私に教えて下さい」
勇作は台車に木箱を載せゴロゴロと歩く。テイは空の一輪車を軽快に押している。
途中何人か、テイのお客さんだろうか話掛けてきて一輪車と台車を見ていった。来週にはギルドに権利を売りに行くから、出来るだけ見せびらかして帰るようにとドイルには言われているのでテイと勇作は笑顔で対応した。
「ふう、ちょっと時間がかかっちゃったね」
テイが笑いながら言う。ドワーフの集落までゆっくり歩いても1時間かからないのに、1時間半もかかってしまった。
「ああ」
普段畑と家で、人とほとんど接点のない勇作は愛想笑いに疲れていた。
「今日はこれ見ててもいいかな」
勇作は木箱を指差して言うと、テイはキュウリに似た野菜のキューバを齧りながら「いいよぉ」と答えた。
「じゃあ、このネコちゃん、小屋にしまっとくね」
「ありがとう」
「でさ、出費もなく手に入れたし、今日の夕飯は飯屋にでも行こうか」
「いいね、でもお金は大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。この前の金貨がまだ1枚残ってるし、いつも野菜を買ってくれる飯屋のおかみさんがいてね、たまには食べに行かなくちゃ」
「そうか、商売にはそういうことも大事だもんな」
テイは一輪車を押して家の裏に行った。勇作は台車を押して部屋に入った。
部屋の隅に台車を置くと木箱を開けて丁寧に木板を並べていく。全て出し終わると、部屋の床いっぱいに木板が並んだ。木板は作成された順に入っていたようだ。
「板の大きさが全部揃ってる。書きつけた順になっているようだし。この伊藤さんて人はキッチリした人だったんだなぁ」
下に入っていた木板は木炭で書かれていて、あちこち掠れている。裏表木炭で書かれ、時間が経っているのもありなかなか判別がしづらいが、日本語で書かれているのがわかった。図面や配線図は箱の上の方に入っていて、下は構想や愚痴が書き込まれていた。また上の方に入っていた図面や配線図は消えないようにしたのか、木を削って書いてある。
勇作は1番底の端に入っていた木板を見る。裏表木炭で書かれていて大分擦れて消えている。
勇作は文字と読めない字間を眺めて考える。
こわい 戦う う嫌だ 何か のを 作る
「魔獣?テイやヒューは魔獣がいると言っていたが、怖いとか戦うとかそこまでのものはこのあたりにいないはず。時計塔があって、結界の役目をしていると言っていたし、時計塔を作った過程がここにある」
勇作は独り言ち裏を見た。
電 波 音 モ ート音 電気
真ん中の下部分に大きく【電気】と書いてあり丸で囲んでいる
勇作はストンと気付いた。
「そうか電気か」
ここには電気が無い。冷蔵庫も魔石で動いていた。伊藤さんは何か対策を考えたが、電気がないことで行き詰ったんだろうと。
箱の中程の部分にあった木板はおそらく部品の設計図で、図には寸法と思われる数字が書き込んである。裏面にはその部品の材料と作成時の注意事項まで記載してあった。
「そうか部品も1つ1つ作ったんだ」
勇作は伊藤さんの苦労を思う。修理やメンテナンスが必要になるからこそ、部品の設計図まで残したということだろう。
勇作はため息をついた。
「これは俺一人が何とか出来ることじゃない」
窓の外をみるともう夕方の日差しになりはじめていた。
「いけない。水やりにいかないと」
勇作は広げた木板を丁寧に木箱に戻した。
「サク、どうしたの?食欲がないの?」
飯屋で食事をしていると、テイが勇作の顔を見て聞いた。
「あ、いやそうじゃないんだ。ただちょっといろいろ考えちゃって」
「そっか、じゃとりあえず今はご飯を食べよう。あとで一緒に考えようよ」
「そうだな」
テイはさすがに若いだけあって食べる量も勢いも勇作と違う。あっけにとられながらも勇作は食べる。
トマトのような実を食べると勇作は目を見開いた。
「これ、甘味がすごいな」
「ふふん、そうでしょ。オレが買い付けてきたんだ。ちょっと遠くて大変だったけど美味しいから」
「テイは凄いなぁ。商才があるんだな」
「サクと一緒に畑を始めたでしょ。父さんの畑の様子とか思いだしたりしてなんとなく美味しい野菜が獲れそうなとこがわかるようになったんだ」
テイが嬉しそうに話すが、今度は小声になって勇作に言った。
「父さんの作ったポメトはね、実はもっと甘くて、根も甘味があってホクホクだったんだ」
「そうなのか、そんな野菜を作らなきゃならないってかなり厳しいな」
「サク、期待してるね」
「頑張るよ」
勇作は引きつった笑いで答えた。
帰り道2人で歩く。
「テイ、今度町に行くのはいつ?」
「特に決まってないけど、いつでもいいよ。あぁ、でも行くなら村で野菜を仕入れてからかな。あとはあの草が乾燥してからかな」
「そうか」
「何?なにかあった?」
「旦那様とお会いして話をしたいなって思って。また話をしようって言われたけど、真に受けて会いにいってもいいものかと」
「えっ、いいんじゃない。なんでダメなの?」
「社交辞令、ていうかなんというか...」
「行ってみてダメなら帰ってくればいいのに」
「そんなもの?」
「うん、そんなものでしょ」
勇作はテイの和やかな顔に安心した。
「明後日くらいならあの草も乾燥してるし、行く?行くなら明日村で野菜の仕入の話をしてくるよ」
「そうか、じゃあ明後日行ってみるか」
「そうだ、途中に床屋があるから早目に出て寄ってから行きなよ。鬚をあたるのが上手いらしいよ」
「そうか、そうだな。結局床屋にはまだ行ってないし」
「そしたら後から野菜を持って追いかけるから。そうだネコちゃん使っていい?」
「いいけど、ネコより台車の方がいいんじゃないか?」
「使っていいの?」
「いいさ、そのために作ってもらったんだから」
「そっか、台車ならいつもの倍は持っていけるね」
ニカリとテイが笑った。




