ポイ草とベーコンのサラダ
「ただいまぁ、て誰もいないし」
体調がすっかり回復したダリは家に帰ってきた。そのまま家の裏にまわると勇作が草取りをしていた。
「ただいま!」
ダリが声を張り上げて言うと、勇作が振り返った。
「おお、おかえり」
「何してるの?」
「草取りだよ」
勇作は立ちガンナで草取りをしていたが、ダリは立ちガンナを見るのは初めてだ。不思議そうな顔をして立ちガンナを見るダリに、勇作は草取りをして見せた。
「へー、そんな風に使うんだ。なんだか畑の中で棒を振ってるなぁって思ったんだ。そういえばお屋敷の庭師のおじいちゃんも、畑で棒を振ってた」
勇作は先日作ってもらったばかりなのに、もう出回っていることに驚いた。
(奥方もなかなか仕事が早い)
そう思うとクスリと笑った。
「あっそうだ、そろそろポイ草が育ってきたよ」
勇作が言うとダリは目を見開き、ポイ草の畑を見て駆け寄った。
「うわぁ、すごいすごい、いっぱいある!」
大喜びのダリを見て、勇作は目を細めた。
「テイが、姉ちゃんが好きだからって毎日様子を見て世話をしてるんだよ」
勇作の言葉は聞こえていないのか、ダリはポイ草を眺めてニコニコしている。
「ねえねえ、この辺の大きいところならもう取っていいかな?」
ダリが言うと、勇作はカンナを持ってきて根を掘り返した。
「えっ、なにそれ」
「これは、こうやって根っこを掘り返すことが出来るし、土を撫でるようにすると土の上の部分だけとれるんだ」
「やりたい!」
勇作はダリにカンナを渡した。ダリは面白そうにポイ草を取り出した。
「ちょっと、待って待って、大きいとこだけにして」
「えー、こういう小さいのはそのままで食べるのがいいのに」
ダリは不満顔だ。
「いや、でも今は取るのが楽しくてやってたでしょ」
ダリはいたずらがばれた小さい子供のような顔をした。
「あれ?姉ちゃん?」
「テイ、おかえり」
「まさか、クビに」
「なってない!」
テイはホッとした顔をした。
「テイ、まさかホッとした?」
テイは気まずそうな顔をして目をそらした。
「まあ、まあ、せっかく姉弟揃ったしポイ草を食べようか」
勇作が言うとテイは黙って微笑み、ダリはニッコリ笑って取ったポイ草を集めた。
ダリは走って桶とザルを持ってくると、取ったポイ草を桶に入れ上からザルをかぶせて井戸に行った。井戸の水を汲み、桶に入れるとポイ草をザブザブ洗う。一通り洗うとザルに移す。
「あっ忘れてた」
ダリは台所に行き包丁を持ってくる。
桶を一度水で濯ぐと、根っこに十字に切り込みを入れたポイ草を放り込む。母親がいなくなってから家のことをしてきたので手際がいい。全部入れ終わるともう1度桶に水を入れ根っこの部分を重点的に濯ぐ。
「流石、手際がいいね」
「ふふん、でしょう」
ダリは自慢げに鼻を鳴らした。
すすぎ終わったポイ草はザルに入れ、桶にザルごと入れて台所に行った。
テイと勇作は井戸で手足を洗い家に入る。家の中は既にベーコンが焼ける匂いがしていた。
2人が入って来たのを見て、ダリは指示を出す。
「テイ、パンを切って。サクはお皿を運んで」
勇作が運ぶように指示された皿は少し深めの大皿で、中にはポイ草の葉の部分が山盛りに入っていた。
「これ、見た感じちぎっただけだけど運んじゃっていいの?」
「いいよぉ、でもまだ食べないでね」
ダリはご機嫌で台所に立っている。
「姉ちゃん、パン切れたから持ってくよ」
「うん、こっちももう出来るから座って」
2人が席に着くとダリがフライパンを持って来た。フライパンの中身を皿の中のポイ草に回しかけた。ジュワっと音がすると、フライパンの中身がかかったところがシナシナになる。
「さあ、どうぞ」
「「いただきます」」
ダリは急ぎフライパンを台所に戻して席に着いた。
「うん、美味しい」
「姉ちゃんこれ好きだよね」
「うん、これは美味しいポイ草じゃないと美味しくないんだよ」
「さっき何をかけたの?」
「あれはベーコンを小さく切って多めの油でカリカリに焼いて油ごとかけただけ」
(ポイ草はやっぱりほうれん草のようだな。ただほうれん草よりアクがないから食べやすい)
勇作は味と作り方を考えながら食べていた。すると隣からすすり泣く声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、ダリが涙を流しながら食べていた。
「姉ちゃん、どうしたの?」
「ダリちゃん、ポイ草美味しくなかった?」
男2人はただオロオロするばかりで、どうしていいかわからなくなった。
ダリは首を横に振った。
「・・美味しい。このポイ草美味しい。お父さんのポイ草みたいに味が濃くて美味しいの」
ダリの言葉を聞いて2人はホッとした。
「もう早く食べなよ。全部食べちゃうよ」
テイが言うとダリは「ダメ!」と叫ぶと手で顔をこすり猛然と食べ始めた。
勇作はそんな2人を微笑ましく見ていた。その視線に気付いたダリはニッコリ笑って勇作に言った。
「サク、ありがとう。美味しい野菜を作ってくれてありがとう」
ダリのその笑顔が娘の小さい頃と重なって、今度は勇作が涙ぐんでしまった。
「うん、もっと美味しい、いろんな野菜を作るように頑張るよ」
「楽しみにしてる」
ダリはそう言ってまた笑った。
夕食はポイ草のグラタン。緩めのホワイトソースをかけてチーズをのせて焼いた。ポメトの実が2個赤くなっていたので、勇作はそれを取って来た。テイは山間部から買って来たシューシャというキャベツのような、レタスのような野菜を出してきた。
「たまにはマヨネーズが食べたいなぁ」
勇作はポメトの実とシューシャを見てこぼした。
「何それ?」
テイはしっかり聞いていて興味を持った。
「野菜につけると美味しいんだよ」
「えー、食べてみたい」
「アタシもー」
「うーん、作るか」
勇作は小屋に行き針金を持ってきた。50センチほどに切ったものを6本作り、U字型にしてまとめると根本をギリギリと縛った。
「急ごしらえだけどこんなもんでいいか」
「それ何?」
「泡立て器だよ。今度ちゃんとしたのを作ってもらおう」
勇作はボールに卵の黄身と塩、酢を入れてグルグル混ぜる。混ざったところで少しずつ油を入れる。分量は適当だ。ダリとテイはその様子を見ていた。
「アタシもする!」
ダリが勇作に代わってグルグルしていると、テイも「オレもオレも」と面白がってやってくれたのでなんとか出来た。
切ったポメトの実と刻んだシューシャにかけて食べる。
「「美味しい」」
ダリとテイは初めて食べる味に感動している。
「美味しい野菜はそのままでも美味しいけど、たまにはこんなのもいいんじゃないか」
うんうんと頷きながら食べる2人を見て勇作も久しぶりのマヨネーズを堪能した。
「残った白身はどうするの?」
「明日の朝変わったオムレツを作るから楽しみにしてて」
ダリに聞かれて勇作は答えた。
「ねえ、これって日持ちするの?野菜にかけるだけ?」
テイが聞いてくる。
「消毒した瓶に入れて冷やしておけば2、3日は保つと思う。これパンに塗って焼いても美味しいんだよ」
勇作は嬉しそうに言うと、テイが少し残念そうに言った。
「冷やさなきゃいけなくて、あんまり日持ちしないなら売れないかぁ」
勇作はテイの言葉を聞いて焦って聞いた。
「生活大変なの?オレどこか働きに出たほうがいい?」
勇作が心配になって聞くと、テイが首を横に振って笑って言った。
「こんなに美味しい物みんなに食べてほしかったんだ」
「そうか、なら今度メリルのとこに持って行こうか、世話になったし」
勇作が言うとテイは頷いた。
「それならアタシもお屋敷に持って行きたい」
ダリがいうと、勇作はそれを理由にすればお屋敷に行きやすくなると思い、食後にまた作ろうと提案した。
ダリとテイの母親が色々と保存食を作っていたそうなので、小屋には空き瓶は沢山ある。
鍋に湯を沸かしてその中に空き瓶と蓋を入れて少し煮る。瓶を取り出したら水気が切れるようにさかさまにして乾かす。
勇作が瓶を消毒している間に、ダリとテイは卵を割って白身と黄身に分ける。ダリは料理上手なので流石に上手に分けるが、テイは殻が入ったりしていた。
家にあった卵1個残して、5個をマヨネーズ用に分けた。あとは3人で交代しながらグルグル混ぜる。
出来上がったマヨネーズを4個の瓶に分ける。
「片付けはやっておくから風呂に入って休むといい」
勇作が言うとダリはすんなり風呂に行った。
片付けが終わった頃ダリが風呂から出てきた。
テイが風呂に行くと勇作はダリに話しかけた。
「あの、ダリちゃん。明日お屋敷に帰る時、オレも連れってくれないかな?」
「いいけど、なんで?」
「この前旦那様にまた話をしようって言ってもらってて、相談したいことができたんだ。マヨネーズも渡したいし」
「わかった。でも旦那様はいつも忙しいからゆっくり話は出来ないかもしれないよ」
「うん、それは大丈夫。テイも草が乾燥したから明日持って行ってもいいって言ってたし」
ダリはニッカリ笑って言った。
「じゃあ、明日は3人で町に行くんだね。3人なの初めてで楽しみ」
朝になり勇作はひたすら白身を泡立てる。最後に残った1個も入れて泡を潰さないように混ぜたら、バターを溶かしたフライパンに流し込む。蓋をして火が通るのを待っている間にパンを切る。
卵が固まったらひっくり返して焼く。
「「おはよう」」
卵が焼きあがると、ダリとテイが起きてきた。
勇作はテーブルの真ん中に大き目の平皿を出し、その上に卵をフライパンから滑らせた。
初めて見る形状の卵料理に2人の目は釘付けだ。
「白っぽいけどふわふわ卵のオムレツだよ。食べてみて」
2人はスプーンですくって口に入れると驚いた顔をした。
「卵だ」
「卵だね」
「「美味しい」」
「よかった。気に入ってくれた?」
二人は食べながら首を縦に振った。
「また帰って来た時、作って」
「オレもまた食べたい」
「そうか、じゃあ今度は泡立て器をメリルに作ってもらわないとね」
勇作は笑った。




