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生活保護者、行方不明情報、シナリオゲーム概要

生活保護や高齢者向け物件はまだまだ少なくハードルが高いからだ。

来店した一人の男性に丁寧に接客する麻耶。

そして失踪した葛城裕太はどこへ。


第十二話(生活保護、行方不明情報、シナリオゲーム概略)

<生活保護>

春先のやわらかな空気とは裏腹に、賃貸業界の流れはどこか無機質で、冷たさを帯びていた。新型コロナ感染以降、その変化は決定的なものとなった。

今や物件探しの主役はスマートフォンだ。お客様自身が条件を入力し、候補を絞り、内見予約を入れる。不動産屋は現地で待ち合わせるだけの存在になりつつある。

契約手続きも同様だ。

メールアドレスを伝えれば、ウェブ申込書が送られ、そこに必要事項を入力して送信するだけ。紙も印鑑も、徐々に姿を消している。

麻耶はパソコンの画面に目を落とし、届いた申込書を確認していた。

未入力はないか、誤入力はないか。

「……大丈夫ね」

小さく呟き、管理会社と保証会社へデータを送信する。

ボタン一つで審査が動き出す。便利だが、どこか味気ない。

その時、店のドアが開き爽やかな風が入ってきた。

「あのー、アパートを探してるんですが…」

顔を上げると、年配の男性が立っていた。

どこか遠慮がちな物腰。ネットではなく、直接来店する昔ながらの客だ。

「いらっしゃいませ。どういった物件をお探しですか?」

「入るのは68歳の私で、生活保護を受けてまして…」

その言葉で、麻耶の頭の中に数字が浮かぶ。

住宅扶助の上限——このエリアなら五万三千七百円。

「なるほど。今はどちらに?」

「郊外に住んでるんですが、不便でしてね。もう少し街中で…間取りは2Kがいいんです。荷物が多くて」

麻耶は一瞬、言葉を選んだ。

(難しい案件ね…)

高齢単身、生活保護受給者、保証人なし。

さらに荷物が多く2K希望。

貸主が嫌う条件が揃っている。

滞納リスクはむしろ低い。だが問題はそこではない。

孤独死、残置物処理、緊急対応——すべてが貸主の負担になる。

幸栄不動産ではそういった案件に対応している物件を持ち合わせていなかった。

「少々お待ちください」

麻耶は電話を取った。

八王子駅前の大手不動産業者へ。

「お世話になります、幸栄不動産ですが、

生活保護の高齢単身者で物件ありますか?」

返答は予想通りだった。

「ありますが、業者付けはお断りです」

やはり。

電話を切り、男性に向き直る。

「駅前に専門で扱っている会社があります。こちらをご紹介しますね」

地図を書いて手渡す。

男性は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます…助かります」

その背中が店を出ていく。

麻耶は小さく息を吐いた。

「世知辛い世の中だな…」

かつては、ここまで露骨に断られることは少なかった。

だが今は違う。

仲介の分業化、リスク回避の徹底。

結果として「受けられない案件」が増えている。


<行方不明情報>

火曜の夜。

仕事を終えた麻耶は、喫茶店Ayuzoroy☕へ向かった。

春に予定されているシナリオゲームの打ち合わせだ。

ドアを開けると、香ばしいコーヒーの香りが広がる。

「いらっしゃい」

龍崎がいつもの笑顔で迎えた。

カウンターを見ると、一人の初老の男性が座っている。

どこか見覚えがある。

「あれ…?」

「おー、不動産屋のお嬢様」

声をかけられ、思い出した。

「あ!こないだのお客様!」

「世話になったね。いい部屋が見つかったよ」

「それは良かったです」

だが、なぜここに?

麻耶が首をかしげていると、龍崎が笑った。

「ファルコンだよ」

「え?」

「本名は大沢さん。昔のORCチームのメンバーだ」

「えー!?師匠、BM以外にもチームもあったんですか?」

「元々はアウトドアサバゲーから入ってたからな」

麻耶は少し驚きながら席についた。

すると大沢——ファルコンが、興味深そうに口を開いた。

「ちょっと面白い話があってね」

龍崎がホットサンドを作りながら耳を傾ける。

「最近の行方不明の話、あるだろ?」

麻耶の表情が引き締まる。

「ええ…サバゲーマーの失踪が続いてるって」

「実はね、それ昔からあるんだよ」

「え?」

「俺がいろんなフィールド回ってた頃から、たまに“いなくなる奴”がいた」

静かな空気が流れる。

「でね、タイミングを見ると…戦争やテロが起きてる時期と重なるんだ」

麻耶は息を呑んだ。

「今なら、ウクライナとロシア…それに中東情勢もある」

大沢はスムージーを一口飲んだ。

「つまりね——非正規部隊として集められてる可能性がある」

「……それって」

「傭兵だよ」

言葉が重く落ちる。

龍崎も静かに口を開いた。

「俺の知り合いでも、昔“ゲリラに連れていかれた”って話は聞いたことがある」

「本当なんですか、それ…」

「真偽はわからん。ただの噂かもしれん」

麻耶の前に、キリマンジャロコーヒーとホットサンドが置かれる。

湯気がゆらゆらと立ち上る。

「勧誘なのか、拉致なのか…仕組みはわからん」

大沢の声は淡々としていた。

麻耶はカップを持つ手にわずかな震えを感じた。

その時、龍崎が思い出したように言った。

「そういえば、葛城裕太の件は?」

麻耶はゆっくりと答えた。

「会社はもう辞めてます。引越し先も不明で…」

「最後の目撃は?」

「北関東の廃墟フィールド。黒木さんの情報です」

沈黙。

「そのうち、また情報は出るだろうさ」

龍崎はそう言ったが、その表情はどこか険しかった。


〈シナリオゲーム概要〉

龍崎はカウンターの下から、一冊の冊子を取り出した。

少し使い込まれたような紙の質感。だが、丁寧に綴じられている。

「これが今回のストーリーだ。読んでみて、何かあれば意見をくれ」

麻耶は受け取り、ぱらりとページをめくった。

そこには、単なるゲームの説明ではなく、一つの物語があった。

舞台設定、登場人物、敵対勢力、任務の背景——

まるで短編小説のように構成されている。

「……すごい」

思わず声が漏れた。

「ちゃんと物語になってる」

さらにページを進めると、要所要所に挿し絵や簡単な絵コンテが入っている。

建物の配置、侵入経路、狙撃ポイント。

参加者が“演じる”ことを前提に設計されていた。

ゲーム前に参加者にこれ配るんですか?

そんなことしないさ、それじゃつまらないだろ?

こっちサイドは仕掛け人だからストーリーを覚え、そこに書いてあるセリフを言って参加者を誘導してゆくんだ。

そうすれば必然的に参加者はそのセリフを言うだろうさ。

「持って帰って、ゆっくり読んでくれ」

龍崎はコーヒーカップを拭きながら言った。

「おかしなところがあれば手直しする」

麻耶は冊子を閉じ、じっと龍崎を見た。

「師匠、小説家になれるんじゃないですか?」

龍崎は吹き出した。

「アハハハ、こんな稚拙なのじゃ無理だろ」

「いや、でもこれ普通に読めますよ?」

「まー、脚本だからな。演じる側がノリでやってくれれば、それっぽく見えるもんだ」

軽く言うが、その内容は明らかに素人の域を超えている。

麻耶は改めて、龍崎という人物の引き出しの多さに驚かされていた。

「これ……何人くらい必要なんですか?」

「ざっと十人くらいだな」

「Ragdoll、四人しかいませんよ?」

龍崎はにやりと笑った。

「ファルコンとBMのメンバーが手伝ってくれる予定だ」

その言葉に、隣で聞いていたファルコンが肩をすくめる。

「久しぶりに動くからな、楽しみだよ」

麻耶は思わず笑った。

「ほんと、師匠の人脈すごいですね」

「ただ長くやってただけだよ」

龍崎はさらりと言ったが、その“長さ”がどれほどの積み重ねなのか、麻耶には想像がつく。

「SRUチャレンジは夏か秋頃だ」

龍崎は続ける。

「このシナリオゲームは、その前段階の訓練だと思ってやってくれ」

「なるほど……実戦形式ってことですね」

「そういうことだ」

ただ撃ち合うだけのサバゲーではない。

役割、判断、連携——すべてが試される。

麻耶は冊子を大事にバッグへしまった。


<オリジナルマッカラン>

その時、龍崎がふと思い出したように言った。

「ところで麻耶、今日は歩きだろ?」

「はい、車じゃないです」

「じゃあ、ちょっといいものを飲んでみないか?」

「え、何ですか?」

「特製の酒だ」

麻耶は警戒した。

「キツいのはイヤですよ?」

龍崎は何も言わず、カウンターの奥から一本のボトルを取り出した。

それは、ただの酒瓶ではなかった。

戦闘服姿の龍崎をかたどった、精巧なデザイン。

ラベルには——

“OLD SOLDIER”

「何これ……」

麻耶の目が輝く。

「すごい、かっこいい!」

「オーダーメイドだ」

さらりと言うが、明らかに特別な一本だ。

「中身は?」

「パイナップルで熟成させたマッカランだ」

龍崎はショットグラスに琥珀色の液体を注いだ。

ふわりと甘い香りが立ち上る。

ウィスキー特有の重さに、南国の果実の柔らかさが混ざる不思議な香り。

「……いい匂い」

麻耶はグラスを持ち、そっと口に運んだ。

一口。

舌に広がる甘みとコク。

マッカランの深みのある味わいに、パイナップルの軽やかな酸味が重なる。

「……美味しい」

思わず微笑む。

「意外と合うだろ?」

「はい、すごく」

もう一度グラスを見る。

そして——

今度は一気に飲み干した。

喉を通る熱。

体の奥に広がる余韻。

「……いいウィスキーですね」

麻耶は小さく息を吐いた。

龍崎は満足そうに頷いた。

店の外では、春の夜風が静かに吹いている。

仕事の現実、失踪者の不穏な気配、そしてこれから始まるシナリオゲーム。

それぞれが絡み合いながら、物語は少しずつ動き始めていた。


この賃貸不動産奮戦記は日々の賃貸業務をこなす進藤麻耶の物語です。

少し今後は進藤麻耶の日常も描いていきたいと思います。

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