旦那様の手伝い
キースの夕食と入浴の手伝いが終わるとダリは屋敷の南側にある病院の建物に向かった。
屋敷側から入るとすぐに執事が立っていて、すぐ横の扉をノックした。
「旦那様、ダリが参りました」
「ああ、助かる。入ってもらってくれ」
ダリが中に入るとそこは壁全体が棚になっていて、いろいろな色の液体や粉末の入ったガラス瓶が並んでいた。部屋の奥には小さな金属の籠がいくつも並んでいて、中にはネズミが1匹ずつ入っている。入り口横には小さな台所もあった。
「ダリ、手伝いに来てくれてありがとう」
ダヒューズは体をすっぽりと覆った白い服に手袋、頭は白い帽子、口元は当て布をし、大きな眼鏡をしている。
「ここは私の研究室だ。患者さんへの薬の調合もここでしている」
全身を覆われているダヒューズの表情は見えない。
「先ず、手伝いの前に私の研究の話をしよう。そこに座って」
ダリはダヒューズに促されるまま木の丸椅子に座った。
「先ずはあの草についてなんだが、あれはかなり貴重なものでテイ君が持ってくるまではなかなか手に入らないものだったんだ。
無味無臭で料理に混ぜてもわからない毒草で、かなり前に集められて焼却された。その後も見つかれば焼却されたんだが、不思議なもので、その時焼却に立ち会った者達はみんな耐性を持ったんだ。あの草に触るだけでも体調が悪くなっていたのに、耐性を持った者は触るくらいでは何も起こらなくなった。
先日、テイ君が持ってきてくれた時素手で瓶に入れてくれたと聞いてね。もしかして君たち姉弟は耐性を持っているんじゃないかと思ってね。ダリ、君はどうなんだい?」
「私ですか?平気ですよ。食べても平気です」
ダリは平然と答える。
ダヒューズは一瞬息を飲み、目を大きく見開いた。
「あの草は昔から暗殺に使われていたけれど、もし毒性の部分だけを取り出して濃度を調節することが出来れば殺虫剤や魔獣退治に使えるようになるんじゃないかと私は考えているんだ。ただどうしても悪用を考える者達も現れるだろうし、信頼できる者にしかこの研究のことは話せない。
どうだろうダリ、手伝ってもらえないだろうか。もちろん今は仕事を終えたこの少しの時間だけでいい」
「はい、わかりました。でもお手伝いって何をすればいいのでしょうか?」
「先ずはあのネズミ達の世話をお願いしたい」
部屋の奥のネズミの籠には小さな木札が付いているものとついていないものがあった。
「木札が付いていないものはまだ草を食べさせていない。木札が付いているのはどのような状態の物をいつ食べさせたか書いてある。毎日餌と水を与えて、木札が付いているネズミに変化があったら教えて欲しい。目の前で弱っていくネズミを見ることもあるだろうが、大丈夫だろうか」
ダリにとってネズミはせっかく保存しておいた食料を食い荒らす害獣だ。何度も捕まえては処分してきた。ダリは涼しい顔で答えた。
「大丈夫です」
「若い女性にこんなことを頼むのは気が引けるんだが、草を与えたネズミに噛まれたり齧られたりすると毒の成分が体に入ってしまう可能性があるんだ」
「わかりました。あと他には?」
「うーん、いろいろやってもらいたいことはあるが、キースの世話が終わってからだから、今のところはそれでいい。あとは追々お願いするよ」
ダリはダヒューズにネズミの世話の仕方をその日は教わった。中には血を吐いて籠の中で動かなくなっているものもあった。記録用の木札に状態を記入し、籠から出して布に包み木箱に入れる。木箱は執事のハリルに渡せば畑の奥にある焼却場に持って行ってくれるが、小屋の近くなのでダリが持って行くと言った。木箱の焼却は庭師がしてくれているらしい。
「あと今度からこの部屋に入るときは、着ている服に毒の成分が付着しないように、この白い服を上から着てくれ」
「わかりました。でもなんで白なんですか?」
「白なら何か付着したらわかりやすいだろう」
「なるほど」
「あと妻と執事はこの研究のことを知っているし、君が手伝うことも知っているが他には漏らさないでほしい。特にキースは好奇心で中に入り込まれても困る」
「はい、でもそれはとても難しいですね」
ダリは困ったような顔をして笑った。
ダリは小屋に戻り湯を沸かした。桶に湯と水を入れ体を拭く。ハンナがそっと渡してくれたサンドイッチを食べながら考える。
「手伝いなんて何をするかと思ったけど、意外に簡単なことでよかった。ただ坊ちゃまに知られないようにすることが難しいかもしれない。それならばキチンと話しておいた方がいいような気がする。でも何をしているのか興味を持たれてもいけないし。旦那様に相談しておいたほうがきっといいよな」
結局ダリはグルグル考えながら眠ってしまった。
翌日からいつもの毎日が始まる。
ダリは起きると身支度を整え裏口から屋敷に入る。ハンナが用意してくれている朝食を急ぎ食べているとハンナが話かけてきた。
「ダリちゃん、あのハンドクリームっていうの、いいねぇ。ガサガサだった手がサラサラになってきたよ。それで旦那や息子にも使わせたいんだけど高いのかい?」
「うーん、金額はわからないです。試しに作ったって言ってたんで今度聞いてみます」
「頼むね」
「はい」
食べ終わったダリはキースの部屋に向かった。
「坊ちゃま、おはようございます。起床のお時間です」
「うーん、ダリおはよう」
キースは目をこすりながら起き上がった。
「お着換えはどうしますか?」
「適当に出してぇ」
「かしこまりました」
ダリは衣裳部屋に入り並んでいる衣類の手前から取っていく。メイド長から洗濯の終わったものは奥に入れるように指示されているので、出すときは手前から出せばいいと思っている。
キースに着替えを渡しながらダリは掃除の段取りを考える。
(脱いだものとシーツをまとめて、急いで掃き掃除をしたら拭き掃除をして、学校の荷物を用意。まとめた洗濯物を洗濯場に持って行くでいいかな)
ふとダリがテーブルの上をみるとどこかで見たような小箱があった。
「坊ちゃま、この小箱はどうしますか?」
「あっ、それはフログの箱!」
「フログを入れたままにしているんですか?」
「うん、だってかわいいでしょ」
「そうは言っても、箱に入れっぱなしじゃフログもお腹が空いて死んじゃいますよ」
「そうか、そうだよね」
「裏庭には畑があるので、そこに放したらどうです?」
「そうか、そうする。でもいつ行こう」
「だったら、学校に行く前にサッと放してしまいましょう」
「わかった。じゃあいつもより少し早く出るフリをするからな」
「はい、私も急いで片付けをしてしまいますね」
いつもはゆったりと身支度をするキースのが、手早く着替えを終えて朝食に向かった。
「さて、私も急ぎますか」
ダリはいつもの手早さに輪をかけて素早く動いた。メイド長ならきっと手抜きはするなと叱るだろうが、キースの専属になったことで多少の手抜きはキースが見逃してくれている。まあ、子供なので気付かないというのもあるが。
キースが玄関をいつもより早く出る。ダリはキースの荷物と小箱を持って玄関前で待っている。玄関のドアが閉まったのを確認して二人で裏庭にまわる。旦那様の畑には既に庭師がいて水やりをしていた。
庭師は二人を見て話しかけてきた。
「坊ちゃん、今日はどうしたんですか?学校は?」
「学校は行くよ。でもその前にフログを放そうと思って」
キースは庭師に小箱の中身を見せた。
「おや、このフログは白いですね?」
「フログはいる場所で色が変わるんだ」
キースは得意げに話しを続ける。
「じいは赤いフログを見たことある?」
「赤ですか?」
「いやぁ、見たことないですねぇ、それにこの白いフログも初めて見ました」
「あのね、土がアルカリ性だと緑色になって、酸性だと赤くなるんだ」
庭師はキースの言っていることが理解出来てはいないのだろうが、ニコニコとキースの話に相槌を打っている。キースは勇作に聞いた酸性とアルカリ性の話をし始めた。ダリはその様子を見て、放っておくとキースの話は終わらないことに気付いた。
「坊ちゃま、そろそろ行かないと」
ダリが話掛けると、キースは口を尖らせた。
「坊ちゃん、今日のところはこの辺で。またいろいろお話してください」
庭師はキースに言うと、キースは仕方なさそうにフログを畑に放した。
「さあ、坊ちゃま行きますよ」
「ん、わかった。じい、またね」
「はい、またお願いしますね。では行ってらっしゃいませ」
庭師が頭を下げる。キースは裏口の門を抜けると駆け足で走り出す。
「坊ちゃま、急に走り出さないで下さい!」
ダリが走って追いかける。
「ダリ、遅いぞぉ」
キースは笑いながら走る。ダリは少し悔しくなって全力で走りキースに追いついたときは、学校に到着していた。
「さあ坊ちゃま、今日も沢山勉強しましょうね」
「ふん、気が向いたらな」
キースは憎まれ口をたたき、笑って教室に向かった。ダリはいつものようにキースの勉強道具をそろえ、後ろの席でニコニコと授業を聞いていた。




