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第126話 星の遺跡の決戦

神々ってやつが本当にいるなら、とっくに見捨てたような場所だ。


化石のように冷え切った、永遠の眠りについたかのような絶対的な静寂。


星の遺跡。


忘れ去られた時間の(おり)が、重く、ひどく粘り強く満たす広大なドーム空間に、二つの鋼鉄の機体が最後の対峙をしていた。


一つは、黄金。


コンドル王家の傲慢と、血塗られた狂気をその一身にドロドロに煮詰めて凝縮したかのような、禍々しくも神々しいまでの威容を誇る黄金の機体。


その巨体からは、星の遺産のコアと直結した途方もないフォワードエネルギーが、熱い陽炎のように立ち昇っている。


ただ立っているだけで、空間そのものを視えない力でぐにゃりと歪ませていやがった。


もう一つは、白銀。


俺の半身『スターゲイザー改』。


その薄皮一枚の装甲の内側には、俺とミューの二つの熱いフォワードが、力強く脈打っていた。


「アルベルトッ……!」


俺は操縦桿を握る手に滲む、じっとりとした冷たい汗を感じながら、かつて『親友』と呼んだ男の名を、吐き捨てるように呼んだ。


行き場のない怒りと、どうしようもない深い悲しみが混じり、重い湿気のようにドームの静寂に響く。


『フッ、フフフ……ハハハハハッ!』


スピーカーから響き渡る声は、もはや俺の知るアイツじゃなかった。


それは、魂が完全に砕け散ってしまった者が奏でる、聞く者の理性さえも麻痺させるかのような、甲高く狂気に満ちた黄金の哄笑だった。


『この騒ぎはお前か? ベレット。この裏切り者が! 本当にしぶといヤツだ。あの、光さえも届かぬ監獄の底にぶち込まれても、懲りずにここまで這い上がってくるとはな』


スピーカー越しに伝わってくるアルベルトの気配。


もはや正気の色を完全に失っているのが、フォワードの波を通して痛いほど伝わってくる。


その波動は、純粋な狂気の奔流。


俺の魂を直接打ち据え、思考の深淵へとドス黒い濁りを流し込もうとしてきやがる。


「テメエ……リリーナを復活させたのかっ!?」


『フッ、フフフ……ハハハハハッ!』


アルベルトの声が、絶対零度のように冷たくなる。


『お前が、それを言うのか? 知っていたのだろう? 姉さんのことを』


「何を言ってんだ!」


俺は息を呑んだ。


『知っていたからこそ、お前はのうのうと生きているのだ。……自分だけが逃げ延びて、薄汚れた命を繋いでいるのだ!』


「アルベルト……」


『私は、あの忌まわしい事件の後、姉さんのことだけを考えて生きてきた! 我が崇高なる野望を、姉さんへのこの絶対の愛を、誰にも邪魔される筋合いなどないのだ!』


「お前がやろうとしていることは、リリーナを冒涜する行為だ! リリーナは……あいつは、そんなこと望んじゃいねえ!」


俺の叫びは悲痛な祈りとなって、荘厳な遺跡の空間に虚しく響き渡る。


『黙れ! 黙れ、黙れ、黙れぇぇぇっ! 姉さんの名を、その穢れた口で軽々しく呼ぶな! お前のような罪人に、あの時の私を見捨てた裏切り者に、私の純粋な想いが分かってたまるか!』


アルベルトの(おぞ)ましい絶叫と、まるで魂の共鳴のように、黄金の巨体エンペラー・オブ・コンドルが静止した空間を破って躍動した。


その一瞬。


物理法則という世界の根幹を成す枠組みを、まるで子供の遊びのように嘲笑うかのように、黄金の巨体は、刹那的にその姿を空間から完全に『抹消』した。


「……! 畜生! どこへ消えやがった!?」


俺の研ぎ澄まされた剃刀のような鋭い瞳が、驚愕と焦燥に大きく見開かれる。


メインカメラにも、レーダーにも全く映らない。


消えた、だと?


アルベルトのフォワードは、以前対峙した時よりも遥かに狂暴で、濃密だ……!


その狂気が俺の魂に直接流れ込み、俺の操縦感覚と反射速度を確実に、そして悪意を持って鈍らせていく。


泥の沼に沈み込んでいくような、気持ちの悪い錯覚。


≪―――右斜め上、機体の真上を薙ぎ払うわ! ≫


その瞬間、ミューの切実な叫びが、俺の脳髄の奥底……魂に直接響いた。


彼女のフォワードは、肉眼が捉える現実の三次元空間ではなく、事象を律する因果の奔流、未来へと向かうフォワードの微細な波動を鮮明に捉えていた。


俺は自分の目も耳もセンサーも信じない。


ミューという『魂の半身』からの切実な警告だけを絶対的な真実として信じ、理性の介入する隙もなく、反射的にスターゲイザー改のスラスターを全開にした。


「ぐぅぅぅっ……!」


白銀の機体は、限界を超えた駆動音を悲鳴のように上げ、巨体を軋ませながら後方へと、文字通り『命がけの』緊急回避を行う。


猛烈なGが内臓を押し潰し、視界が赤く染まる。


そして、その回避行動の、コンマ数秒後。


スターゲイザーがつい先ほどまで存在していた空間を、純粋な黄金の光を禍々しく纏ったレーザーレイピアが、一切の音もなく、ただ空間を切断するように薙ぎ払った。


その凄まじい熱量により、周囲の空気が瞬時に灼かれ、プラズマが弾ける。


『ほう?』


アルベルトの声に初めて、わずかな驚きの色と……心底ぞっとするような残虐な愉悦の色が混じった。


『相変わらず、獣のような優れた勘だけはいいらしいな。だが……いつまで耐えれるかな』


咆哮とともに、黄金の巨体エンペラー・オブ・コンドルは、再びその常識外れの動きで空間を完全に支配し、躍動する。


その攻撃は、もはや対等な条件で行われる戦闘などじゃなかった。


ただ、神気取りの狂った男による、一方的な暴力と残虐な死の舞踏だ。


エンペラー・オブ・コンドルは、『星の遺産』から無限とも思える凄まじいエネルギーを直接供給され、機体性能において、俺の駆る白銀のスターゲイザーを完全に凌駕していた。


ガキンッ! ドゴォォォン!


俺はミューの切実な警告と、獣のような己の反射神経だけを唯一の頼りに、黄金の巨体から放たれる怒涛の猛攻を、ただひたすらに限界を超えて凌ぎ続ける。


歯を食いしばり、口の中が血の味で満たされる。


黄金の影が、白銀の機体の周囲を縦横無尽に駆け抜ける。


上空からの急降下爆撃、完全に死角からの超高速の突刺、空間を面で制圧する圧倒的な火力の拡散ビーム。


アルベルトの攻撃は、一撃一撃がスターゲイザーを塵へと帰すほどの絶対的な破壊力を持っていた。


「ミュー、次は!?」


≪正面! ―――違う、フェイント! 右! くる!≫


ミューの声も極限の状態に、悲鳴に近いものになっていく。


彼女の予知能力も、アルベルトの底なしの狂気と、エンペラー・オブ・コンドルの圧倒的なエネルギーの前では、その精度を保つのがやっとだった。


スターゲイザーは辛うじて黄金の死神の手を逃れ続けるが、その代償は大きかった。


「ちぃっ!」


わずかに掠めるレーザーレイピアの刃が、白銀の装甲をバターのように容易く溶かし、火花を散らす。


至近距離で凄まじい熱量を伴って炸裂するビームの奔流が機体を大きく揺らし、コクピット内の警告アラームが断続的に、けたたましく鳴り響く。


「……クソッ! この野郎ッ!」


俺は操縦桿を激しく操り、スターゲイザーを左右に不規則に振る。


しかし、エンペラー・オブ・コンドルは、まるで未来予知をしているかのように、俺の逃げ道に黄金の光を先回りさせていた。


「……動きが、完全に読まれている?」


俺が戦慄した瞬間、アルベルトの哄笑が再び響き渡った。


『ハハハ! どうした、ベレット! その程度か!? 全てを放り出してコンドルからも逃げ出した、あの日の貴様と何も変わらんな! 無力! 脆弱! そして、どこまでも醜い野良犬だ!』


アルベルトの言葉が、猛毒を含んだ棘のように、俺の心の一番柔らかくて、一番隠しておきたかった部分に容赦なく突き刺さる。


脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。


血の匂い。燃え盛る瓦礫の山。


俺の腕の中で、ゆっくりと冷たくなっていったリリーナの亡骸。


『なぜだ……なぜ、お前は姉さんを守れなかった!』


俺を責めるような、アルベルトの絶望に満ちた泣き顔が、目の前に重なる。


「リリーナ……。アルベルト……」


……そうだ。俺はあの時、何もできなかった。


親友を支えることも、愛した女を守ることもできなかった。


ただ、尻尾を巻いて逃げ出しただけの負け犬だ。


その消し去れない罪の意識と、アルベルトの狂気のフォワードが最悪の形で共鳴し、俺の判断力は急速に鈍っていく。


過去の亡霊が、俺の首に冷たい手を絡め、暗い泥の底へと引き摺り込もうとする。


呼吸が苦しい。


≪ベレット、落ち着いて!! 今のあなたは、独りじゃないわ!!≫


ミューの叫びが響く。


だが、今の俺の耳には、その優しい声すらも、自分を責める刃のように感じられてしまった。


俺のせいで、こいつは狂ったんだ。


俺が全てを狂わせた。


なら、俺がこの手で……!


「……! クソがぁぁぁっ!!」


自分自身への吐き気のするような憎悪と深い後悔が、かろうじて保っていた冷静さを、灼熱の炎のように完全に焼き尽くす。


操縦桿を握る手に、力が入る。


「アルベルト!!」


俺は、スターゲイザー改の防御を完全に捨てた。


そして、絶望と狂気に彩られた黄金の巨体へと、突進を始めた。

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