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第128話 狂気の終わりと哀しき親友の涙。廃墟に響く、届かなかったあの日の約束

戦闘という名の嵐が過ぎ去った後には、墓標のように冷たく、ひどく重い静寂だけが残されていた。


アルベルトを包んでいた、あの狂おしいほどの黄金のオーラは、まるで朝日に焼かれた星屑のように儚く消え失せた。


俺の白銀の機体、スターゲイザー改は、満身創痍の翼を休めるように深く、重い沈黙に身を浸している。


コクピットの中を満たすのは、ミューとのフォワード共鳴が切れた後の、甘美な余韻と……魂を直接削り合った代償である、鉛を飲んだような気だるい虚脱感。


そして、後ろのシートに座るミューの、か細くも確かな、温かい呼吸の音だけだった。


……終わったのか。


いや、違うな。


何一つ終わっちゃいねえ。


ただ、これ以上殺し合わずに済んだってだけだ。


俺は血の味がする唾を吐き捨て、モニターを見つめた。


床に崩れ落ちた黄金の巨体、『エンペラー・オブ・コンドル』。


それはもはや王の威光を完全に失い、ただの巨大な鉄の(むくろ)と化していた。


俺の最後の一撃で抉られた胸部装甲から漏れ出すエネルギーが、最後の命の火花のようにパチパチと悲しい音を立てて空間に散る。


「アルベルト……」


俺は、鉛のように重い操縦桿をゆっくりと倒し、スターゲイザー改を黄金の機体に近づけた。


スターゲイザーの黄金の拳によって、無残に抉られたコクピットハッチ。


マニピュレーターを操作し、歪んだ金属の隙間に指をねじ込み、さらに力ずくでこじ開ける。


ギィィィ……!


鋼鉄の痛ましい悲鳴が、がらんどうの空間を切り裂いた。


俺は操縦桿から、まだ微かに震える手を離した。


限界までフォワードを同調させた肉体は、全身の筋肉が断裂しそうなほどに悲鳴を上げている。


だが、自分の手で親友(ダチ)を殴ったからには、見届けなきゃならねえ。


俺なりの、落とし前ってやつがある。


プシュー、と空気が抜ける音と共に、スターゲイザーのハッチを開く。


「……ベレット……待って……!」


よろめきながら身体をコクピットから出た俺の背中に、ミューの心配そうな声が突き刺さる。


だが、俺は振り返らなかった。


振り返れば、彼女のその純粋な優しさに甘えて、足が止まっちまいそうだったからだ。


コツ……コツ……。


傷だらけのブーツが、砕けた床の破片を踏む乾いた音だけが、広大なドーム空間に響く。


俺はゆっくりと、しかし確かな足取りで、崩れ落ちた黄金の骸のコクピットへと近づいていった。


コクピットの中。


そこに、アイツはいた。


アルベルト・フォン・コンドル。


完璧に仕立てられた純白の軍服は無残に裂け、血とオイルで汚れ、いつも後光のように輝いていたはずの金髪は汗と脂に濡れて乱れ、その美しい(かんばせ)に張り付いている。


だが、その碧眼だけは、まだ死んでいなかった。


狂気と憎悪の炎が消え失せたその瞳の奥には、深い、深い絶望と……迷子になった子供のような、純粋な悲しみの色だけが、ゆらゆらと揺らめいていた。


……なんだよ、その目は。


お前はいつだって、俺たちを導く太陽だったじゃねえか。


そんな捨てられたガキみたいな顔、すんじゃねえよ……。


「……なぜだ……ベレット……」


掠れた、ほとんど息の漏れるような声。


「なぜ、私の邪魔ばかりをする……。あと、もう少しで……。もう少しで、姉さんに……リリーナ姉さんに、会えたというのに……」


俺は、彼の前に片膝をついた。


かつて共に笑い、共に夢を見た男の、焦点の定まらない虚ろな瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。


「……アルベルト。俺たちが、あのビックサムの星降る丘で誓い合った未来は、どこへ消えちまったんだ? リリーナと、お前と、俺とで笑いながら語り合った、あの青臭い誓いは……全部、無駄だったのかよ……!」


喉の奥から、血を吐くような言葉が絞り出される。


自分でも驚くほど、情けない声だった。


「無駄なものか……」


アルベルトの瞳から、一筋、熱い雫が泥まみれの頬を伝い落ちた。


「無駄であって、たまるものか……! 私は、今も……あの日の誓いをこの胸に抱いて生きている! 姉さんと、お前と、三人で見た、あの星空を……! だからこそだ! だからこそ、私は姉さんを取り戻さねばならんのだ! お前が……この私から奪い去った、姉さんをな!!」


「俺は、何も奪っちゃいねえ!!」


「黙れ!! お前さえいなければ! お前という野良犬が、姉さんの心を惑わせなければ! 姉さんは死なずに済んだ! コンドルも、私も……お前も、狂わずに済んだのだ! 全ては……全ては、お前のせいだ、ベレット・クレイ!!」


憎悪が、再び彼の瞳に暗い狂気の炎を灯す。


俺は言葉を失った。


……ああ。そうだ。お前の言う通りだ、アルベルト。


全ては、身の程知らずにも王女を愛した、この薄汚れた野良犬のせいだ。


俺が彼女の隣にいなければ、彼女はあんな死に方をしなくて済んだのかもしれない。


その罪の意識が、呪いのような鉛の棘となって胸を重く締め付ける。


言い訳なんて、一つもねえ。


俺は、一生この罪を背負って泥水を啜るって決めたんだ。


だがな。


だからって、お前がリリーナの魂を汚していい理由にはならねえんだよ。


「アルベルト……俺は……」


俺が、せめてもの贖罪の言葉を紡ごうとした、まさにその瞬間だった。


―――ふわり。


何の予兆も、音もなく。


遺跡の遥か上空に開いた、マスドライバーの巨大な射出口。


その漆黒の闇から、一つの影が、まるで夜そのものが凝固したかのように舞い降りてきた。


漆黒。


星々の光さえも吸い込む、絶対的な闇の色。


流麗にして、どこか官能的な曲線を描く、異形のフォルム。


……ッ!? なんだ、この空気は……!


それは、今まで俺が対峙してきたどんな機体とも次元が違う、絶対的な『死』と『運命』を擬人化したかのような、絶望的なまでのプレッシャーを放っていた。


「……! なんだ、あの機体は……!?」


俺は反射的に身構え、腰のブラスターに手を伸ばした。


だが。


身体が、まるで蛇に睨まれた蛙のように動かない。


恐怖じゃない。


俺の魂そのものが、その存在の異質さに畏怖し、芯から凍りついている。


生物としての、絶対的な本能の警鐘。


漆黒の機体、『レクイエム・ノワール』は、まるで重力など存在しないかのように優雅に、音もなく俺たちの前に着地した。


そして、漆黒のコックピットのハッチが開き、一人の女が現れた。


月光を編み込んだかのような、プラチナブロンドの長い髪。


サファイヤブルーの、全てを見透かすかのような冷たい瞳。


そして、その血のように赤い唇に浮かぶ、穏やかで、残酷な微笑み。


「……! ルーナ・ルビントン……!」


「あらあら、これはこれは」


ルーナの声は、絹を滑るようでありながら、俺の魂を直接削り取るような硝子の響きを持っていた。


「随分と、お熱い再会ね。かつての親友同士、涙の語らいはもう済んだのかしら?」


彼女は、俺とアルベルトの惨状を、まるで舞台の上の三流の道化師を鑑賞するかのように楽しげに見下ろしている。


「ふふふ、相変わらずね、ベレット。久しぶりね」


その声色。瞳の奥の冷たい光。


俺の魂の奥底で、固く閉ざし、分厚い鎖を巻いて忘れ去られていたはずの遠い過去の記憶の扉が、ギィ、と嫌な音を立てて軋んだ。


……この感覚。この胃の腑を直接鷲掴みにされるような悪寒。


まさか……いや、そんなはずはねえ……!


なんで、俺はこいつに『懐かしさ』を感じてやがる……!?


「ああ、なんてかわいそうな王子……」


彼女は、コックピットで血を流すアルベルトへと、憐れむようでありながらも、どこか母が子を諭すかのような視線を向けた。


「あなたの役割は、まだ終わってないわ。さあ、参りましょう。こんな埃っぽい場所に、あなたのような高貴な方にはふさわしくありません」


レクイエム・ノワールの滑らかで巨大な腕が伸び、アルベルトの乗るエンペラー・オブ・コンドルの砕け散ったコクピットブロックを、まるで壊れやすい玩具を拾い上げるかのように、有無を言わせぬ力で掴み上げた。


「待て! テメェ、アルベルトに何をする気だ!!」


俺は麻痺した身体を気力で動かし、叫ぶと、スターゲイザーへと駆け戻ろうとした。


その瞬間。


俺の魂を直接愛撫するような、甘美で冒涜的なフォワードの波動が襲った。


肌が粟立ち、背筋を冷たい指でなぞられるような、抗いがたい悪寒が走る。


足が、一歩も前に出ない。


『ベレット! 早く逃げて! そいつは、この宇宙にいてはいけない存在よ!』


スターゲイザーから、ミューの悲痛なまでの魂からの叫びが響いた。


ルーナは、そのフォワードに反応し、初めてミューの存在を認識したかのように視線をスターゲイザーに向けた。


「ほんと、よくできているわね。アシュトン家の人形は」


その言葉は、実験動物を観察する冷酷な科学者のように、どこまでも冷徹で無機質だった。


……人形、だと?


ふざけるな。


ミューは……ただの純粋な、心を持った女の子だ。


テメェらみたいな惑星企業連合の化け物と一緒にすんじゃねえ!


「あなたも、いずれわたしの役に立ってもらう時が来るわ。その時まで、せいぜい彼の傍で、そのちっぽけな命を燃やして遊んでなさい」


ルーナは、再び俺へと視線を戻す。


「また会いましょう。ベレット」


彼女はそう言うと、背を向け、コックピットへと戻っていった。


ハッチが閉じられる。


レクイエム・ノワールの機体から、まるで黒い霧のような粒子が放出され、その漆黒の機体と、掴まれた黄金の骸が、陽炎のようにぐにゃりと歪み始めた。


「……! 光学迷彩!? いや、違う! これは……!」


空間そのものを歪曲させる、未知のステルス技術。


漆黒の女神は、俺に反撃の隙さえ与えることなく、マスドライバーの闇の中へと音もなくその姿を完全に消していった。


後に残されたのは、ルーナが放った濃厚で官能的なムスクの残り香と……目の前で、親友を、過去を、全て奪われた絶対的な無力感だけだった。


身体の奥底から、どうしようもないほどの怒りと絶望が込み上げてくる。


俺はリリーナを救えなかった。


そして今、憎み合いながらも、どこかで救いたかったかつての親友さえも、得体の知れない闇の底へ奪われた。


「……クソがぁぁぁぁぁっ!!」

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