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美味しい野菜が食べたいです  作者: 熊沢五月


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15/21

キースの能力

ダリがネズミの観察を始めてから一か月が経った。

今のところキースが何かを聞いてきたり、問い詰めてくることはない。

キースがベッドに入り、就寝の挨拶をするとダリは一旦解放される。本当ならそのまま小屋に戻りダラダラ過ごすところだが、上級学校に行くためダリはそっと旦那様の研究室に向かう。研究室の前には執事のハリルがいる。

ハリルは研究の件が表沙汰にならないように見張りをしているのと、病院に急患が来た時にダヒューズに知らせるために待機している。


ダリがネズミに餌と水をやっていると研究室のドアが叩かれた。

「旦那様、急患です」

ハリルの声がする。

「わかった」

ダヒューズは急ぎドアの手前で白衣を脱ぐとダリに言った。

「ダリ。今日は餌やりと水の交換が終わったらもういいから」

「はい、ありがとうございます」

ダリの返事を聞いたのか聞いてないのかダヒューズは研究室から出て行った。


ダリが17番のネズミの水を交換しようとしたとき、ぐったりとしていたネズミがダリの手を齧った。

「痛っ」

とっさにダリは手を引っ込めた。ネズミはまたぐったりとして動かない。ダリはネズミの餌と水の交換を続け、残りのネズミの餌と水の交換を終えると、出入口の横にある水場で手を洗い白衣を脱いだ。白衣を壁に掛けて部屋を出る。

ダリが入ることのない病院側から女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。ダリが研究室に出入りするようになって、急患が来たことは何度かあった。いつもなら邪魔にならないように、そっと小屋に戻る。

ダリが何気に病院側を見ると、ベッドの上には濡れそぼった老婆が真っ白い顔で寝ていた。そこに縋りつくように女の人が泣き叫んでいて、傍らには男の人がジッと立っていた。


「お母さん、どうして。どうしてこんなことを」

女の人が泣きながら発しているのは、老婆にだろうか、ただ単に思っていることが口に出ただけだろうか、ダリは気になり思わず立ち止まると執事が病院側の通路とダリの間に立った。

「今日はもう大丈夫ですからお休みなさい」

執事が笑顔でダリに言う。その笑顔は有無を言わせない圧があった。

「はい、では失礼します」

ダリは病院の様子が気になったが、ペコリと頭を下げ小屋に戻った。


ダリは小屋に戻っても老婆の白い顔と女の人の泣き叫ぶ声が気になっていた。お湯を沸かしている間に軽く小屋の中の掃除をする。湯が沸くと体を拭き着替えてベッドに入る。気にしないようにしようと思えば思うほど目には老婆の顔と女の人の声が蘇ってくる。

「どうしてあんなに濡れていたんだろう。何かあったんだろうか」

結局なかなか寝付けず、眠っても何度か目を覚まして結局朝になってしまった。



「ダリ、今日は休め」

気を取り直していつものようにキースの部屋に行き、起こして着替えをさせる。自分では同じようにしているつもりだったが、キースには休むように言われた。

「今日はなんだか変だ」

「変だと言われましてもいつも通りですが」

「違う」

キースは断言すると部屋のドアから顔を出してメイド長を呼んだ。

「おーい、ばあやー」

「坊ちゃま、私はメイド長であってばあやではありません」

メイド長が足音もたてず素早くやってきた。

「ダリがなんか変だから休ませる」

「坊ちゃま、私は大丈夫です」

メイド長はダリの顔を覗き込みマジマジとみた。

「目の下に隈がありますね。あといつもの覇気ががありません。熱は無いようですが」

「今日のダリは面白くないから休みにしろ」

「わかりました」

メイド長は小さくため息をついた。

「私は大丈夫ですから」

「朝の着替えは終わってるし、1日くらい掃除はしなくてもいい。大体着替えくらいもう一人で出来るし、風呂だって入れる」

「そういうわけにもいきませんし、学校に一人で行かれるのも」

ダリが反論するがキースは聞いてくれない。

「学校は行きと帰りだけばあやが来てくれればいい」

「わかりました。ダリ、坊ちゃまがおっしゃっているのでお休みです」

「じゃあ、お部屋の掃除を終わらせたら部屋に戻ります」

「掃除はしなくていいってさっき言った」

キースがそういうとダリはメイド長に部屋から出された。


ダリは使用人用の階段を降り裏口に行った。厨房の前を通るとハンナが顔を出した。

「あら、ダリちゃんどうしたの?」

「今日は休めって坊ちゃまに言われて」

「そういえば今朝はパン1切れとスープを1杯しか飲まなかったね。食べるのも時間がかかったし」

「そうでしたっけ?」

「なんか元気が無いな、とは思ったけど。坊ちゃまがそういうなら休んどきな」

「うーん、自分ではなんともないんですけど」

するとハンナは声を潜めてダリに言った。

「坊ちゃまは小さい頃から勘が鋭くてね。

前にも珍しく学校に行きたくないって言ったことがあって1週間くらい休んだんだけど、その1週間の間に質の悪い風邪が学校で流行ったことがあるんだよ。

あとはやたらと坊ちゃまに嫌われたメイドがいてね、そのメイドは手癖が悪くてクビになったり。

アタシも急に親のことを聞かれたことがあって、なんだか心配になって実家に行ってみたら母親が具合を悪くしてたりしてさ。

だからダリ、坊ちゃまの言うことは聞いときな。あとで、スープとパンを多めに持ってってやるからさ」

ハンナに背中を叩かれダリは小屋に戻った。


小屋に戻ると着替えてベッドに横になった。

ダリはキースとハンナに言われたことを思い出していた。

「なんともないと思うんだけどなぁ」

ダリは昨夜の寝不足もあり気が付くと眠ってしまっていた。

妙な寒気で目を覚ますと時間は既に昼になっていた。テーブルの上にはハンナが持ってきて置いていってくれたのだろう、小鍋にスープとダリの好きなウインナーとオニオンを挟んだパンが3個載っていた。いつもなら見ただけでお腹が要求してくるのに今は反応がない。

もう夏が始まっていて外は明るい陽射しで眩しいくらいなのにゾクゾクする。

「うー、なんか寒い」

ダリは上掛けを肩から被り、ほんの少しお湯を沸かしてカップに注ぎ、椅子の上に丸まってゆっくりと飲んだ。

「少し温まったけど、なんだか体がフワフワする」

ダリはぼーっと窓を眺める。

「ここにきてこんなにゆっくりするの初めてだなぁ」

そのうち窓枠がダリには歪んで見えてきた。

「あれ?なんかおかしいかも」

ダリは転がり込むようにしてベッドに潜り込んだ。

外ではキースの声が聞こえる。

「ああ、坊ちゃま、もう帰ってきたんだ。旦那様を呼んでいるなんて、坊ちゃまは旦那様のことが大好きなんだなぁ」

ダリは独り言ちるとそのまま意識を手放した。


ダリはダヒューズとキースの声が聞こえたような気がして薄っすらと目を開けた。

ベッド横に白衣を着て口布をしたダヒューズがいた。

「ダリ、口を開けて舌を出して」

ダリは言われるままに口を開けた。ダヒューズは下瞼をめくる。耳の下、首に手を当てる。ふと横を見るとブカブカの白衣を着て口布をしたキースが見えた。

ダヒューズはダリの右手の中指に傷口を見つけた。

「ダリ、この傷はどうしたんだい?」

ダヒューズは小声で聞いてきたのでダリは小声で答える。

「17番に昨日齧られました」

「そうか」

ダヒューズは何かを考えている。

「父様。ダリは?ダリは大丈夫なの?」

「ダリは昨日小さなケガをして、運悪くそこから悪いばい菌が入ったようだ。今ダリの体はばい菌と戦っていて熱が出ている。他の人に移ることはないが、体を休ませることが一番の薬だ」

「ダリはどうなるの?」

「ダリの体力次第になる。キース、よく早く気が付いたな。ダリが無理をしてたら体力も削られていただろう。きっと大丈夫だ」

ダヒューズは小屋の前にいた執事に何かを指示し、キースを小屋から出した。そして小屋の小さな台所でお湯を沸かし始めた。

執事はお茶のポットとカップを持って戻ってくると、ダヒューズはそれを受け取った。

お湯が沸くとポットに乾燥した何かを入れお湯を注ぐ。それをカップに入れダリの前に持ってきた。

「ダリ、これを飲めるかい?」

ダリはゆっくりと体を起こし、差し出されたカップを両手で受け取った。熱があり思考がぼやけているが、寒気がして喉が渇いているダリは少しずつそれを飲んだ。

ダヒューズはダリが飲み終わるのを確認して、ポットとカップを執事に回収させる。

「ゆっくり休みなさい。また後で様子を見に来る」

ダリがベッドに横になるとダヒューズは小屋を出た。小屋の外には心配そうな顔でキースが立っていた。

「今はゆっくり休ませてあげなさい」

ダヒューズはキースの背中を押して一緒に屋敷に戻った。


ダリがカップの中身を飲み干しベッドに横になると、喉から腹がカッと熱を持ったように熱くなった。そしてその熱は体の隅々まで広がっていく。冷たく震えていた足先や指先が熱を持っていく。目を閉じてジッとしているのに頭がグルグルとかき混ぜられるような感覚。ダリは必死で耐えているうちに沈むように眠った。


目が覚めると既に夕方だった。冷たかったり熱かったりした足先や指先はいつも通りで、グルグルとした視界もはっきり見える。首だけを動かして横を見るとキースが泣きそうな顔で椅子に座っていた。

「坊ちゃま」

「ダリ、目が覚めたのか?具合はどうだ?」

ダリはむっくりと上半身を起こした。首を捻り、手を閉じたり開いたりしてみる。妙な寒気もない。

「なんともない、です」

さっきまでの泣きそうなキースの顔は笑顔になり、椅子から飛び降りると外に飛び出した。

「父様、ダリが起きました。ダリは元気です!」

すぐにダヒューズがキースと一緒に小屋に入ってきた。

「旦那様。あの、私は...」

ダヒューズはベッドのところまでやってきた。

「少し診察させてもらうよ。口を開けて舌を出して」

ダリは言われた通りにする。ダヒューズは喉を覗き、下瞼をめくり、耳の下、首を触る。

「すごい回復力だ」

ダヒューズは関心したように呟く。

「キース、ダリと少し話があるから出ててくれないか?」

「すぐ終わる?」

「ああ、すぐ終わる」

キースは小屋の前に立つ執事に渡された。

ダヒューズはダリのところに戻ると頭を下げた。

「ダリ、申し訳ない。ネズミの世話をするときには手袋をするようにと指示をしなかった私の責任だ。君には耐性があるから大丈夫だろう、と勝手に考えていた」

「旦那様、あのどういうことでしょうか?」

「君は17番のネズミに齧られて、その傷からネズミの持つばい菌が入ったんだ。それで発熱した」

ダリはダヒューズの説明を黙って聞いた。

「16番から20番はあの草を食べさせても生き残ったネズミなんだ。多分あの草の耐性を持っている。。でも17番はかなり弱っていただろう?私はあの草で弱っているのかと考えていたが、どうやら何かに感染していたようだ。昨日の夜、あの草の乾燥をお茶のようにして飲ませたら元気になってね。それで君にも飲ませてみたんだ。実験のような真似をしてすまなかった」

ダリはニッコリ笑って言った。

「大丈夫です。おかげで元気になりました。ありがとうございます」

「まあ、念のためあと1日はゆっくりするといい。何かいつもと違う状態になったらいつでも言ってくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

ダヒューズは小屋の外で待つキースと一緒に屋敷に戻って行った。

ダリが大きく伸びをするとお腹がキューっと鳴った。小鍋を火にかけてスープを温める。小屋の前でパタパタと音がしてそちらを見ると、心配で戻って来たのだろうキースがひょっこり顔を出して見ていた。

温まった小鍋をテーブルに置き、パンの入った皿を抱えてダリはキースに言った。

「あげませんよ」

「いらないよ」

キースはニコニコとまた駆け足で屋敷に戻った。

ダリは椅子の上で胡坐をかき、パンとスープをきれいに平らげた。










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