第121話 それぞれの戦場へ。親友との決着と星の遺産システム停止へのカウントダウン
旧ビックサム学園跡地。
かつて俺たちが青臭い夢を語り合い、無限の星の海へと想いを馳せていた場所は、今や忘れ去られた過去の亡霊が眠る、広大で冷たい鋼鉄の墓標と化していた。
森の中に突き刺さるようにクラッシュランディングした二機の白銀の機体。
俺のスターゲイザー改と、ユウキのヴァルキリー・ストライカー改は、舞い上がる土煙と深い静寂の中で、傷ついた翼を休めるように息を潜めていた。
「ナビィ! 応答しろ! ローズマリーとミンクスの状況は!?」
スターゲイザー改のコクピット。
俺は、先ほどから耳障りなノイズしか返してこない通信機に、苛立ちを隠せずに怒鳴った。
額には焦りの汗が滲む。
『……! ……こちら、ナビィ……! ローズマリーさん、ミンクスさんと共に……敵性機、ブラックナイト・カスタムと、現在も交戦中!』
ノイズ混じりの、ナビィの悲痛な声。
「なんだと!? 合流は可能か!? 連絡は取れるか!?」
『……いえ、困難です! 先ほどから、この宙域一帯に極めて強力なジャミングが……! 通信、及びセンサー機能に深刻な障害が……!』
ナビィの透き通った声が、次第に険しく、そして途切れがちになっていく。
『……! マスター! 廃ドックの、さらに深部より……極めて強力な、高エネルギー反応を感知! これは……フォワード……!? ……急速に、高……まって……いま……す! ……どうか、お気……を……つ……け……』
ザザザザザアアアアア……。
通信はノイズの海に完全に飲まれ、途絶えた。
「クソが!やっぱり、タダじゃあ通してはくれねえってことか!」
俺の目と耳を塞ぐたぁ、やってくれるじゃねえか。
俺は操縦桿を強く握りしめ、舌打ちをした。
『モルモット……、ごめんなさい。あたしが、あそこでヘマなんてしたせいで、みんなと、はぐれて……』
隣のヴァルキリー・ストライカー改から、ユウキの震える、罪悪感に満ちた声が届いた。
近距離の通信は、生きているようだ。
「気にするな、ユウキ。お前は悪くねえさ」
俺は、努めて低く、安心させるような声で答えた。
「それに……あの二人を、誰だと思ってやがる。そう簡単にやられるような、ヤワな女たちじゃねえよ」
「そうよ、ユウキ!」
俺のコクピットの後部座席から、ミューもまたユウキを励ますように明るい声を上げた。
「ローズマリーさんも、ミンクスさんも、すごく強いんだから! それに、二人のフォワードはちゃんと感じ取れてる。きっと、大丈夫よ!」
「今は、あの二人を信じるしかねえな」
俺は息を吐き出し、強引に思考を切り替えた。
「ベレット、フォワード・リンクを使う?」
「いや、今はいい。フォワードが敵のセンサーに探知されるリスクの方がデカい。隠密行動を優先する」
「分かったわ!」
「それより、ミュー。感じるか? 廃ドックの奥から?」
「うん……」
背後で、ミューが目を閉じ、その精神を極限まで研ぎ澄ませる気配がした。
「さっきよりもずっと強く、そして速くなってる。ドクン、ドクンって。まるで、巨大な心臓が目を覚まして、激しく蠢いているみたい……!」
「まずいな! 急ぐぞ! 俺たちはプランBを実行。このまま先に、星の遺産の中枢へと向かう!」
「うん!」
『……! り、了解!』
二機の白銀の機体は、巨大な廃ドックの入り口へと、さらにその歩を進めた。
◇
そこはかつて、人類が星々の海への無限の夢を乗せて飛び立ったマスドライバーの発射場。
しかし今は、ただ冷たい静寂と濃密な闇に包まれている。
ひんやりとした、湿ったカビと錆びた金属の匂い。
無数の用途不明なケーブルが、まるで巨大な蛇の骸のように床をのたうち回っている。
自分たちの機体の重い駆動音だけが、不気味に響き渡る広大な内部空間。
「敵の気配は感じるか? ミュー」
俺は周囲を警戒しながら、ミューに問いかけた。
「うん。感じる……。でも、数はそこまで多くないみたい。もっと奥の方に、何か大きくて黒いものがいくつも潜んでる気配はするけど……」
その時。
背後に乗るミューが、ビクッと身体を震わせた。
息を呑む気配が、痛いほど俺の背中に伝わってくる。
「……! ミュー!? どうした?」
「……リリーナ……?」
ミューは、消え入りそうな、信じられないといった声で呟いた。
……なんだと?
俺の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「今、何て言った!?」
「リリーナの、フォワードを感じるの……! ほんの僅かだけど……確かに!」
「クソッ! やはり間に合わなかったか! アルベルトのクソ野郎がぁぁぁっ!!」
俺の腹の底で、ドス黒いマグマのような怒りが沸点に達した。
アイツ、本当に禁忌を犯しやがったのか!
自分の狂った愛のために、死んだリリーナの魂まで地獄から引きずり戻して、弄くり回そうってのか!
怒りの咆哮を上げながら、スターゲイザー改のスロットルを容赦なく最大船速へと捻り込んだ。
『ちょ、ちょっと、モルモット!? 急に何を!』
俺の視界は、もはや真っ赤に染まっていた。
『潜入』などという生ぬるい言葉はとうに頭から消え去っている。
ただの破壊的な突進となって、星の遺産から放たれるおぞましい波動の源へと一直線に突き進む。
その時、通路の奥の闇の中から、複数の漆黒の機影が湧き出した。
ブラックナイトの量産機。
全身を重装甲で覆い、道を塞ぐ鋼鉄の壁。
「邪魔だ! そこをどきやがれ、鉄クズどもがあ!!!」
俺は間髪入れずに、スターゲイザー改からレーザーサーベルを射出した。
青白い光刃が、シュンッ!と音を立てて空間を切り裂く。
立ち塞がる先頭のブラックナイトの頭部装甲を、まるで邪魔な雑草を薙ぎ払うかのように一閃。
ギャリィン!!
凄まじい金属音と共にスパークが散り、無機質な頭部が通路の壁に叩きつけられる。
俺は加速を緩めることなく、次々と迫りくるブラックナイトの群れをサーベルでなぎ倒し、機体そのものの体当たりで文字通り粉砕し、強引に突破していく。
『……! ……クソっ! どんどん、ゴキブリみてえに湧いてきやがるな!!』
暗い通路の中で、ブラックナイトの放つ赤い光弾が複雑に交錯する。
『ちょっと、モルモット! 少しは落ち着きなさいよ! そんな猪突猛進じゃ、こっちがあなたの背中を守りきれないじゃない!』
ユウキが切迫した声で叫ぶ。
その声で、俺はわずかに冷静さを取り戻した。
そうだ、今の俺は独りじゃない。
ヴァルキリー・ストライカー改が、両手に持つ高出力のレーザーライフルを展開する。
収束率を高めた緑色のビームが、正確無比にブラックナイトのセンサーや関節部を射抜く。
その舞うような動きは、スターゲイザー改が突破した後のわずかに残った死角を完璧にカバーし、後続の敵を確実に排除していった。
「……! わりぃ! 助かるぜ、ユウキ!」
『ふん! さっきのお返しよ! 勘違いしないでよね!』
俺とユウキは互いの背中を預け合い、ミューの的確なナビゲートに従って、迷宮のような星の遺産の中枢部へと激しい戦火を切り開きながら突き進んでいく。
「……! この気配……!?」
ミューが、ふと息を呑んだ。
「……! ア、アルベルトの……! 黄金の機体が、この先にいるわ……!」
「ああ、俺にも分かるぜ」
俺は、操縦桿を握る手にぐっと力を込めた。
この肌が粟立つような禍々しいオーラ。
そして、この狂気に満ちた魂の叫び。
「この、肌が粟立つような、禍々しいオーラ。そして、この、狂気に満ちた、魂の叫び…。ヤツしか、いねぇ!」
「…!あの、黄金の化け物が、この先にいるっていうの!?」
「ああ」
静かに覚悟を決めて、機体を、さらに加速させる。
「アイツを、この手で、止める…!」
◇
暗く、長い長い通路を抜けると、そこには広大なドーム状の空間が広がっていた。
かつてのマスドライバーの発射場。
その広大な空間の中心に。
一体の、黄金の巨大なスペースロボットが、この世の全ての闇と絶望をその一身に凝縮したかのような、圧倒的な威圧感を放って鎮座していた。
黄金の巨体が、ゆっくりと、まるで永い眠りから目覚めた古代の神のように、前へとその歩を進めた。
『ベレット・クレイ…………』
深い、深い沈黙の中に、アルベルトの、底なしの狂気を秘めた冷たい声が響いた。
「アルベルトッ…………!!」
スターゲイザー改と、エンペラー・オブ・コンドル。
白銀と黄金。
二つの機体は、互いの魂を焼き尽くすほどの激しい憎悪と、断ち切れない過去の因縁をその視線で交錯させながら、向かい合った。
俺はユウキに、最後の指示を出した。
「ユウキ」
自分でも驚くほど冷たく、静かだった。
「お前は先に行け。『星の遺産』の中枢部へ行って、システムを完全に止めてくれ! ……ここは、俺とミューでケリをつける」
『……! モルモット! あなた、本気で言ってるの!? あんな化け物みたいな機体を、二人だけで相手にするなんて……!』
ユウキの悲痛な声。
「お前の、天才的な頭脳がなけりゃあ、星の遺産のシステムを止めることなんざ、できやしねえんだよ。すまねぇな、ユウキ。頼んだぜ」
『……っ。しょ、しょうがないわね……!』
ユウキは、涙声になりながらも力強く言った。
「絶対に、絶対に、死ぬんじゃないわよ!モルモット!ミューも!」
「ああ。お前もな、ユウキ!何かあったら、迷わず、すぐに逃げろよ!いいな!」
「ユウキ!ベレットは、私が、今度こそ、絶対に、守るから!」
ミューも、ユウキに、力強く、頼んだ。
「だから、安心して、行って!そして、必ず、星の遺産を、止めて!」
「………分かったわ」
ユウキは、ヴァルキリー・ストライカー改のスロットルを、回した。
ヴァルキリー改は遺跡のさらに奥深くへとその白銀の翼を翻した。
エンペラー・オブ・コンドルは動かない。
ユウキを追う素振りすら見せない。
その狂気に満ちた黄金の双眸は、ただ一点、目の前の俺のスターゲイザー改だけを捉え続けている。
『ベレット……』
「アルベルト。馬鹿げた真似は、もう終わりだ。目を覚ませ!」
俺の言葉に、アルベルトは――。
『フハハハ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
底知れぬほど空虚で、絶望的に狂った笑い声が、広大な墓標のような空間に不気味に響き渡った。
『何も、何も、何も終わってなどいない……! いないのだ!』
エンペラー・オブ・コンドルの全ての武装が、一斉に展開される。
その黄金の腕から、優雅で、死の香りを色濃く纏ったレーザーレイピアが引き抜かれた。
『なぜ、貴様には分からないのだ! なぜ貴様は、いつも私の邪魔をするのだ! ベレットォォォッ!!』
「アルベルトォォォッ!!」
俺のスターゲイザー改もまた、その手に持つ白銀のレーザーサーベルを強く、強く構えた。
……来い、アルベルト。全てを終わらせてやる。
白銀と黄金。光と影。
二つのあまりにも悲しい魂は、互いの全てを賭けて、再び激突する。




