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サバゲフィールドの賃貸借契約更新業務

賃貸借契約には新規契約と更新契約がある。賃貸に於いてはこれが売上につながるメイン収入だ。

その更新手続きはすんなり更新される場合と、紆余曲折、悪戦苦闘の末の場合がる。

今回の話はテナントの更新で貸主のかなり強引な値上げ要求に苦闘する麻耶、どう折り合いをつけるのか腕の見せ所である。

第七話〈更新業務〉

賃貸業務の中で、地味だが神経を使う仕事の一つに「更新業務」がある。

新規契約のような華やかさはない。だが、既に関係が出来上がっている貸主と借主、その間に立つ管理会社としては、より繊細な調整が求められる。

三ヶ月後の更新対象者リストをチェックしていた麻耶は、ある一件で手を止めた。

「……これは」

思わず小さく呟く。

その物件は、通常の居住用ではなかった。

娯楽施設として貸し出されている物件――サバイバルゲームのフィールドだ。

麻耶自身もよく利用していた場所で、借主とも顔見知りである。

だが問題はそこではない。

貸主の名前を見て、麻耶は軽くため息をついた。

「この人か……」

賃貸に関しては完全な素人。

これまでも何度かやり取りをしているが、相場観が乏しく、自分の感覚で条件を決めがちな人物だった。

嫌な予感しかしない。

麻耶は受話器を取り、貸主へ電話をかけた。

数コールで繋がる。

「もしもし、進藤です。更新の件でご連絡しました」

「ああ、ちょうどいい」

貸主は待っていたかのように言った。

「今回の更新ね、賃料を上げてほしいんだよ」

やはり、と思った。

「どの程度をご希望でしょうか?」

麻耶は慎重に聞いた。

「五万円」

即答だった。

一瞬、言葉が止まる。

「……五万円ですか」

店舗物件とはいえ、その上げ幅は異常だった。

麻耶は冷静に説明を始める。

「近隣の相場や現在の経済状況を考えますと、その金額はかなり高額になります」

「同業の施設も厳しい状況が続いていますので――」

だが貸主は遮った。

「いや、上げてくれ」

「でもですね――」

「いや、上げる」

話にならない。

理屈ではなく、感覚で押してくるタイプだ。

麻耶は一度、言葉を飲み込んだ。

ここで無理に押しても逆効果だ。

「……わかりました。一度、借主様にご意向をお伝えします」

「そうしてくれ」

電話はあっさり切れた。

受話器を置いた麻耶は、椅子にもたれた。

「これは……難航するわね」

借主の顔が浮かぶ。

穏やかで、現実的な経営をしている人だ。

あの人が五万円の値上げを受け入れるとは、とても思えない。

どう説明するか。

どう落としどころを探るか。

頭の中でいくつかのパターンを組み立てるが、どれもしっくりこない。

机の上でペンを転がしながら考える。

だが、いい案は出てこなかった。

「……仕方ない」

麻耶は立ち上がった。

「直接話すしかないか」

車に乗り込み、エンジンをかける。

目的地は郊外の山奥。

そのサバイバルゲームフィールドだ。

三十分ほど走ると、見慣れた看板が見えてきた。

車を降りると、土の匂いと木々のざわめきが迎えてくる。

ここに来ると、仕事で来ていることを一瞬忘れそうになる。

だが今日は違う。

麻耶は管理会社の担当者として来ている。

フィールドの入口で、借主であるオーナーが気づいた。

「進藤さん!久しぶりですね」

笑顔で近づいてくる。

「最近サバゲ姿見えないですけど、どうしたんですか?」

「今年は資格試験があるので、その勉強で」

麻耶は苦笑した。

「そうですか、大変ですね」

オーナーは頷く。

「経営の方はどうですか?」

軽く探りを入れる。

「んー、まぁまぁですけどね」

少し表情が曇る。

「ブームも落ち着いてきてるんで、正直厳しいですよ」

やはり、という感触だった。

麻耶は本題に入る。

「実は……契約更新の件なんですが」

オーナーの表情が少し引き締まる。

「大家さんから、賃料を五万円上げてほしいという話がありまして」

「……え?」

一瞬、理解が追いつかないような顔だった。

「五万円……ですか?」

「はい」

オーナーは大きく息を吐いた。

「それは……無理ですね」

即答だった。

「儲かっていれば別ですけど、現状はとてもじゃないですが」

そして続ける。

「他のフィールドも閉店してるところ増えてますし」

「この状況で値上げは……正直、厳しいです」

麻耶は静かに頷いた。

「やはりそうですよね」

「ないわー」

オーナーは苦笑しながら言った。

「それなら、うちも閉店になりますよ」

冗談ではなく、本気の声だった。

麻耶は少しだけ踏み込んだ。

「もし……少しだけでも上げる余地はありませんか?」

オーナーは首を横に振った。

「絶対無理です」

きっぱりと言い切る。

「そんなに上げられたら倒産します」

その言葉には現実の重みがあった。

麻耶はそれ以上、何も言えなかった。

「わかりました」

静かに答える。

「大家さんにそのままお伝えします」

「お願いします」

オーナーは頭を下げた。

「またご連絡しますね」

フィールドを後にし、車に乗り込む。

エンジンをかけても、すぐには発進できなかった。

ハンドルに手を置いたまま、しばらく考える。

貸主の強硬な姿勢。

借主の切実な事情。

その間に立つ自分。

「……難しいわね」

小さく呟く。

物価は上がっている。

不動産の賃料も上昇傾向にある。

実際、更新のたびに値上げを求める貸主は増えている。

だが――

五万円は明らかにラインを越えている。

アクセルを踏み、車を走らせる。

店へ戻る道のりの中で、麻耶は頭の中を整理し続けた。

どう伝えるか。

どう落とすか。

正解はない。

それでも、最善を探すしかない。

ハンドルを握りながら、麻耶は静かに息を吐いた。

「さて……どう説得するかね」

店に戻る前に、麻耶はハンドルを切った。

目的地は、貸主の自宅だった。

――この話は時間をかけても意味がない。

そう直感していた。

机の上で考え続けても、状況は変わらない。むしろ拗れるだけだ。だったら、直接ぶつかるしかない。

「一気に勝負ね」

小さく呟く。

サバイバルゲームで、チームRagdollのリーダーとして動いていた時の感覚が蘇る。

状況判断。

決断。

そして実行。

迷っている時間はない。

貸主の家に到着し、インターホンを押す。

ほどなくして、貸主が顔を出した。

「どうも、進藤です」

「おお、どうだった?」

さっそく本題に入る。

「借主様に値上げの件をお伝えしました」

貸主は腕を組む。

「で?」

「率直に申し上げて、五万円の値上げは難しいとのことです」

「……そうか」

予想はしていたのだろう、表情は大きくは動かない。

麻耶は続けた。

「このままですと、倒産もあり得ると」

その言葉に、貸主の眉がわずかに動いた。

「一般的には賃料は上昇傾向にありますが、今回の上げ幅は根拠としては厳しい水準です」

理屈を添える。

だが貸主は、少し視線を落として言った。

「実はね」

ぽつりと漏らす。

「私の仕事も、倒産しそうなんだよ」

麻耶は一瞬、言葉を止めた。

「だから……何とかならないかなって思ってさ」

その声には、これまで見せなかった弱さが滲んでいた。

だが――

麻耶は冷静に返した。

「お気持ちはわかります」

一呼吸置く。

「ですが、借主様が倒産した場合、賃料収入はゼロになります」

「さらに解約・明渡しとなれば、原状回復費用も回収できない可能性があります」

貸主は黙った。

「結果として、今より大きな損失になる可能性が高いです」

現実を突きつける。

貸主は小さく唸った。

「ふーん……」

そして少し考えてから言った。

「じゃあ、せめて半分の二万五千円」

麻耶は即座に首を横に振った。

「難しいです」

間を置かずに続ける。

「そもそも、現行賃料もやや高めの設定です」

「上げるとしても――五千円が限界です」

はっきりと言い切った。

貸主は腕を組み、しばらく考え込む。

空気が張り詰める。

「……いや」

やがて顔を上げた。

「ダメだ」

「最低でも一万円は欲しい」

ここが落としどころだと、麻耶は瞬時に判断した。

「では、こうしましょう」

一歩踏み込む。

「賃料は一万円アップ」

貸主の目がわずかに動く。

「その代わり――更新料を十万円下げてください」

貸主は一瞬きょとんとした。

「更新料を?」

「はい。借主様の負担を軽減することで、実質的なバランスを取ります」

頭の中で数字を組み立てる。

貸主の利益。

借主の負担。

双方がギリギリ納得できるライン。

貸主はしばらく考えた後、あっさりと言った。

「……いいよ、それで」

決着は意外なほど早かった。

麻耶は軽く頭を下げた。

「ありがとうございます」

車に戻り、すぐに借主へ電話をかける。

事情を説明する。

賃料一万円アップ。

その代わり更新料減額。

電話の向こうで沈黙が続いた。

計算しているのだろう。

やがて、ため息混じりの声が返ってきた。

「……わかりました」

「正直きついですが、その条件なら」

「ありがとうございます」

麻耶は静かに言った。

電話を切ると、少しだけ肩の力が抜けた。

だが、これで終わりではない。

麻耶はさらに一歩踏み込んだ。

貸主との関係強化のため、自社の更新手数料を調整したのだ。

通常、更新手数料は新賃料の半月分。

だが今回は、十万円で請け負うことにした。

貸主側に配慮した形だ。

「……営業よね」

小さく呟く。

利益は多少削れる。

だが、長い目で見れば信頼関係の方が重要だ。

店に戻ると、空気はいつも通りだった。

日常が流れている。

「ただいま戻りました」

受付に声をかける。

デスクに戻り、残っていたコーヒーに手を伸ばす。

すっかり冷めていた。

一口で飲み干す。

その時、入口のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

顔を上げる。

「あ、更新手続きですね」

来店したのは別の更新客だった。

だが――

どこか様子が違う。

表情が強張っている。

不安そうな、警戒したような顔。

麻耶は一瞬だけ目を細めた。

「……また一件、ね」

心の中で呟く。

賃貸の更新は、単なる事務手続きではない。

そこには必ず、人の事情と感情が絡む。

だからこそ――

簡単には終わらない。

麻耶は椅子に座り直し、背筋を伸ばした。

そして静かに、次の仕事へと向き合った。


賃貸借契約の更新は意外と神経を使う。

借主側が家賃据え置きなら素直に応じてくれるが、値上げとなると快く返事する借主はいない。

しかも居住用ではなく事業をやっているテナントとなると固定費の値上がりはダメージにつながる。

貸主、借主、仲介業者の誰かが折れないと話が纏まらない。

そんな中、仲介業者も折れるケースを描いた。

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