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第122話 忘れられた楽園の死闘。父の誇りを懸けた白銀の蝶と漆黒の死の交響曲

【視点:ユウキ】

……ああもう、本当に、本当にどうしようもないモルモットなんだから!


ベレットとミューが、過去という名の分厚い壁と対峙しているその裏側。


あたしは『ヴァルキリー・ストライカー改』の操縦桿を握りしめ、独り、遺跡のさらに奥深くへと機体を進めていた。


冷たく、湿った空気が漂う暗く長い通路。


モニター越しに見える壁面には、まるで生き物の動脈血管のように、無数の太いエネルギーパイプが不気味に脈打ちながらひしめき合っている。


機体の駆動音と、あたし自身のやけに荒い呼吸音だけが、ヘルメットの中でやけに大きく響いていた。


銀河の運命が、星の遺産のシステム停止が……今、このあたしの双肩にのしかかっている……。


そう自覚した瞬間、身体がまるで鉛のように重くなった。


指先が震える。


初めて経験する、魂の芯まで凍てつくようなプレッシャー。


ここは、たった一つのミスが確実な『死』に直結する絶対的な最前線だ。


……怖い。


怖いよ、お兄ちゃん……。


一瞬、ベレットたちの背中を追って引き返したくなるような、ひどくか弱くて情けない気持ちが胸をよぎる。


でも、ダメだ。


彼は、あたしを信じて背中を預けてくれた。


「お前の天才的な頭脳がなけりゃ止められねえ」って、そう言ってくれたんだ。


あたしは震える弱さを無理やり振り払うように、冷たく硬質な操縦桿をギュッと握り直した。


この感触が、あたしに技術者としての、そして『リック・ニシボリの娘』としての誇りを思い出させてくれる。


……しっかりしなさい、ユウキ! あたしがやらなきゃ!


眼鏡の位置を指先で押し上げ、モニターの先に広がる闇を真っ直ぐに見据えた。


                    ◇


迷宮のような通路を抜け……やがて、大きく開かれた信じられないほどの空間へとその姿を現した。


「……っ!?」


息を呑んだ。


そこは、今までの無機質で死の匂いがした廃ドックとは全く異質な場所だった。


まるで、ここだけ時間そのものが忘れ去られ、切り取られたかのような神秘的な空間。


広大なドーム状の天井からは柔らかな人工の光が降り注ぐ。


その下には、あたしの頭脳のデータベースのどこにも存在しない古代の植物が青々と生い茂っていた。


木々の側には、清らかな小川までがせせらぎの音を立てて流れている。


まるで宇宙船の胎内に密かに隠された、忘れられたエデン。


そして、その偽りの楽園の中心に、ソレは鎮座していた。


巨大な、黒曜石を削り出して作られたかのような球体の神殿。


継ぎ目のない滑らかな黒い壁面には、緻密で美しい幾何学的な紋様が、淡い銀色の光を放ちながらまるでゆっくりと呼吸するかのように明滅している。


「な、なんなのよ……ここは……!?」


計器類の数値がおかしい。


エラーじゃない。


この空間そのものが、既存の物理法則からわずかに逸脱している。


ファンタジーじみた幻想的な光景に、思考が一瞬真っ白になった。


だが、ハッと我に返り、ヴァルキリー・ストライカー改を黒曜石の神殿へと慎重に進めた。


その時だった。


神殿の巨大な扉が、音もなく内側へとゆっくりと開かれた。


深い闇の中から、まるで夜の闇そのものが人の形をとって現れたかのように、一つのしなやかな人影が姿を現す。


漆黒の、第二の皮膚のようにその完璧な肢体に吸い付くタイトな戦闘スーツ。


美しく流れる月光のようなプラチナブロンドの長い髪。


そして……全てを見透かし、全てを底辺の虫けらのように嘲笑うかのような、星々よりも深く冷たいサファイヤブルーの瞳。


まさか……ルーナ・ルビントン!!


なんで彼女がここに!?


惑星企業連合のナンバー2。


この宇宙(そら)を渡る者ならば、誰もが知る。


彼女は、既にこの星の遺産の心臓部を掌握していたのだ。


あたしは、ルーナから放たれる人間離れした絶対的なプレッシャーに、全身の肌が粟立つ感覚を覚えた。


反射的に、ヴァルキリー・ストライカー改の全ての火器管制システムを起動し、彼女へとロックオンする。


「……! 動かないで! それ以上一歩でも動いたら、発砲する!」


生身の人間相手に、スペースロボットの銃口を向ける。


本来ならば話にもならない、圧倒的な戦力差。……のはずなのに。


あたしは目の前のあまりにも美しく、あまりにも危険な存在を、計り知れない脅威として『技術者の本能』で感じ取っていた。


どうなってるのよ……!


センサーが、計測不能なほどの異常なフォワードエネルギーの数値を叩き出してる……!


まるで伝説の『星詠の巫女』……いいえ、それ以上に濃密で、圧倒的に禍々しい……!


ルーナは、そんなあたしの怯えた様子を心の底から楽しむかのように、血のように赤い唇に穏やかで残酷な微笑みを浮かべた。


「あらあら。いきなりレディに対して無粋な銃口を突き付けるなんて、あまりにも野蛮ね。所詮は、理想だけを掲げる哀れなパルチザンの娘……といったところかしら?」


その声には、絹のように滑らかでありながら、鋭い硝子の破片で心臓を撫でられるような侮蔑の響きが込められていた。


「……! な、何を言ってるの……!? あんたは、一体……!」


「あなたのこと、もちろん知っているわ。ユウキ・ニシボリ。コスモノイド解放戦線・第7独立機動部隊所属、技術開発部主任。そして……リック・ニシボリの忘れ形見」


……!


父さんの名前が出た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「まあ、もう少しだけあなたには期待はしていたのよ。父親の理論を、あなたがどう昇華させるのかって。でも、今のあなたの『中途半端な成果』とこの有様を見る限り、お話にならないわね。なぜ彼女が、あなたのような取るに足りない存在に入れ込んでいるのか、全くもって理解できないわ。ねえ、時間とお金、そして貴重な人材リソースの無駄遣いだとは思わない?」


ルーナは一方的に、あたしの存在そのものを否定する言葉を甘美な毒のように投げつけた。


目の前の悪魔のような女が、なぜあたしを、そして……父さんを知っているのか。


「……! と、父さんのことを……知っているの!?」


「ええ、もちろん」


ルーナは、心の底から見下すような、冷酷な表情で言った。


「あの、融通が利かない時代遅れの倫理観に囚われた研究者は……本当に、どうしようもなく使えない男だったわ」


プツン。


あたしの中で、必死に保っていた理性の糸が、音を立てて焼き切れた。


「―――父さんを……! あたしの父さんを、馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁっ!!!」


怒りに任せて、ヴァルキリー・ストライカー改のレーザーライフルの引き金を迷うことなく引いた。


白銀の翼から放たれた高出力の閃光が、ルーナの無防備な身体へと殺到する。


だが。


その光の槍が彼女の肉体を貫くことは、決してなかった。


爆炎が、ルーナのほんの数メートル手前で……まるで『見えない壁』に阻まれたかのように虚しく立ち消える。


煙が、彼女という神聖な存在を避けるかのように不自然に左右へと流れていく。


空間そのものが陽炎のようにぐにゃりと歪み、映像ノイズのような幾何学的な現象が現れた。


バリア……?


違う、空間の位相そのものがズレてる……!


煙が完全に晴れた時。


そこに立っていたのは、生身のルーナの姿ではなかった。


闇。


純粋な闇そのものが凝固し、人の形をとったかのような、禍々しくも美しい漆黒の機体。


「……! こ、光学迷彩……!? それも完全なインビジブルタイプのステルスですって!? 違う……! これは……! 父さんが理論上でのみ可能だと言っていた、空間歪曲型の……!」


あたしは目の前で起こった、技術者としての常識を根底から覆す光景に驚愕し、戦慄した。


「ちょうどいいわ。『レクイエム・ノワール』の慣らし運転ぐらいにはなりそうかしら?」


ルーナはそう言うと、漆黒の機体の滑らかで官能的な曲線を描くコクピットへと、まるで闇へと還る女神のように音もなく吸い込まれていった。


双眸(そうぼう)のメインカメラが、サファイヤブルーの冷たい光をカッと見開く。


そして、漆黒の背部から悪魔が無数の黒い翼を広げるかのように……数えきれないほどの独立式の小型レーザーガンポッドが音もなく展開された。


レクイエム・ノワールは、まるで死の交響楽団を指揮するマエストロのように優雅に、絶対的な威圧感をもってその腕をゆっくりと振り上げた。


あたしはもう、息をするのすら忘れていた。


「……! そ、その技術は……!? ありえない……! 現代のどの技術体系にも存在しないはずよ……!」


『いい技術でしょう?』


ルーナは悠然と、無知な子供に教えを説くかのように答えた。


『フォワード・リンクシステムのコア技術。星の遺跡に眠っていた古代のロストテクノロジー。そして……星詠の巫女から抽出した純粋なフォワードエネルギー。その三位一体の果実と言ったところかしらね』


彼女はそこでやれやれと、ひどくわざとらしくため息をついてみせた。


『まあ、本当は「星詠の巫女を生きたまま」この機体のエネルギーコアとして運用できればもっと楽だったのだけれど。これ、フォワードの消耗が激しいのよ。時代遅れの倫理観に囚われた、あなたの馬鹿な父親が最後まで反対し続けたせいでね。おかげで、まだ十分な替えの効くエネルギーコアを用意できずにいるのよね』


……!!


あたしの頭脳が、その言葉の意味を理解した瞬間。


吐き気のようなおぞましさが全身を駆け巡った。


この女は、一体何を言っているの?


同じ人間の言葉を話しているはずなのに、まるで理解不能な別の次元の邪悪な生物と対峙しているかのようだ。


人間の、星詠の巫女の命を、文字通り『使い捨ての電池』として機体に組み込むシステム。


父さんが命を賭けて封印しようとした、悪魔の技術。


背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走る。


父さんは、それを止めようとして……だから、殺されたの……?


……ごめんなさい……お兄ちゃん……。


あたしは唇を血が滲むほど強く噛み締めた。


本来なら、絶対に勝てないこんな化け物からは一刻も早く撤退すべきだ。


だが。


この女だけは。


父さんの理想と、その命までも踏みにじり、嘲笑うこの悪魔だけは……絶対に逃がすわけにはいかない!


父さんが命を賭けてまで反対し続けた、星詠の巫女の非人道的な兵器利用だけは……!


母さんのような悲劇は……!


あたしがこの手で止めなくちゃいけない……!


操縦桿を握る指先が白く鬱血するほど、強く、強く握りしめた。


「……! その穢れた技術は……! この宇宙(そら)に存在してはいけない! あってはならないのよ!」


『あらあら。所詮はパルチザンの娘、視野がひどく狭いわね』


ルーナは、まるで物分りの悪い愚かな子供を憐れむかのように、優しく残酷に答えた。


『より崇高なビジョンのためには、いかなる技術もいかなる犠牲も惜しみなく使う。それこそが、この停滞し腐りきった宇宙にイノベーションをもたらす原則。そして、そこに生きる全ての生命体にとって最も大きな利益……「真の秩序」を享受させることができる、唯一の方法なのよ』


彼女の声はどこまでも甘く、どこまでも冷たかった。


『この素晴らしい真理を、今、あなたの命をもって教えてあげる』


レクイエム・ノワールの無数の独立式レーザーガンポッドから、一斉にサファイヤブルーの美しいレーザーの雨が放たれた。


「あああああっ!!」


絶叫と共に、ヴァルキリー・ストライカー改のスラスターを全開にする。


急加速による強烈なGが内臓を押し潰す。


白銀の機体が回避の軌跡を描いたコンマ数秒後、ついさっきまでいた空間を無数の青い死の光線が容赦なく貫いていく。


『そう、それでこそよ。さあ、さあ、もっと美しく踊りなさい! 白銀の蝶!』


無数のガンポッドが、優雅に乱舞する。


逃げ惑うあたしのヴァルキリーを、まるで蜘蛛の巣へと追い立てるかのように執拗に、楽しげに攻撃を仕掛けてくる。


……!


こ、この数のガンポッドをこれほどまでに精密に、同時に動かせるっていうの!?


AIの自律制御じゃない、全部彼女の意思で動かしてる……なんてでたらめな情報処理能力とフォワードなの……!


まずい……! 機体の挙動が予測され尽くしてる……!


フォワードの純粋な力の奔流は、もしかしたらあの時のミューよりも遥かに上かもしれない……!


アラートが鳴り止まない。


あたしは必死に機体の姿勢を立て直し、レーザーライフルで応戦を試みる。


だがルーナは、ガンポッドから放たれるレーザーをまるで光の糸を紡ぐかのように複雑に組み合わせて、機体の前方にプラズマのフォワード・バリアを展開した。


あたしの放ったビームは、水面に石を投げた程度の波紋しか起こせずに拡散してしまう。


「……! 攻撃用のレーザーを偏向させて、防御シールドに転用してるっていうの……!」


『性能テストにはちょうどいいわね。さあ、わたしの可愛い「レクイエム・ノワール」のために、もっともっと足掻いて踊り狂いなさい!』


「……! 負けない……! 負けるわけにはいかないのよ! 父さんの魂が、あたしとこのヴァルキリーと共にある限りは!!」


ヴァルキリー・ストライカー改の残された全ての武装を一斉に展開した。


大出力のレーザーライフル、そして背部の翼から放たれる無数の追尾ミサイルによるオールレンジ攻撃。


単純な瞬間火力で言えば、ベレットのスターゲイザーさえも凌駕する、あたしの持てる全てを注ぎ込んだ最後の切り札。


「いけぇぇぇぇぇっ!!」


火薬と光線。


爆炎の美しい悲壮な光の花が、忘れられた楽園の中で次々と咲き誇った。


やった、直撃だ。


そう思った。


しかし。


煙が晴れた後、あたしの網膜に映ったのは、絶望という名の現実だった。


あたしの魂からの最後の抵抗も、レクイエム・ノワールが展開する無数のガンポッドのバリアによって、文字通り『全て』虚しく弾かれていた。


ヴァルキリー・ストライカー改の持てる全火力をもってしても、漆黒の機体にはただの一つの小さな擦り傷さえもつけることはできなかったのだ。


あまりにも絶対的な機体性能の差。


恐ろしいまでの絶望的な技術力の差。


さらに、ルーナ・ルビントンという規格外のフォワード能力者がもたらす完璧なまでの戦術。


……ああ。全然、届かない……。


あたしの技術者としての、そして戦士としてのプライドが、パラパラと音を立てて砕け散っていくのが分かった。


武装は底をつき、スラスターはオーバーヒート寸前で警告音を鳴らし続けている。


『さあ、どうしたのかしら? 哀れなパルチザンの娘?』


ルーナの声が、底知れぬ闇の底から嘲るように響く。


『もうお終い? あなたのちっぽけな翼の舞いは? だったら、退屈な戯れも終わらせてあげるわ。さあ……死ぬまで踊り狂いなさい!』


レクイエム・ノワールのガンポッドが再びその牙を剥いた。


もはやエネルギーも尽きかけ、回避行動さえままならなくなったヴァルキリー・ストライカー改の白銀の装甲が、容赦なく、一枚ずつ皮を剥がれるように削り取られていく。


「きゃあああっ!!」


警報音が鼓膜を破る勢いで鳴り響く。


火花が散り、コックピット内に焦げた配線の匂いが充満する。


……ごめん……お兄ちゃん…………あたし……。

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