欲しいものがあります
空はどんよりと曇って肌寒い朝。テイは朝から物置小屋の中でゴソゴソしている。
畑の水やりと見回りという名の草取りを終えた勇作が、物置小屋を覗き込んだ。
「テイ、何をしてるんだ?」
テイは物置小屋の一番奥に積まれている荷物をよけていた。
「今日はいつもより涼しいから、ドワーフのおじさんのとこに行こうと思ってちょっと準備をね」
「何か手伝うことあるかい?」
「あるある、こっちに来て」
勇作は言われた通りテイのところまで来た。物置小屋の奥の床に少し大き目な床下収納庫のような扉があった。テイがその扉を開けると階段があった。
「ちょっとこの中に入ってくるから、この扉が閉まらないように見てて。これ中からじゃ開かないんだよ」
テイの大きな体が器用に小さい入り口の階段を下りて行く。上からでは中がどのようになっているのか見えない。テイに頼まれたからには勇作はその場所から動くことは出来ない。勇作はじっとそこでテイを待った。
テイはすぐに戻ってきた。手には何やらガラス瓶を2本持っている。
「それ何?」
勇作が聞くとテイはニヤリと笑った。
「ふふん、秘密兵器」
「もしかして酒?」
「えー、なんでわかったのぉ」
テイはガッカリしたような顔をした。
「こっちの色付きの瓶はグレプで作ったやつ。こっちは麦で作ったやつ」
「テイはお酒飲むの?」
テイは体が大きいとはいえまだ子供だ。異世界とはいえ子供が酒を飲むことに勇作はあまり好感は持てないし、勇作もあまり酒を飲む方ではない。
「飲まないよ。これは父さんと母さんが元気だった頃に仕込んだんだ。寝かしておけば味も美味しくなるって言ってた」
「なるほど古酒か。それは凄い」
「前にドワーフのおじさんのとこに行った時、母さんが持ってったんだ。だから」
「でもそれを売ったら結構な金額になるんじゃないか?」
「まだ沢山あるけど、売るほどはないかな。それに母さんは大人になったら飲んでみなさいって言ってたし」
「そうか」
今はいないテイ達の両親も子供が大きくなって酒を飲むときに一緒に祝える。母親は確か病気だったと聞いている。もしかしたら死期を悟り酒を仕込んだのかもしれない。勇作はそんなことを考え、一言呟くと涙が溢れてきた。
「えっ、なに?どうしたの」
勇作の様子を見て、テイはオロオロするばかりだった。
ドワーフの集落は村の奥にある結界の端と言われている場所だ。
集落に近付けば近付くほど気温が上がってきた。到着した時には立っているだけでもダラダラと汗が流れ落ちてくる。
端から端まで見渡せるほどの小さな集落の建物の半分は、通常よりも大きく高い煙突が付いていて、そのほとんどの煙突からはモクモクと煙が上がっている。
テイは迷わず集落の入り口から一番近くで煙が上がっている家の戸を叩いた。
「こんにちわー。お久しぶりです。親方、いませんかー」
すぐに扉が開き小さくてふくよかな女性が出てきた。
「あらー、テイちゃん、どうしたの?最近行商に来てくれなかったじゃない」
テイは少し困った顔で頭を下げた。
「すみません。父さんが亡くなって前ほど野菜が獲れなくなったんです」
「あら、そうなの。それは大変だったわねぇ。それで今日はどうしたの?」
「実は親方にお願いしたいことがあって」
「わかった、ちょっと待ってて。すぐ呼んでくるから」
テイと勇作は扉の中に入れてもらいそこで立って待った。
「おお、坊主でっかくなったなぁ。それで狩りに行くのか?それとも冒険にでも出るのか?」
先ほどの女性より若干大きい筋骨隆々の男性が大笑いしながらご機嫌でやってきた。
勇作は鬚もじゃの親方を想像していたが、鬚は無精ひげ程度で髪も肩くらいの髪を1つに括っている。
「やだなぁ、オレ狩りや冒険なんて出来ないよ」
テイは笑って答える。
「ん?じゃあ後ろの細っこいのに武器がいるのか?」
「いやぁ、私も荒事はちょっと」
親方は眉をしかめた。
「おい、あの細かい部品を作り終わったとき、今度は武器が必要になったら来いってワシは言ったはずだぞ」
「そうなんだけど、まだ誰も持っていないものを作ってもらいたくて。そしたら親方しかいないんじゃないかなって思って来たんだけど」
親方は聞く耳を持っていないようだが、テイの言葉に先ほどの女性のほうが反応した。
「まあ、ここじゃなんだからあっちで座っては話そうね。ほらアンタもちゃんと話くらい聞いてやんな」
テーブルに案内され、親方はドカリと乱暴に椅子に腰かけ腕組みをしている。女性に促され向かいの席に座った。親方はそっぽを向いているし、テイはニコニコしているばかり。勇作はいたたまれず下を向いてしまった。
無言の時間を破ったのは先ほどの女性だ。
「はい、お茶飲んで。ほらアンタもそっぽ向いてないで」
親方は渋々こちらを向いて座り直した。
「ワシはもうあんな細かい仕事しないからな」
親方が先手を打ったが女性に頭を叩かれた。
「アンタ子供相手に大人げない。あの細かい仕事のおかげでアンタの腕は上がったし、うちにも時計がきたじゃない」
親方が腕を組んだまま小さく唸っている。どうやら女性は奥方で親方は頭が上がらないらしい。
いそいそと奥方はA4ほどの大きさの木の板と木炭を持ってきた。それをテイの前に差し出した。
「どんなのが欲しいんだい?」
「サク、書いて」
テイはニッコリ笑って木の板と木炭を横にスライドした。
勇作は1枚目の板にカンナと立ガンナの柄を描き、親方に説明した。
「先ずはこの2種類の刃物が欲しいんです。この部分が刃になっていて、持ち手のこの部分は木で作るのでネジ込めるように作ってもらいたいです」
「ほう、変わった形状だな。どんな魔獣に使うんだ?」
「畑の草を取ります」
勇作が答えると親方の眉間が狭まった。
「草?」
「はい、草」
勇作が答えた途端親方の顔が真っ赤になった。
「帰れ!」
親方が怒鳴った、が途端に奥方に後頭部を凄い勢いで叩かれた。
「アンタは草取りの大変さを知らないから」
奥方に怒られ親方は黙った。
「これは便利なのかい?」
「はい、とっても。こっちはかがんで細かい作業向きで、こっちは立ったまま使うので腰が楽です」
「いいねぇ、これを量産して売ってもいいかい?」
「もちろんです」
奥方がニッコリ笑って親方に向かって言った。
「精密な作りでもないし、アンタが指示して見習いに作らせなよ。アタシもこれは欲しいわ。ねっ?」
親方がチラリと絵を見て頷いた。
勇作は2枚目の木の板に一輪車の絵を描いた。
「なんだい、こりゃ。何に使うんだ」
「これはネコ車、一輪車です」
「「猫?」」
親方と奥方の声が揃った。横でテイがクスクス笑っている。
勇作は立ち上がり説明を始めた。
「この部分に物を載せて、この棒のところをこうやって持って運ぶんです」
「そんなの木で作ればいいだろうが」
親方が言うが勇作は首を振った。
「木で作ると強度が足りなくてそんなに重たい物を載せられないんです」
「へえ、重たい物を運べるんだ」
奥方は興味深々で覗き込んだ。
「アンタも材料が一度に運べるよ。手で抱えて何回も往復しなくていいじゃない」
親方も少し興味が出てきたようだ。
「あと出来たらこういうのも作ってほしいです」
勇作は3枚目の木の板に台車を描いた。
「これは?」
奥方が聞くと勇作が答えた。
「これも荷物を運ぶものです」
「それでこれが出来上がって、こっちも同じ物を作ってもいいのかい?」
奥方が尋ねるとテイがにこやかに答えた。
「もちろん。作って使ってもいいし、売ってもいいです。その代わりウチには格安にしてください」
親方が何か考えるように目を閉じて唸った。しばらくそのままの体勢でいたが、顔を上げて奥方に言った。
「おい、メリルを呼んで来い」
奥方はニヤリと笑って立ち上がり奥に入って行った。
「あの頃、仕事がめっきり減った時期だったんで坊主の仕事を受けたが、最近は武器の依頼が増えてな、流石に手が回らないんだ。だからワシが信頼できる奴を紹介してやる。だから今回はそれで勘弁してくれ」
親方が言い終わると奥から奥方が出てきた。
「連れてきたよ」
奥方がニコニコしながら小さな女の子を連れてきた。女の子は憮然とした顔をしている。まさかこの小さな女の子が信頼できる奴なのだろうか、とテイと勇作は固まった。
「もう、せっかくあと少しだったのに」
女の子はプリプリしている。年の頃はキースと同じくらいだろうか。赤い髪を高い位置で一括りにして顔は煤で真っ黒。煤だらけの服にエプロンをしている。
「じいちゃん、何か用?」
見るからに不機嫌に女の子は親方に向かって言った。テイと勇作はじいちゃんと呼ばれた親方と女の子を交互に見比べる。
「コラ、メリル。仕事中は親方と呼べって言っただろう」
女の子は小声で「今は仕事中じゃないし」と言ったのを優作には聞こえてしまった。
「お前の初仕事だ。キッチリやれ」
親方がそう言うと女の子は嬉しそうな顔をした。親方はテイと勇作に向き直って言った。
「ナリはちっちゃいが腕は確かだ。ワシが保証する。この仕事、コイツにやらしてやってくれ。その代わり費用は材料費だけでいい。」
親方が頭を下げた。
「わかりました。親方ありがとうございます。あとこれお礼です」
テイは麦で出来た方の酒をテーブルの上に出した。親方は瓶に目が釘付けだ。
「じゃあアンタは仕事に戻りな」
奥方に言われ名残惜しそうに1枚目の木の板を持って席を立った。
「初めましてメリルです。よろしくお願いします」
女の子はペコリと頭を下げた。
「それでどんな剣を作ればいいの?」
女の子は目をキラキラさせて聞いてくる。
勇作は2枚目と3枚目の木の板を見せながらまた一輪車と台車の説明をメリルにする。メリルは一瞬ガッカリした顔をしたが、頷きながら話を聞いた。
「この金属は何を使う?」
「どんな金属があるか私にはわからないから、お任せしてもいいかな?出来たら丈夫で金額があまり高くないものでお願いしたい」
「あとこの輪っかの部分はどうする?」
「出来たらこの部分は金属じゃなくて弾力性があって頑丈なものがいいんだけど」
勇作は車輪部分を指しながらメリルに答えた。メリルは少し考えて奥方に話しかけた。
「ねえ、ばあちゃんラバルの木の樹液ってまだある?」
「あるけどあと少しだね。足りなきゃまた取ってくれば」
「ああ、うんそうだね」
メリルはテイと勇作に向き直ってまたペコリと頭を下げた。
「この仕事受けさせていただきます。よろしくお願いします」
「ああ、はいよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
テイはニコニコしてグレプで作ったほうの瓶をテーブルの上に置き、奥方に向かって言った。
「奥様、紹介いただきありがとうございます」
奥方はニコニコして瓶を受け取った。
「じゃあメリル。頑張るんだよ」
「はい」
この場で心配そうな顔をしているのは勇作だけだった。メリルは少し考えて立ち上がり奥に入って行ったが、すぐに何かを抱えて戻ってきた。そしてそれらをテーブルの上に並べた。
「これがラバルの樹液。これが鉄、鉛、錫。弾力があるっていうならこのラバルの樹液でいいと思うけど、あんまり強度はないんだよね。なるべく安い金属っていったらこの辺なんだけどどうする?」
メリルは勇作に話しかける。テイは終始ニコニコして座っているので、打ち合わせの相手ではないと理解したようだ。
「これ触っても?」
「うん」
勇作は先ずラバルの樹液を手で触って確める。樹液と言っても既に固まりになっているので、捻じったり伸ばしたりしてみる。
「うん、ゴムだ」
勇作は頷きメリルに話しかける。
「あのメリルさん、この持ち手のところにこれを付けることが出来る?」
「うん、出来る。あと客人、アタシのことはメリルでいいから」
「はい、メリル。じゃあ私のことはサクと呼んで下さい。それでこの車輪の部分なんですけど、やっぱりこれだと強度が足りないです」
「うーん、やっぱりかぁ」
メリルは腕組みをして考える。
「それでですね、これに何かを混ぜることは出来ますか?」
「混ぜる?」
「はい、例えば鉄粉とか混ぜれば強度は上がると思うんです。ただどのくらいの量を混ぜればいいかはわからないですけど。あと台車の車輪は小さいですが、一輪車より強度が欲しいです」
「わかった。いろいろ試してみるよ。あとこの金属部分はどうする?」
「重いものを運ぶことを想定しているんで、やっぱり強度はほしいです。ただ本体自体が重いと意味がないので、鉄が主体で何かを混ぜて軽さを出すことは出来ますか?」
「それもやってみないとわからないなぁ。軽くて強度が必要で材料費が安いかぁ。父さんに相談してみるよ」
「親方じゃなくて?」
「うちの父さん、金属加工の腕はいまいちなんだけど、予算に合わせた材料の選定や合金をつくる腕は一級品なんだよ」
(いくらドワーフと言ったってそれぞれに得意の分野があって当然か。まだ子供の女の子が出てきて驚いたけど、この子はもうすっかり職人なんだな)
勇作は一人納得した。
「時間はどれくらいあるの?」
メリルは勇作に聞いたが勇作は答えられずに、視線をテイに流した。
「早ければ嬉しいけど、特に期限はないよ。また来週来るよ。その時に状況を教えて」
テイはメリルに答えてくれた。
「わかった」
テイと勇作は席を立った。入り口の扉までメリルが見送ってくれる。帰り際テイがメリルに聞いた。
「メリルはまだお酒は飲まないんだよね?」
「うん、私とお父さんはお酒は飲まないよ」
「わかった。今度はメリルに何か持ってくるようにするね」
テイがそういうとメリルの目が見開き、笑顔になった。
「うん、ありがとう。頑張るね」
メリルに見送られてテイと勇作はドワーフの集落を後にした。。




