キースの決心
ダリの熱が引いた翌日は旦那様の指示により小屋で1日休息をとらなければならなかった。
ダリ本人はもうすっかり体調も回復していたし、なんせジッとしていることが苦手だった。だが旦那様に薬の副作用があっても困る、と言われ従うしかなかった。
休息の朝、ハンナが朝食を持ってきてくれた。卵と牛乳を溶いた液に浸してから焼いたパンと果汁のジュース。
「すごい、朝から豪勢ですねぇ」
「早く良くなってもらわないと、アタシもつまらないからね」
ダリが感嘆するとハンナは笑ってそう言って小屋から出て行った。
ダリが朝食を平らげ、小屋の小さな台所で食器を洗っているとドンドンとノックというには烏滸がましいほどの音で戸を叩かれた。ダリが小屋の戸を開けるとキースが立っていた。
「ダリ、学校行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
キースはダリの顔色を見て笑って走り出した。その後ろをメイド長が追いかけている。メイド長は振り向いてダリに言った。
「早く良くなってもらわないと私の体がもちません」
「あ、はい、すみません」
ダリの言葉が聞こえてたのかはわからないが、メイド長はゼイゼイとキースを追いかけて行った。
メイド長を見送っていると旦那様がやって来た。
「おはよう」
「おはようございます」
「体調はどうだい?」
「すこぶる元気です」
ダヒューズはその場で軽く診察をしてダリに言った。
「夕方また診察にくるからね。その時何も問題がなければ仕事に復帰してもらおうか。でも今日は1日大人しくベッドで休んでいなさい」
「はい」
ダヒューズが病院の方向へ歩いていくのを見送り、ダリはベッドに横になった。
「暇だ」
ダリは窓の外を見る。井戸の横では洗濯物が風に棚引いている。小屋の横の菜園には庭師のおじいさんが何やら棒みたいな物を小さく振りながら畑で作業をしている。
「あれなんだろう。今何を作っているのかなぁ」
ダリはまたウトウトと眠った。
ダリが目を覚ますとキースが顔を覗き込んでいた。
「おお」と声を上げるとキースの後ろからハンナの笑い声が聞こえた。
「坊ちゃん。驚かしちゃダメですよ」
「ダリ、ただいま」
「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
キースは頷くとダリから離れた。
「ダリ、食器を洗っておいてくれてありがとう。お昼は置いとくね」
ハンナはテーブルの上に昼食を置いた。
「さ、坊ちゃま行きましょう」
ハンナがキースに声をかけるとキースは大人しくハンナと一緒に小屋を出た。
昼食はミルクの入ったトロリとした野菜たっぷりのスープとパンだ。
ダリはパンをちぎり、スープに浸して口に放り込む。
「うーん、美味しい」
食べ終わり食器を洗い、またベッドで横になる。窓の外を眺めているとまるで自分だけ時間の流れに置いていかれたような気になる。ダリはウトウトして軽く眠り、目が覚めると窓の外を眺めていた。
夕方になりダヒューズが診察に来た。後ろにはキースがいて、ドアの外には執事が立っていた。
「何か変わったことはないかい?」
「ないです」
「食欲は?」
「とてもあります」
握り拳を作ってダリが答えると、執事が少し吹き出した。
「仕事は戻れそうかな?」
「はい。今からでも」
「明日からでいいから」
キースがダヒューズの後ろから顔を出して言った。
「あと、これを渡すのを忘れていたよ。今まで気付かなくてすまない」
ダヒューズは小さな布袋を渡してくれた。
「なんですか、コレ?」
中を見ると半透明の水色の小さな魔石がいくつも入っていた」
「水の魔石だよ。水は井戸から汲んで溜めているんだろう?ここには小さいけれど風呂もあるから、これを使うといい」
「いいんですか?」
「ああ、無くなったら言いなさい。具合を悪くさせてしまって申し訳なかった」
「いえ、旦那様ありがとうございます」
ダヒューズとキースは小屋を出て行った。
ダリはベッドに寝転び魔石を1つ摘まんで眺めた。
「キレイだなぁ、じゃ、早速使っちゃお」
ダリは風呂場をザックリ掃除をすると、風呂の中に水の魔石を落とした。すると魔法陣が底に広がり水がが湧いて出る。しかも温かい。
「おお、便利」
ダリは初めて見るその様子を見て感心した。その日はゆっくりと風呂に入り、そのまま風呂場で洗濯と掃除をした。こざっぱりとしたダリはお茶を淹れ、飲もうとしたところでハンナが夕食を持ってきてくれた。
「もういいみたいだね」
「はい、すっかり元気です。忙しいのにありがとうございました」
「いいって、旦那も息子もダリちゃんの食べっぷりが見れなくて寂しがってたからね。様子を見てこいってうるさかったんだよ」
「明日からまたお邪魔しますね」
「はいよ」
ハンナが出て行くとダリは夕食を食べる。
チキンの香草焼とサラダ、丸パンが2つ。チキンは皮がパリッと焼かれていて、切るとじんわり肉汁が出てくる。付け合わせの芋もホクホクで、所々チキンの旨味を吸っている。丸パンもフカフカでじんわりと温かい。サラダはちぎったレタスにポメトの実が添えてある。
「美味しい。チキンもパンも美味しい。サラダも美味しい」
サラダを食べながらツーッとダリの頬を涙が流れた。
「お父さんの野菜、美味しかったなぁ」
ダリはポツリと呟き、そのまま無言で食事を平らげた。
同じ頃、屋敷の食堂ではダヒューズ一家が夕食を取っていた。
食べながらキースはチラチラと父を見ていた。執事はその様子をそっとダヒューズに伝える。
食後のお茶をメイド長が給仕していると、ダヒューズはキースに問いかけた。
「キース、どうしたんだい?何か話があるのかい?」
ダヒューズに問われて、キースは下を向いた。何かを口ごもったが、顔を上げるとダヒューズの目を見て言った。
「父様、ボクは父様のような医者になりたい」
その言葉にダヒューズは目を見開き、妻は目を輝かせた。
「キース、前に植物や小さな生き物が好きだからその勉強をしたい、って言ってなかったかい?どうして気持ちが変わったのか教えてもらえるかい?」
キースは小さく頷くと話し出した。
「ダリの具合が悪くなったとき、ボクは何も出来なかった。
ダリが死んでしまうかと思った。
ハンナのようにご飯をあげることも、父様のように具合をみることも、お薬をあげることも出来なかった。
ボクも父様のように助けてあげることが出来るようになりたい」
キースの母はそれを聞いて感動していた。将来は医者になってほしいと思っていたが、夫のダヒューズはキースの望むことを応援しよう、と言っていたので口には出来なかった。だが今、キースのは医者を望んでいる。貴婦人然とした顔を取り繕ってはいるが、心の中は小躍りしている。
逆にダヒューズはいたたまれなくなった。キースが言い出したことの原因はダリの具合が悪くなったことだ。だがその具合が悪くなったきっかけを作ったのは自分だから。
「そうか、目標が出来たのはよかった。キースが頑張るのなら父様も母様も応援するよ」
ダヒューズの隣の席で、妻は微笑んで頷いている。
キースは強張らせた顔を少し緩ませた。
「ただ覚えていて欲しい。医者は神様じゃない。必ず助けられるわけじゃない。いや、もしかしたら助けられないことのほうが多いかもしれない。それがどんなに大切な人だったとしてもだ」
「父様でもそんなことがあるんですか?」
キースが少し悲しそうな顔になって聞いた。
「ああ、時々自分の無力さが嫌になることがある。でもキース、目標を持つことはいいことだ頑張りなさい」
「はい」
キースはそういって席を立った。
「あなた、どうしてキースを諦めさせるようなことを言ったんですか?」
ダヒューズが席を立った時、妻のナターリエが聞いた。
ダヒューズは一呼吸置いて答えた。
「私のせいで、キースに夢を諦めて欲しくなかったんだ」
そう言ってダヒューズは力なく笑った。




