第118話 立ちはだかる王国の懐刀と血塗られた紅蓮の奇襲
【視点:ローズマリー】
紅蓮のクリムゾン・ローゼス改と、純白のエンジェル・オブ・アンドロメダ。
二つの対照的な輝きを放つ翼は、ベレット様とユウキさんとは別のルートを辿り、旧ビックサム学園の広大で、今は廃墟と化した敷地上空へと到達していた。
かつて、希望と夢、そして淡い恋心を交錯させたであろう学び舎。
今はただ、崩れた壁や瓦礫の山を晒し、時間の墓場のように静かに、そして物悲しくコンドルの赤い夕陽に照らされている。
……青春の残骸、ですわね。
『ミンクスさん、ローズマリーさん。こちらナビィ。マスターとユウキさんは、目標地点付近の森林地帯に無事、クラッシュランディングされました。機体に軽微な損傷はありますが、パイロットは共に健在です』
通信機から、ナビィさんの冷静で、安堵の色を隠しきれない声が入った。
「まあ。ベレット様はご無事でしたのね。良かったわ」
安堵の息を熱い吐息のように漏らした。
「わたくしたちも、早く合流を果たしたいところですけれど」
仮面の下の瞳を酷薄に、鋭く細めた。
クリムゾン・ローゼス改の超高感度センサーが、眼下の巨大な廃ドック――遺跡への入り口と思われる場所の付近に、二つの強力なエネルギー反応を捉えていた。
愛しい方との逢瀬の前に……『掃除』を済ませておかなければなりませんわね。
「ミンクスさん」
わたくしは、隣を飛行する純白の機体へと通信を入れた。
「そちらのセンサーにも、可愛らしい『番犬』たちの気配は映っておりますかしら?」
『ええ』
ミンクスさんの硬質な声が返ってきた。
その声には、驚きと隠しきれない強い警戒心が滲んでいる。
『間違いないわ! ブラックナイト・カスタムが、二機……! しかも、この禍々しいまでのフォワードのオーラは……!?』
「ふふ、どうやら『当たり』のようですわね」
くすくすと楽しげに、どこか氷のような冷たさを伴って笑った。
アルベルト王子の側近。
主君の狂気に殉じる、哀れで忠実な狂犬たちが、ご丁寧に門番をしてくれている。
「ベレット様たちが無事に内部へ侵入するためにも、そして……わたくしたちが後顧の憂いなく愛しのお方と合流するためにも。ここで、あの鬱陶しい黒い影を叩いておきたいとは思いませんこと? ミンクスさん」
『……! 同意するわ』
ミンクスさんは、即座に応じた。
『「星の遺産」の内部での大規模な戦闘は、何としても避けたい。ここで彼らの戦力を完全に削いでおく必要がありそうね』
「では、決まりですわね。ミンクスさん、わたくしに合わせていただけますこと? 華麗に、そして残酷に……参りますわよ!」
わたくしは紅蓮のクリムゾン・ローゼス改のスロットルを全開にし、まるで深紅の流星となって進撃を開始した。
『ちょ、ちょっと!ローズマリーさん!いきなり!?少しは、作戦というものを…!ああ、もう!本当に、野蛮だわ!』
ミンクスさんは呆れ果てていたが、エンジェル・オブ・アンドロメダでわたくしの後を追ってきてくれた。
ふふっ。
真面目な天使様も、たまには羽目を外すのもよろしくてよ?
◇
旧ビックサム学園、廃ドックの入り口。
そこは、巨大な口を開けた古代の遺跡へと続く、闇への入り口だった。
その門を守護するかのように、二機の漆黒の鋼鉄の騎士、ブラックナイト・カスタムが禍々しいオーラを放ちながら静かに待ち構えている。
そこへ、空から紅蓮の閃光が、音もなく舞い降りて差し上げた。
クリムゾン・ローゼス改。
わたくしは、その美しい機体をまるで舞台に登場するプリマドンナのように優雅に着地させると、仮面の下で不敵な笑みを浮かべた。
「あらあら、これはこれは。ご立派な騎士様がお二人も。このような寂れた廃墟の入り口で、何をなさっていらっしゃるのかしら?」
わたくしはスピーカーを通して、鈴を転がすような、最高に甘ったるい声で語りかけた。
「わたくしたち、ただの通りすがりの、か弱い淑女なのですけれど。もしよろしければ、この先の素敵な遺跡へと、優しくエスコートしていただけませんこと? ……ああ、ご挨拶がまだでしたわね。ご機嫌麗しゅう」
最後の言葉と共に、クリムゾン・ローゼス改を瞬時に躍動させ、右腕に隠されたレーザーサーベルを展開。
漆黒の騎士の機体へと、目にも止まらぬ速度で切りつける。
ガキィィン!!という甲高い金属音。
ブラックナイト・カスタムは、その奇襲とも言える一撃をまるで予期していたかのように、左腕の巨大な盾で紙一重で受け止めた。
二機の黒い機体は、即座に紅蓮の機体から距離を取る。
「まあ、まあ。意外と『お硬い』ことで」
仮面の下の紅い唇を、舌でなぞる。
ええ、このくらいの歯応えがなければ、狩りの前の準備運動にもなりませんわ。
再び獲物へと視線を定めた。
そこへ遅れて、純白の翼、エンジェル・オブ・アンドロメダが音もなく舞い降りてきた。
『ローズマリーさん! いきなり攻撃を仕掛けるなんて! 少し不用意すぎるわよ!』
ミンクスさんが、コクピットから非難の声を上げる。
「あらあら、そうかしら?」
わたくしは悪びれる様子もなく、機体の肩をすくめてみせた。
「どうせ、コンドル王国の融通の利かない、石頭の騎士様たちなのでしょう? 大義だの忠誠だの、青臭い言葉で説得するよりも、こうして丁寧に『ご挨拶』をした方が、お話が早くてよろしいではありませんか? 全ては我らが愛しのキャプテンのためにも、ね」
わたくしは仮面の下で、うっとりと不敵な笑みを深めた。
『それは……そうかもしれませんが。しかし、あの機体、そしてこの気配は……!』
ミンクスさんは改めて、目の前の二機の漆黒の巨人へと警戒の視線を向けた。
『何だ、貴様ら!』
漆黒の騎士の一機から、スピーカーを通して冷たく抑揚のない声が響く。
『我々が、アルベルト王子殿下の近衛騎士団長ゼノ、及び情報部将校クラウスであると知っての狼藉か!? これは、王国に対する明白なる反逆行為であるぞ!』
「まあ、まあ。そう怖いお顔をなさらないでくださいまし」
わたくしは飄々と、まるで無邪気な悪戯を楽しむかのように聞き流す。
「わたくしたちはただ、この懐かしきビックサム学園に、ほんの少し用があっただけですのよ。そうですわねぇ、こちらにいらっしゃる清らかなシスター、ミンクスさんの『母校訪問』といったところでしょうかしら? ですから、紳士的にわたくしたちをエスコートしていただけると、嬉しいのですけれど?」
『……! 何を、ふざけたことを……!』
ゼノの機体がわずかに怒りに震えた。
『武装を解除し、速やかに投降せよ! さもなくば、実力をもって排除する!』
『……やめておけ、ゼノ』
そこで、それまで沈黙を守っていたもう一機のブラックナイト・カスタム、クラウスが、重々しく低い声で口を開いた。
『紅い機体の女……ブラッディ・ローズに、まともな言葉が通じると思うか? それに、あの白い機体はアンドロメダの「天使」。厄介な組み合わせだ。問答無用。ここで叩き斬るぞ!』
あら、わたくしにまともな言葉が通じないですって?
クラウスはそう言うと、右腕の巨大なレーザーアックスを禍々しい光と共に起動させた。
『承知した、クラウス!』
ゼノもまた、左腕に装備された特殊なエネルギーを発射する大型のレーザーボウを構えた。
「あらあら。随分と熱烈なエスコートのお申し出ですこと」
わたくしは仮面の下で、最高に楽しげに笑みを浮かべた。
「良かったではありませんか、ミンクスさん? 退屈せずに済みそうですわよ?」
『……! 何も良くないわよ!』
ミンクスさんは、思わず頭を抱えたことでしょう。
『王国の最強の懐刀、クラウスとゼノ……! その二人が同時に相手なのよ!? 分かっているの!?』
「まあ、あなたの聖なる御力と、わたくしの愛の力が合わされば、何の問題もございませんでしょう?」
わたくしは試すような、そして挑発するような声色でミンクスさんに笑いかける。
「むしろ、手加減をお願いいたしますわね。あまり派手にやりすぎると、大切な思い出の学園が完全に瓦礫の山になってしまいますから。それは、少々忍びないですわ」
『……! わ、分かりました! やればいいのでしょう!? やれば!』
ミンクスさんは呆れ果てながらも、半ば自棄になって、エンジェル・オブ・アンドロメダの武装を展開した。
『ほんと、あなたって人はルナティックだわ!』
純白の機体に、聖なる光のオーラが美しく燃え上がります。
『ゼノ』
クラウスが冷静に指示を出す。
『あの白い天使は、貴様に任せる。その弓の方が、相性が良さそうだ』
『ああ、分かった。クラウス、お前こそ大丈夫なのか? 相手は、あのイカれた紅い女狐だぞ』
「問題ない!」
クラウスは短く応じると、ブラックナイト・カスタムのスラスターを全開にし、わたくしのクリムゾン・ローゼス改へと漆黒の流星となって猛然と吶喊してきた。
「去ね! 狂人が!」
「ふふふ、存分に、楽しませてくださいましね、騎士様?」
それに合わせるかのように、わたくしはクリムゾン・ローゼス改のスロットルを、大人の余裕と遊び心を見せるかのようにふわりと後方へと引き、彼を死の舞踏へと誘い込むように距離を取る。
残されたのは、純白の天使と漆黒の弓兵。
エンジェル・オブ・アンドロメダと、ゼノのブラックナイト・カスタム。
二つの対極的な戦場が、ここ廃墟の学園にて、美しくも残酷な火花を散す。
さあ、愛しいベレット様。
わたくしがあなたの道を、紅い絨毯で華麗に切り開いて差し上げますわ。
……ですからどうか、ご無事で。




