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第120話 純白の天使と漆黒の弓兵、黄昏の空に咲く破壊の花

【視点:ゼノ】

純白の天使と漆黒の弓兵。


旧ビックサム学園の、今はもう誰もいない廃墟と化したドックの入り口。


そこは、コンドルの夕陽に照らされ、赤く染まっていた。


……クラウス。あの紅蓮のイカれた女狐は厄介だ。無茶はするなよ。


俺は、廃墟の闇へと消えた二つの機影を一瞥し、小さく息を吐き出した。


クラウスならば、己の役割を違えることはないだろう。俺は意識を切り替え、目の前で静かに佇む純白の機体――『エンジェル・オブ・アンドロメダ』へと、バイザー越しの鋭い視線を向けた。


『まったく、何を考えているのかしら。あの食えない仮面の女は……』


スピーカーから、シスター・ミンクスの声が微かに漏れ聞こえてくる。


次の瞬間、エンジェル・オブ・アンドロメダの純白の背部から、俺の目を疑うような兵装が展開された。


機体サイズに全く釣り合わない、規格外の超大型実弾砲『デュナミス・ハンマー』。


それが重々しい駆動音と共に、俺の機体へと砲口を向ける。


……正気か? あの生真面目で規律の塊だった女が、あんな野蛮で大味な鉄塊を振り回すというのか。


俺は、純白の天使のあまりにも物騒な変貌に内心で舌を巻きながらも、その手に持つ禍々しくも美しい大型のエネルギー兵器、レーザーボウを構えた。


寸分の狂いもなく、白い天使の心臓部へと狙いを定める。


「アンドロメダの聖騎士、シスター・ミンクス!」


俺のスピーカーを通して響く声は、感情という名のノイズを一切排した、鋼鉄のように冷たく硬質なものだ。


いや、そう「あらねばならない」のだ。


「コンドル王国軍、王室親衛隊長ゼノの名において警告する! 我らが故郷コンドルに忌まわしき武器を向けるとは! その行為が何を意味するのか、貴様とて分かっているのだろうな!」


『ええ、重々承知の上ですわ、ゼノ隊長』


ミンクスの声もまた、聖職者としての静謐さを保ちながらも、決して屈しないという鋼のような意志が宿っていた。


『ですが! 銀河の、そこに生きる全ての罪なき人々の平和と秩序を守ることこそが、我らアンドロメダ正教会に与えられた唯一にして絶対の使命。アルベルト王子の常軌を逸した狂気と暴走を、これ以上見て見ぬふりをするわけにはいきません!』


その真っ直ぐな言葉が、俺の心の奥底にあった苛立ちを鋭く刺激した。


『それは、貴様らの傲慢なる独善(エゴ)だ!』


俺は思わず語気を強めた。


『偽りの聖女に(たぶら)かされ、また為政者に都合よく利用されているだけだということに、なぜ貴様は気づかんのだ! ミンクス!』


お前は昔からそうだ。与えられた正義や教義という箱の中に閉じこもり、自分の頭で考えることを放棄している!


だから、あの時も……!


俺はそう叫ぶと、怒りに任せてレーザーボウのトリガーを引いた。


漆黒の弓から放たれた数条の眩い光の矢が、唸りを上げて純白の機体へと襲い掛かる。


俺の軌道予測は完璧だ。いくら彼女でも、このタイミングなら躱しきれないはずだった。


――だが。


エンジェル・オブ・アンドロメダは巨大な翼のようなスラスターを、本物の天使が羽ばたくかのようにしなやかに、そして変幻自在に翻し、死の光線を紙一重で回避してみせた。


『あの時とは、もう違います!』


ミンクスが叫んだ。


『今度こそ、私は……私自身の意志で! ベレットを、仲間たちを守るために戦うのです!』


「……! まだ、あの裏切り者の名を口にするか!」


俺の胸の奥に、かつての親友への複雑に絡み合った愛憎の念が、黒い炎となって燃え上がる。


自身の意志だと?


あの、他人が敷いたレールの上しか歩けなかったお前が、全てを捨ててあの男を選ぶというのか!


「お前は、今も昔もただあの男に利用されているだけだというのに!」


俺は機体を高速で飛行させ、闇色の嵐のようにオールレンジ攻撃を仕掛ける。


嫉妬なのか、失望なのか。自分でも分からない感情を振り払うように、俺はレーザーボウを引き絞った。


光の矢が小さな恒星のように激しく光り輝き、雨のようにミンクスへと降り注ぐ。


「大局を見ることなく私情に溺れ、行動する愚か者はただ粛清される運命なのだ! それが、この宇宙(そら)(ことわり)だということが、まだ分からんか!?」


俺は間髪入れずに攻撃を続ける。


ミンクスは必死に後方へと距離を取りながら、エンジェル・オブ・アンドロメダの天使の羽と全身のスラスターを神業的な精度で駆使して、絶え間ない死の弾雨を避け続ける。


『くっ……! さすがはゼノですね……! 機械のような攻撃の正確さは健在……いや、以前よりも増している……!』


ミンクスはデュナミス・ハンマーを再び構え直し、巨大な砲身を高速で移動する俺の機体へと、フォワードの力を全て注ぎ込み照準を定めた。


そして、トリガーを躊躇なく複数回引き絞る。


ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン!


巨大な銃身から、小さな隕石にも等しい質量を持つ実弾が、大気を震わせる轟音と共に次々と放たれる。


空間そのものを歪ませるかのような質量の塊が、俺へと襲いかかる。


「遅い!」


俺は、破壊力は高いが初速の遅い質量弾の軌道を読み切り、最大船速で紙一重で回避した。


この程度の攻撃、当たるはずが――。


「なっ……!?」


巨弾が機体を掠めた瞬間、内部に搭載された近接信管が作動した。


ドゴォォォォォォン!!!


俺の漆黒の機体は、至近距離で炸裂した凄まじい爆炎と衝撃波に為す術もなく巻き込まれ、まるで木の葉のように上空へと無様に押し出された。


「……チッ! なんて出鱈目で野蛮な聖職者(てんし)だ!」


俺は爆炎の黒い煙の中に機体を紛れさせながら、姿勢制御スラスターを吹かして一旦ミンクスから距離を取った。


仮面の下の額には、一筋、冷たい汗が流れていた。



マズイな。このままこの場所で戦闘を続ければ、地下に眠る『星の遺産』の遺跡にまで被害が及んでしまいかねん。


それは、アルベルト王子殿下のご意向に反する。


俺は、ミンクスの聖職者らしからぬ想定外の火力と、揺るぎない覚悟に明らかに戸惑っていた。


かつて学園で共に机を並べた頃の彼女は、もっと教条的で、自分の殻に閉じこもるような女だった。


だが今の彼女は、泥に塗れることを恐れず、真っ直ぐに俺の殺意を受け止めている。


ここは一旦退くべきか。


不毛な戦いで遺跡を傷つけるのは下策だ。


俺の理性的な思考回路がそう告げる。


だが、コンドル王国近衛騎士団長としての矜持が、いや……俺自身のちっぽけなプライドが、この場所で、反逆者となったかつての学友との戦いに決着をつけるべきだと、心を激しくざわつかせていた。


かつて、ベレットと共に学生の身でありながら特殊部隊にも選抜され、王国騎士に最も近いとまで言われた天才。


正確無比な神業的な射撃の名手。


アンドロメダの聖騎士、シスター・ミンクス。


俺は奥歯を噛み締め、再び漆黒のレーザーボウを構え、ミンクスと静かに向き合った。


ミンクスもまた息を整え、純白の機体の姿勢を再び立て直す。


「ミンクス!」


『ゼノ!』


白と黒、純白の天使と漆黒の弓兵。


二つの対極的な機体が互いの全てを賭けて、再び激突しようとした、まさにその瞬間だった。


―――フラッシュ。


天から、全てを焼き尽くし、全てを無に帰すかのような巨大なレーザーの光条が、俺たちの機体の間を容赦なく切り裂いた。


地面は凄まじい爆炎に覆われ、大地には溶けた溶岩のように赤熱する巨大なクレーターが一瞬にして穿たれた。


俺とミンクスは、間一髪のところで絶対的な破壊の光を回避した。


爆炎がゆっくりと晴れていく。


そして、二人が空を見上げた先。


そこには、コンドルの赤い夕陽の空を完全に覆い尽くすほどの、漆黒の艦影が音もなく航行していた。


このような戦艦を所有しているのは、惑星企業連合以外にあり得ない。


……ルーナ・ルビントン。あの魔女め、ついに自ら表舞台にしゃしゃり出てきたか!


そして、その巨大な船体から死を告げる流星雨のようにオールレンジ攻撃が開始され、純白の天使と漆黒の弓兵の区別なく、無慈悲に降り注いだ。


かつての思い出の学び舎の赤い空に、美しくも残酷な破壊の光が次々と輝いては消えていく。


俺たちのかつての絆も、憎しみも、誇りも……全て、この絶対的な暴力の前にはただ飲み込まれるだけだった。

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