第124話 漆黒の女帝と紅蓮の女狐。忘れられた楽園で交差する、圧倒的プレッシャーと優雅な牽制
【視点:ユウキ】
星の遺産、その中心部。
まるで忘れ去られた楽園。
巨大な球体の神殿が偉容を誇るその神秘的な空間は、今、あたしの命を散らすための破滅的な青い光で満たされていた。
レクイエム・ノワール。
漆黒の悪魔がその身に宿す無数のガンポッドが、まるで闇夜に咲き乱れる青い死の華のように、あたしの手足であるヴァルキリー・ストライカー改の白銀の装甲を、じわじわと貪り食うように削り取っていく。
『ふふふ。なかなかやるじゃない。パルチザンのガラクタにしては、装甲能力だけはあるようね。まあ、カカシとしては優秀よ、ユウキ・ニシボリ』
通信機越しに響く、ルーナの甘く冷たい声。
その声は、甘く誘惑的な猛毒のように、あたしの心をゆっくりと、確実に蝕んでいく。
「くぅぅっ……! あぁぁっ……!!」
白銀の装甲は無数のレーザーの直撃を受け、まるで灼熱の炎に焼かれたように赤熱し、危険な限界光を帯びていた。
コクピットには、回路が焼け焦げ、絶縁体が溶け、オイルが沸騰する鼻をつく匂いが充満している。
激しい衝撃が幾度となく全身を襲う。
シートベルトが鎖骨に食い込み、内臓がシェイクされるような不快感。
その振動は肉体の奥底まで響き渡り、あたしの魂そのものを直接揺さぶって、生命力を削り取っていくかのようだった。
……動け。動いてよ、ヴァルキリー……!
歯を食いしばり、血の味がする口内で必死に祈る。
だが、操縦桿は信じられないほど重かった。
もはや、反撃できる武装は全て撃ち尽くした。
たった一つ残されたレーザーライフルでは、あの異常なフォワード・バリアを展開する漆黒の機体に、かすり傷一つ、つけることさえできない。
父さんとの魂の絆。
あたしの技術の全ての結晶であるはずのヴァルキリー・ストライカー改は、惑星企業連合の底知れぬ欲と傲慢さを体現するレクイエム・ノワールに、なすすべもなく蹂躙されるただの鉄屑に成り下がっていた。
あたしの技術じゃ……アレには勝てないの……?
今までの努力。
モルモット……ベレットのために徹夜を重ね、魂を削り、彼を絶対に死なせないと誓いながら組み上げてきた全ての技術と理論が、音を立てて崩れていく。
絶望。
それは、まるで深い闇に沈む氷河のように、あたしの心をゆっくりと、冷たく凍てつかせていった。
心の奥底で、ぱきん、と。何かが決定的に砕け散る音がした。
黒い絹を纏った嵐のような絶望が、あたしの体を飲み込んでいく。
凍てつく炎が胸を焼き、アラートの鳴り響くコクピットの静寂の中に、遠雷のような諦念がこだまする。
目の前の悪魔によって、必死に掻き集めた希望のかけらは、指の隙間から砂のようにさらさらと零れ落ちていった。
せっかく、お兄ちゃんがあたしを技術者として期待し、背中を預けてくれたのに。
父さんを超えるような、最高の技術者になれると、あの大きな手で頭を撫でてくれたのに。
……お兄ちゃんの役に立てないまま、あたしはここで死ぬの?
現実はあまりにも残酷だ。
あたしは一人無様に、この見知らぬ偽りの楽園の片隅で、誰にも知られずに散ろうとしている。
警告音がけたたましく鳴り響く中、あたしは操縦桿から手を離し、力なくうなだれた。
『まあ、パルチザンの娘にしてはよく頑張ったんじゃなくて? 褒めてあげるわ。……せめてもの情けに、あの世で父親に会わせてあげる』
ルーナの、残酷なほど甘い死の宣告。
「……ごめんなさい……。お兄ちゃん……。父さん……」
自身の力不足が、ただただ悔しかった。
でも、もう涙さえ枯れ果てて、出なかった。
『この退屈な遊戯のフィナーレと、行きましょうか』
ルーナが操る無数のガンポッドが、まるで死刑執行の陣形を組むように、ヴァルキリー・ストライカー改の全周をぐるりと囲んだ。
漆黒の女神が、忘れ去られた楽園の空を完全に支配する。
ガンポッドに致死量のエネルギーが充填される。
それは今までの青い光とは違う、眩い銀色に満たされる純粋なフォワードエネルギー。
無数のガンポッドが、銀河に瞬く星屑のように残酷な輝きを放ち始める。
あたしは力なく、ただ乾いた笑みを浮かべた。
『星屑の海に帰りなさい、パルチザンの娘』
静謐な空間に響き渡るその非情な言葉は、彼女にとってはただの作業の合図に過ぎなかった。
ルーナの機体から放たれた微弱なフォワードが、即座にレクイエム・ノワールの無数のガンポッドたちへと伝達される。
一瞬の静寂の後。
ガンポッドたちから、銀色の光が一斉に放たれた。
それは無数の流星群のようで、あたしの機体を呑み込もうと全方位から殺到する。
その光線一つ一つが、ヴァルキリーの装甲を容易く貫通し、あたしごと内部システムを完全に蒸発させるに足るエネルギーを秘めている。
……さようなら。
あたしの視界が、真っ白に飛んでいく。
強烈な光の奔流は網膜を焼き、全ての情報を一瞬にして遮断した。
機体に直撃する寸前の圧倒的な熱と閃光に、あたしは本能的な恐怖で目を強く閉じ、全身を硬直させた。
しかし、その刹那。
シュン! シュン! シュン!
突如、その銀色の光を切り裂くように、紅い閃光が流星となって無数に降り注いだ。
その音は甲高く、そして、鼓膜を突き破るほど鋭い破壊の音。
「……え?」
恐る恐る目を開けたあたしの網膜に焼き付いたのは、信じられない光景だった。
紅い光線は圧倒的な速度で、ルーナが放った無数の銀色の光線を空中で相殺し、さらにその奥……発射源である無数にあったガンポッドたちを的確に撃ち抜いていく。
それはただの乱れ撃ちではなかった。
計算され尽くした、精密機械のような一点突破の掃討。
あたしのヴァルキリー・ストライカー改に搭載した、超高精度な未来予測システムをもってしても、その紅い閃光の軌跡を完全に追うことは不可能だった。
……ありえない! なに、この射撃精度……!?
まるで時が止まった空間の中を、紅い光線だけが自由に、そして楽しげに駆け抜けていくかのようだ。
あたしを襲うはずだったガンポッドの光線は、その本体ごと撃ち抜かれ、次々と塵へと変じていく。
ガンポッドが破壊される度に、爆風と衝撃波があたしの機体を激しく揺さぶった。
無数の爆発が連鎖し、空間に二次的な閃光と熱を撒き散らす。
爆風が次第に、ゆっくりと晴れていく。
破壊と混沌の中心、無数のガンポッドの残骸が漂う空間で……一瞬の破壊の渦の中心部に、一つの赤い塊が静かにたたずんでいた。
両手に構えた、巨大な高出力ビームピストル。
銃口から立ち上る白い排熱の煙。
妖艶なオーラを纏う、流麗な紅蓮の機体。
『クリムゾン・ローゼス改』。
その美しく、あまりにも力強い光景に、ルーナは驚嘆の笑みを浮かべた。
『ふふふ。本当、おもしろいことが起きるものね、ローズマリー』
『今日のところは、このあたりにしてくださるかしら? ルーナ』
通信機から響いたのは、聞き慣れた、でもいつもあたしたちをからかう時のトーンとは全く違う、絶対零度の冷たさを帯びた声。
あたしは、目の前の現実離れした出来事にただ呆然としていた。
自身の身に何が起こったのか、頭の処理が追いつかない。
つい数瞬前まで、あたしは確かに死の淵にいた。
全身を灼き尽くすような閃光と、もう二度と息を吸えないという絶望感に包まれていたはずだ。
それが、一瞬にして消え去った。
なぜか、生きている。
気づくと、あの深紅の機体が……あたしを庇うように立っていたのだ。
破壊の中心地から放たれる圧倒的なエネルギーの奔流の中に、二機の存在が浮かび上がっている。
漆黒の機体からは、冷酷で絶対的な力が。
紅蓮の機体からは、全てを包み込み、そして容易に打ち砕くであろう静謐な破壊の予感が放射されていた。
底知れぬ圧倒的なプレッシャーが、あたしの全身を押し潰すように包んでいる。
それは恐怖を超えた畏怖の念。
まるで、世界そのものがこの二人の女帝を中心に歪み、脈打っているかのような錯覚に陥る。
あたしは喉の奥から絞り出すような荒い息を漏らしながら、ただ現実を侵食するような二つの巨大な影を見上げるしかなかった。
『せっかく、機体テストのいいところだったのに』
『それはそれは、ごめんあそばせ。お邪魔してしまいましたわね』
二人の会話は、まるでお茶会でもしているかのように優雅で、軽快だった。
『ふふふ。本当に悪いと思ってる? ローズマリー? それに、新作のガンポッドを全部跡形もなく撃ち落とすなんて、ひどいじゃない』
『本当はただ攻撃を止めるだけの牽制の予定でしたのよ。まさか、壊れてしまうなんてわたくしも思ってもいませんでしたわ』
ローズマリーは悪びれる様子もなく、あくまで穏やかな口調で答える。
嘘ばっかり……! 最初から全部撃ち落とすつもりで、ピンポイントで急所を狙ってたじゃない……!
『まだ試験運用中なのよ、このガンポッドは。まあでも、おかげで防御力の評価にはなったけれど』
ルーナは目をさらに細め、やれやれと言いたげに砕けた口調で素直な感想を漏らした。
さっきまであたしを虫けらのように扱っていた悪魔が、ローズマリー相手には完全に『対等』な口調で話している。
『まあ、収穫があったようで何よりですわね。では、武装をお収めくださるとありがたいのだけれど』
『しょうがないわね。あなたの頼みなら聞いてあげるわ。……でも、珍しいわね。ローズマリーが誰かを庇うだなんて』
ルーナの声が、わずかに冷たく疑惑の色を帯びた。
『そうかしら?』
『ええ、いつもなら取るに足らない弱者なんて、ゴミのように切り捨てるくせに。ねえ、「ブラッディ・ローズ」?』
ルーナは、くすくすと楽しげに笑う。
そのやり取りから、二人がかつて……いや、今も繋がっている、同格の存在だということが痛いほどに伝わってくる。
あたしの知らない、大人たちの、恐ろしい闇の世界。
『あ、そうだ。もう行かないと。大事な仕事があるのよ』
ルーナはまるで親友との別れを惜しむかのように、ローズマリーに語りかける。
『それは大変ですわね。どうぞご無理なさらないで、頑張ってくださいまし』
『ローズマリーもね。たまには「アヴァロン」に帰ってきなさい。あなたの故郷、そして私たちの楽園へ』
ルーナはそれだけを言い残すと、レクイエム・ノワールのスラスターを展開し、ステルスを起動させる。
漆黒の機体が、まるで闇夜に溶け込むかのように周囲の空間に完全に同化していく。
そして……あたしのことはもはや全くの眼中にないかのように、ルーナはその姿を完全に消した。
「……あ……」
……助かったの?
全身を強張らせていた力が一気に抜け、あたしはコクピットのシートに深く、泥のように背中を預けた。
ヘルメットの中で響く自分の荒い呼吸だけが、あたしがまだ生きていることを証明していた。
そして、目の前に立つ紅蓮の背中が、今のあたしにはどうしようもなく大きく、そして遠く見えた。




